Kisna

2.5

 2004年末のヒンディー語映画界は大予算愛国主義映画が目白押しだった。ヤシュ・チョープラー監督の「Veer-Zaara」(予算3億ルピー)、アーシュトーシュ・ゴーワーリカル監督の「Swades」(予算3億ルピー)、アニル・シャルマー監督の「Ab Tumhare Hawale Watan Sathiyo」(予算未公表)などである。本日(2005年1月21日)PVRプリヤーで鑑賞した「Kisna」(予算2億5千万ルピー)も、同じく大予算の愛国主義映画である。昨年末に公開が予定されていたものの度々延期され、本日よりやっと一般公開となった。

 「Kisna」とは、ヒンドゥー教の神様の一人、クリシュナの訛った形で、主人公の名前になっている。監督は「Taal」(1999年)や「Yaadein」(2001年)のスバーシュ・ガイー。音楽はARレヘマーンとイスマーイール・ダルバールという豪華コンビ。キャストは、ヴィヴェーク・オーベローイ、アントニア・バーナート(英国人女優、新人)、イーシャー・シャルヴァーニー(新人)、マイケル・マロニー(英国人男優)、キャロリン・ラングリシェ(英国人女優)、アムリーシュ・プリー、オーム・プリー、ヤシュパール・シャルマー、ラジャト・カプール、スシュミター・セーン(特別出演)、リシター・バット(特別出演)など。

 時は1935年。ヒマーラヤの奥地、聖なるバーギーラティー河とアラクナンダー河が合流する地にあるデーオプラヤーグに、キスナーという名の馬使いの息子がいた。少年キスナは英国人行政官ピーター・バケット(マイケル・マロニー)の娘、キャサリンと仲が良く、いつも一緒に遊んでいた。キスナーに恋心を抱いていた、村の音楽家の娘ラクシュミーは、キャサリンに嫉妬を燃やしていた。しかし、キャサリンはピーターにより、教育のために英国に帰されてしまう。

 12年後の1947年、学校を卒業したキャサリン(アントニア・バーナート)は休暇をもらって生まれ故郷のデーオプラヤーグまで戻って来る。村は昔と少しも変わっておらず、キスナー(ヴィヴェーク・オーベローイ)と再会を喜ぶ。ラクシュミー(イーシャー・シャルヴァーニー)も、キャサリンが帰って来たことにより再び嫉妬心を燃やすようになる。だが、ラクシュミーの心を察した父親は、キスナーの両親の縁談をまとめ、二人の婚約式が行われた。全ては昔のままに見えたが、政局は大きく変わっていた。同年3月にインド総督に就任したマウントバッテン卿は、マハートマー・ガーンディーやジャワーハルラール・ネルーと協議し、8月14~15日にインドとパーキスターンを分離独立させることを認めた。そのニュースはデーオプラヤーグの村人たちを歓喜させたが、同時に、残虐な行政官ピーターに対する積もり積もった恨みを晴らすための起爆剤ともなった。キスナーの叔父であり、村で道場を開いていたバイロー・スィン(アムリーシュ・プリー)や、キスナーの兄シャンカル・スィン(ヤシュパール・シャルマー)は、ピーターの邸宅に夜襲をかけ、ピーターを殺害した。ピーターの妻ジェニファー(キャロリン・ラングリシェ)とキャサリンは別々に逃げ出した。キスナーが偶然キャサリンを見つけ、一緒に隠れる。キスナーの母は、彼に対し、キャサリンをデリーまで送り届けるよう命令すると同時に、「マハーバーラタ」を引き合いに出して、必要があれば兄シャンカルとも戦うことを辞さないよう檄を飛ばす。

 キスナーとキャサリンはデーオプラヤーグを脱出し、シヴプリーに住む友人の家に数日間滞在する。そこでルクマニー(リシター・バット)らに手厚く歓迎される。キスナーとキャサリンを追う者は3者いた。一者はキスナーの兄シャンカル・スィンと叔父バイロー・スィン。彼らは行政官の家族皆殺しを掲げていた。一者はラグラージ王子(ラジャト・カプール)。ラグラージ王子はピーターと交流があった男で、キャサリンと結婚しようとしていた。もう一者はキスナーの婚約者ラクシュミー。キスナーとキャサリンが一緒にいなくなったことに我慢ならないラクシュミーは、遂に自らキスナーを追いかける。

