Hattrick

3.0
Hattrick
「Hattrick」

 日本人には全く知られていないだろうが、現在カリブ海の西インド諸島では、クリケットのワールドカップが開催されている。最近やたらソワソワしているインド人が増えたのはそのためだ。そのワールドカップに狙いを定めて制作されたと思われるヒンディー語映画が本日(2007年3月16日)から封切られた。「Hattrick」である。「ハットトリック」はサッカーでお馴染みの言葉だが、元々はクリケット用語。投手が打者を3球連続でウィケット(アウト)にする離れ業のことを言う。「Hattrick」は最近ヒンディー語映画界で流行りのオムニバス形式。クリケットを題材にした3つの小話が1つの映画になった映画である。

監督:ミラン・ルトリヤー
制作:ロニー・スクリューワーラー
音楽:プリータム、ラージェーシュ・ローシャン
出演:ナーナー・パーテーカル、クナール・カプール、リーミー・セーン、パレーシュ・ラーワル、ダニー・デンゾンパ、ハルシャ・ボーグレー(特別出演)、ジョン・アブラハム(特別出演)
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 サルブジート・スィン、通称サビー(クナール・カプール)はクリケット狂の若者。カシュミラー(リーミー・セーン)と結婚した後も、クリケットのことばかり考えていた。困ったカシュミラーは友人に相談する。友人は、夫と一緒にクリケットを観戦すればいいと助言する。クリケットを見だしたカシュミラーは、マヘーンドラ・スィン・ドーニー選手に一目惚れしてしまう。一方、カシュミラーが熱狂的ドーニー・ファンになってしまったことに気を悪くしたサビーは、急にクリケットが嫌いになる。

 サティヤジト・チャヴァン(ナーナー・パーテーカル)は、公共病院に勤めるくそ真面目な医者であった。彼は決して笑顔を見せることがなかった。病院に、元人気クリケット選手のデーヴィッド・アブラハム(ダニー・デンゾンパ)が腎臓疾患で入院して来る。病院中はパニックになるが、クリケット嫌いのサティヤジトは全く動じない。デーヴィッドはサティヤジトに、ワールドカップ観戦のためにTVを用意してくれと頼む。最初は頑として受け付けなかったサティヤジトだったが、クリケットを見れば病気が治るという彼の挑戦を受け、彼の個室にTVを入れる。

 ヘームー・パテール(パレーシュ・ラーワル)はロンドン在住のインド人。12年間、英国の国籍を取得するために奮闘していた。彼は英国を愛していることを移民局に知らしめるためにありとあらゆる手段をとるが、娘は父親のそういう卑屈な態度を嫌っていた。ヘームーは空港で掃除人として働いていたが、仲間内では税関に勤めていると嘘を付いていた。彼は白人のインド人に対する差別に腹を立てながらも、白人のウェイターを罵り、黒人を見下す態度を取っていた。

 とうとうサビーとカシュミラーは別居状態となってしまう。だが、サビーは家族に説教され、カシュミラーを少しも気遣っていなかった自分に気付く。サビーは、カシュミラーたちが結婚する友人の独身最後の日を祝うバチャラーズパーティーにストリッパーとして乱入し、カシュミラーに許しを乞う。

 デーヴィッドはすぐに腎臓移植手術を行わなければ命が危なかった。だが、デーヴィッドはワールドカップ決勝戦を見てからでないと手術はしないと言い張る。そこでサティヤジトは、決勝戦をでっち上げてデーヴィッドを騙そうとする。作戦は成功し、デーヴィッドは手術を受ける。手術のおかげでデーヴィッドは快方に向かうが、実は彼は自分が見た決勝戦はでっち上げであることに気付いていた。

 ヘームー・パテールは移民局で面接を受ける。だが、どうも結果は思わしくなさそうだった。彼は必死に官吏に泣き付くが、無駄であった。絶望したヘームーは仕事を1週間もさぼった。また、娘が黒人と付き合っていることを知って激怒し、家族崩壊の危機に直面する。友人たちも、ヘームーが実は空港で掃除人をしていることを知ってしまう。全てが思い通りに行かなくなったヘームーは自殺も考えるが、国籍取得審査の結果を聞きに行く。そうしたら何と合格していた。ヘームーは晴れて英国人になることができた。だが、なぜか心は軽くならなかった。必死にクリケットのインド代表を応援していた自分の姿が思い出された。家に帰ると、国籍取得に成功したことを事前に知っていた家族、友人、同僚たちがサプライズ・パーティーを用意していた。ヘームーは皆の温情に涙する。

 3つのストーリーはほとんど相互に関与せずに進んで行く。クリケットでひとつにまとまっているように見えるのだが、よく見るとそういう訳でもない。特にヘームー・パテールのストーリーはそれほどクリケットと関わっていなかった。だが、それぞれに特色があり、佳作と呼べる作品になっていた。

