Thoda Pyaar Thoda Magic

2.5

 ヒンディー語映画界最大の映画コングロマリットにして、最近絶不調のプロダクション、ヤシュラージ・フィルムス。今年は早速「Tashan」(2008年)を外してしまい、もう後がない状態である。そんな中、2008年6月27日に、最新作「Thoda Pyaar Thoda Magic」が公開された。ハリウッド映画「メリー・ポピンズ」(1964年)をベースに作られたメルヘン映画である。監督は「Hum Tum」(2004年)や「Fanaa」(2006年)のクナール・コーリー。

監督:クナール・コーリー
制作:アーディティヤ・チョープラー、クナール・コーリー
音楽:シャンカル・エヘサーン・ロイ
歌詞:プラスーン・ジョーシー
振付:ヴァイバヴィー・マーチャント、パップー&マッルー、ギーター・カプール
衣装:マニーシュ・マロートラー、マムター・アーナンド
出演:リシ・カプール、サイフ・アリー・カーン、ラーニー・ムカルジー、アミーシャー・パテール、アクシャト・チョープラー、シュリヤー・シャルマー、ラチト・スィダーナー、アーユシー・ブルマン、シャラト・サクセーナー、ラザーク・カーン
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 子供の頃から愛する人々を次々に何らかの形で失って来た孤独の男ランヴィール・タルワール(サイフ・アリー・カーン)は、一代でインド有数の実業家にのし上がった。だが、ある日よそ見運転をしたために交通事故を起こしてしまい、夫婦を死なせてしまった。事故から1年後、判決が言い渡された。裁判長(シャラト・サクセーナー)は、死んだワーリヤー家の4人の子供たちをランヴィールが引き取ることを執行猶予の条件にした。もし、子供たちを幸せに育てることに失敗した場合、ランヴィールには20年の懲役刑が科せられることも決まった。子供たちの名前は上から、長男ヴァシシュト(アクシャト・チョープラー)、アディティ(シュリヤー・シャルマー)、次男イクバール(ラチト・スィダーナー)、次女アヴァンティカー(アーユシー・ブルマン)であった。

 ランヴィールは早速恋人のマライカー(アミーシャー・パテール)に言って、子供たちを家に迎える準備をさせる。だが、子供たちは両親を奪ったランヴィールに復讐するつもりであった。ランヴィールの家に来るや否や、いろいろな問題を起こして彼を困らす。ランヴィールを怒らせて、刑務所に送り込むことが彼らの目的であった。子供に手を焼いたランヴィールは、子守を雇うことに決める。

 その様子を神様(リシ・カプール)が見ており、彼らを助けるために天使の一人ギーター(ラーニー・ムカルジー)を地上に送り込むことに決める。ギーターは子守としてランヴィールの家に住み始める。ギーターはいろいろな魔法を使うことができ、子供たちを驚かせる。だが、彼女は泣くことができなかった。人間はなぜ泣くのか、それを知ることがギーターの最大の課題であった。

 ギーターがやって来たことで、家の雰囲気は明るくなり、ランヴィールも次第に子供たちと交わるようになる。一人また一人と子供たちはランヴィールと仲良くなっていく。だが、一番の難関は長男のヴァシシュトであった。ヴァシシュトは最後までランヴィールに対する態度を軟化させなかった。また、子供たちのこともあり、次第にランヴィールとマライカーはすれ違うようになっていた。マライカーは、子供たちによって引き起こされた誕生日パーティーでの大騒動をきっかけに、ランヴィールに別れを告げる。だが、ランヴィールもマライカーとの関係を解消したくなっていたため、彼はそれを歓迎する。

 ランヴィールは仕事のためにロサンゼルスに行くことになった。裁判長に命令により、彼は子供たちも一緒に連れて行かなければならなかった。ギーターも一緒にロサンゼルスへ行く。そこで子供たちは取引先の社長の子供をとんでもない目に遭わせてしまい、ランヴィールがせっかく進めていた合併交渉も破談となってしまう。だが、ランヴィールは仕事よりも子供たちのことを考える人間になっていた。これを機にヴァシシュトもランヴィールを家族と認めるようになる。

 ランヴィールと4人の子供を結びつけることに成功し、これにてギーターの使命は終わった。だが、ランヴィールとギーターはお互いに惹かれ合うようになっていた。神様はギーターを天国へ呼び戻そうとするが、ギーターはそれを拒否する。また、突然ギーターが失踪してしまったため、ランヴィールと子供たちは必死に捜索し、最後は教会で神様に祈る。その祈りが神様に通じ、ギーターは人間として地上に住むことを許されたのであった。

 交通事故で死なせてしまった夫婦の子供たちを引き取るという、かなりヘビーな始まり方をする映画だが、動物やCGを効果的に利用して夢と愛に溢れる作品にまとまっていた。子供向け映画としては、かろうじて合格点と言えるのではなかろうか。

 映画のメッセージは、「家族の絆は血ではなく愛で作られる」というものであった。それはふたつの段階で語られる。映画中には4人の子供が登場するが、その内スィク教徒のイクバールだけは実は他の三人と血のつながりはない。ワーリヤー夫妻が生前にグルドワーラー(スィク教寺院)で見つけた孤児を養子にしたのだった。だが、夫妻の愛情によって、イクバールは自分を他人と感じることはなかった。四人はまるで本当の兄弟姉妹のように仲がよかった。これが映画のメッセージの第一段階になっていた。第二段階は当然のことながら、ランヴィールと子供たちの間の関係であり、本編を通して絆が結ばれて行く様子が描かれる。

 映画は「愛情」と「魔法」を題名に掲げており、正に「愛情」と「魔法」が映画の主題となっていた。中盤ではギーターが魔法を使って強引に愛情を作り出していたきらいがあったが、最後の部分で神様に「いかに神様と言えど、愛情には勝てない」と語らせることにより、「愛情こそ最高の魔法」という美しいメッセージに昇華させることに成功していたと思う。

 しかし、CGのレベルはハリウッド映画と比べてまだまだ稚拙で、しかも大人が鑑賞するにはこっぱずかしいようなシーンも散見され、改善の余地があったと思った。ランヴィールの生い立ちを説明する導入部や、最後のギーター失踪のシーンなどは端折りすぎで、もう少し時間をかけて説明すべきだったとも感じた。ラザーク・カーンが演じていた執事の役も、本当はもっと出番があったのではないかと感じたが、どうであろうか?子供向け映画ということで、かなりのシーンがカットされてしまったのかもしれない。ちなみに上映時間は2時間半程度である。

 サイフ・アリー・カーンは、もっとも得意とする「わがままな貴公子」役を無難に演じていた。演技力に難のあるアミーシャー・パテールも、「お馬鹿な女」役は地で演じることができていた。配役の妙であろう。だが、この映画の主人公はラーニー・ムカルジーである。人間界に降り立った天使の役をキュートに演じていた。

 しかし、神様や天国のイメージが西洋のそれであったことに多少幻滅を覚えた。インド映画なのでインドらしい神様や天国のイメージを構築して欲しかった。リシ・カプール演じる神様や天使たちがヒンディー語で会話をしていたのは面白かったが。

 舞台は一応デリーということになっており、インド門や大統領官邸などが時々映し出されていた。ロサンゼルスのシーンでは、ユニバーサル・スタジオなどでロケが行われていた。

 「Thoda Pyaar Thoda Magic」は、最近ヒンディー語映画界で流行の子供向け映画の一種である。そのメッセージは愛や絆と言った普遍的なものであり、大人が観てもある程度は楽しめるが、子供向け娯楽映画の範疇を大きく逸脱しない程度の映画だと感じた。