 キスナーとキャサリンはハリドワール駅に到着する。キスナーがデリー行きの列車の切符を買いに行っている間、キャサリンは母ジェニファーと再会する。だが、ジェニファーはラグラージ王子と一緒だった。ラグラージ王子はキャサリンを連れて行ってしまう。だが、キスナーはラグラージ王子を追いかけ、二人を取り戻す。三人は、ちょうど外遊に来ていたファイザーバードの王妃ナイナー・ベーガム(スシュミター・セーン)や、音楽家ジュンマン・キスティー(オーム・プリー)らの助けによりラグラージ王子から逃れてデリーへ向かうが、途中でシャンカル・スィンやバイロー・スィンに見つかってしまう。ジュンマンやジェニファーとはぐれたキスナーらは、ジャングルの中に逃げ込む。教会に身を潜めた2人のところへ、今度はラクシュミーがやって来て、「婚約者である私を捨てて白人の女と逃げるなんてどういうつもり?」と怒りを露にするが、キスナーは「オレはキャサリンをデリーまで送り届けなければならない。それまでは誰の言うことも聞かない」と答える。ラクシュミーは怒って去って行ってしまう。

 キスナーとキャサリンは再びシャンカルらに見つかってしまう。だが、キスナーはキャサリンを殺害しようとしたバイロー・スィンを殺し、兄シャンカルにも斬りかかる。シャンカルもキスナーの気持ちを理解し、二人に道を開ける。キスナーとキャサリンはデリー近郊の街ガーズィヤーバードに到着するが、そこではヒンドゥーとムスリムの殺し合いが行われていた。しかもラグラージ王子もそこに来ており、キャサリンは捕えられてしまうが、キスナーによって助け出され、ラグラージ王子は無残な最期を遂げる。キャサリンは無事デリーまで送り届けられる。

 キャサリンはキスナーに対し、一緒に英国へ来るように頼むが、キスナーはそれを拒んだ。「君をデリーまで送り届けることはオレの男としてのカルム(行動義務)だった。それが完了した今、オレはラクシュミーと結婚して、ダルム(宗教義務)を遂行しなければならない。」こうしてキスナーはデーオプラヤーグに戻ってラクシュミーと結婚したのだった。

 大規模な恋愛&歴史映画で、感動と涙を誘うシーンや見所がいくつもあり、全体的に優れた映画であった。しかしながら、ストーリーのつながりが不明瞭な部分が散見されたため、残念ながら完成度はそれほど高くないと感じた。一言で言ってしまうならば、最近のスバーシュ・ガイー監督の作品「Taal」のいいところと、「Yaadein」の悪いところを合わせて、歴史映画的な重厚性を加味したような映画である。

 映画は突然、1月26日の共和国記念日パレードから始まる。どうやら現代のようだ。印パ分離独立時を舞台にした映画だと思って映画館に来ていた観客はビックリする。1950年1月26日にインド憲法が施行され、それを記念するために毎年1月26日には首都デリーでパレードが行われる。この映画が公開されたのが本日1月21日、共和国記念日の5日前だ。ちょうどこの時期にこの映画が公開された意味がよく分かった。映画に話を戻そう。主賓としてインドを訪れていたキャサリンは、ウッタラーンチャル州デーオプラヤーグへ行きたいと言い出し、周囲の人々を困惑させる。「なぜそんなところに?」デーオプラヤーグに着いたキャサリンは、ここが自分の生まれ故郷であることを明かし、また、自分こそが真のインドを知っていると言って、キスナーの話を始める。それが上のあらすじで書いたストーリーである。