 サビーとカシュミラーのストーリーは最もありがちなものだろう。カシュミラーは甘い新婚生活を夢見ていたが、クリケット狂のサビーは妻のことなどお構いなしに毎日クリケットの試合を観戦する。友人は困ったカシュミラーに助言する。「そんなの簡単よ。あなたも一緒にクリケットを見ればいいのよ。試合じゃなくて選手を見るの。女の子はみんな、イケメン選手を見るためにクリケットを見てるのよ。」試しに夫とクリケットを観戦してみるカシュミラー。もちろんサビーは大喜び。だが、そんなカシュミラーの目に飛び込んで来たのは・・・インドチームの新大砲、マヘーンドラ・スィン・ドーニーであった!そのときからカシュミラーの頭の中ではドーニードーニードーニー・・・という声が四六時中響き渡るようになる。それに気付いたサビーは、逆にクリケット大嫌いになってしまうのであった。

 多少非現実的だが、話として一番映画的にまとまっていたのは、サティヤジトとデーヴィッド・アブラハムのストーリーだった。デーヴィッドは、インド人なら誰でも知っているほど超有名な元クリケット選手であった。だが、クリケット嫌いのサティヤジトは彼の名前すら聞いたことがなかった。決して笑顔を見せないサティヤジトに対し、デーヴィッドは2つの要望を出す。ひとつはクリケットを観戦するためのTV、もうひとつは彼の笑顔であった。デーヴィッドは腎臓移植手術をしないと命が危なかったが、ワールドカップ決勝戦を見るまで手術はしないと言い張る。そこでサティヤジトは一計を案じ、決勝戦(インド対英国)の試合を偽造し、デーヴィッドに見せる。試合は見事インドの優勝!だが、元クリケット選手のデーヴィッドにとって、そんなあさはかな偽造を見破るのはお手の物であった。それでも彼はその騙しに乗り、試合を見終えた後に手術を許可する。手術が終わった後、彼はサティヤジトに、騙しであることを見破っていたと明かす。なぜ分かっていながら騙しに乗ったのか、との質問に対しデーヴィッドは、「クリケットも大事だが、お前の笑顔を見てみたかったんだ」と答える。

 最も弱かったのはヘームー・パテールのストーリーだ。クリケットと直接関係なかった上に、終わり方の詰めが甘かった。ヘームー・パテールは、英国国籍取得を夢に12年間、空港の掃除人という彼にとっては屈辱的な仕事をして来た。家の壁にエリザベス女王のポスターを貼ったり、英国コスチュームを着たりして何とか英国愛を創出するが、その卑屈な態度が彼の人生を狂わして行く。だが、最終的に彼は英国国籍を取得する。すっかり諦めていたヘームーは呆然とする。家に帰る間、なぜか思い起こされるのは自分の心の奥底にこびりついているインド人としてのアイデンティティーであった。ここで英国国籍取得をキャンセルするという筋にしておけばよかったと思うが、結局最後はなぜか家でサプライズ・パーティーが準備されており、ヘームーが感動の言葉を述べて終了、といういい加減なエンディングになっていた。

 ミラン・ルトリヤー監督は、「Taxi No. 9211」(2006年)の監督。エンドロールナンバー「Wicket Bacha」で映画のキャストと共にジョン・アブラハムが特別出演していたが、これは「Taxi No. 9211」つながりだろう。同作品ではナーナー・パーテーカルとジョン・アブラハムが共演しており、エンドロール・ナンバー「Meter Down」で2人で粋な踊りを踊っていたが、「Hattrick」の「Wicket Bacha」はその続編みたいな感じになっていた。

 やはりインド映画界随一の曲者俳優ナーナー・パーテーカルが熱い。笑顔を決して見せない医者、というのは打ってつけの役だ。陽気なダニー・デンゾンパとのコントラストもよかった。コメディーをやらせたら右に出る者はいないパレーシュ・ラーワルは、今回は比較的シリアルな役に挑戦。しかし、シリアスな中にも滑稽さがにじみ出ているのは彼の持ち前の才能であろう。クナール・カプールは「Rang De Basanti」(2006年)でブレイクした男優。あのときのままの髪型とヒゲで登場。彼はこのまましばらくこのスタイルを踏襲するのであろうか。モジャモジャッとした外見の割には甘い笑顔で、そのアンバランスさが人気を呼びそうだ。若手の中では注目していい男優である。ヒロインのリーミー・セーンは可もなく不可もなくといった感じであった。

 ところで、僕が見ていたときに上映事故が発生した。明らかに序盤のシーンが、終盤に突然挿入されていたのだ。どうりで前半はストーリーが掴みにくかったはずである。おそらくリールの順番を間違えてしまったのだろうが、PVRのような高級映画館でこういうことがあるのは残念である。

 クリケットのワールドカップ期間中は、さすがのヒンディー語映画もクリケットに観客を取られて苦戦する傾向にある。敢えてこの期間に、クリケットを題材にした映画をぶつけるのは新たな試みだ。インドチームの応援映画的要素もふんだんに盛り込まれていた。興行収入が気になるところである。