 デーオプラヤーグ。地図で調べてみたら実在の町だった。リシケーシュからガンガー(ガンジス)河を遡って、さらにヒマーラヤの奥地へ行ったところにある町で、上記の通り、ちょうどバーギーラティー河とアラクナンダー河が合流する地点にある。言わば、ガンガー河がガンガー河と呼ばれ始める地点に位置する町である。インドでは、河の合流点は聖なる地と考えられており、河と河の合わさるところに必ず何かしらの寺院や聖地が存在する。一番有名なのは、ガンガー河とヤムナー河の合流点であるイラーハーバードである。イラーハーバードは古名をティールトラージとかプラヤーグと言う。デーオプラヤーグの他、キスナーとキャサリンが数日間滞在したシヴプリーやハリドワールなども実在の町であり、非常に現実味のある映画であった。ロケ地は、ウッタラーンチャル州のデーオプラヤーグ、シヴプリー、リシケーシュ、ハリドワール、ラーニーケート、ムクテーシュワルや、デリーなどである。ほとんどウッタラーンチャル州で撮影されているため、「山のインド」の美しさが存分にスクリーンに映し出されていてよかった。

 人材発掘家としても有名なスバーシュ・ガイー監督。ガイー監督はこれまで、ジャッキー・シュロフ、マードゥリー・ディークシト、マニーシャー・コーイラーラー、マヒマー・チャウダリーなど、多くの俳優を発掘してスターに育て上げた。今回の彼の大発見は、イーシャー・シャルヴァーニーである。イーシャーは有名な舞踊家ダクシャー・セートの娘で、既に国際的な舞踊家として名の知れた存在だったが、「Kisna」での大抜擢により、その名はインドの隅々にまで知れ渡ったと言ってよい。彼女の踊りは文句なく現在のヒンディー語映画女優の中でダントツのNo.1である。特に紐にぶら下がって座禅を組んだりするコンテンポラリーダンス風の踊りは彼女にしかできない芸当だろう。彼女の踊りを見るためだけでも、この映画は見る価値がある。顔は多少華がないが、「インド映画女優は踊れてなんぼ」という常識を改めて思い出させてくれるだけのアピールがある期待の新人である。

 英国人女優のアントニア・バーナートも素晴らしかった。はつらつとした演技をしていて、キャサリンのキャラクターにピッタリだった。だいぶヒンディー語も勉強したようで、外国人キャストの中では一番流暢なヒンディー語をしゃべっていた。今までインド映画に出演した白人俳優の中で一番の演技とまで賞賛してもいいだろう。なぜかイーシャーとアントニアは肌の露出合戦を行っていて、インド映画にしてはかなりきわどいセミヌード・シーンが両者ともあった。

 主人公キスナー役のヴィヴェーク・オーベローイも一皮剥けた演技をしていてよかった。長髪に髭という風貌は多少おかしかったが。これからますます成長するだろう。

 「Kisna」は、1月21日に脳溢血で急死したアムリーシュ・プリーの遺作の1本となってしまった。映画中の彼の役柄は脇役に過ぎなかったが、彼が登場したときには客席から拍手が上がった。ヒンディー語映画界で独特の地位を築いた彼へのオマージュの拍手であった。

 「Kisna」の特に前半は、ストーリーの合間にミュージカルがあるというよりも、ミュージカルの合間にストーリーがあるような、音楽と踊りに溢れた映画だった。この点で「Taal」を思い起こさせた。しかし、編集が下手なのか、シーンとシーンの整合性があまりなく、その点で支離滅裂映画と酷評された「Yaadein」を思い起こさせた。ストーリーが自然に流れていかなくて、話が急に飛んだり、無駄なシーンが入ったり、脈絡のない出来事が次々に起こったりと、多少イライラさせられた。また、キスナーらが使っていた剣のデザインが西洋的すぎるように思えた。本当にああいう形の剣が使われていたのなら文句はないのだが、少なくともマハーラージャーの宮殿などでよくある武器博物館では、この映画に出てくるような形状の剣を見たことはない。キスナーの強引なまでの無敵の強さにもちょっと興ざめしてしまった。印パ分離独立時に発生したヒンドゥーとムスリムの間での凄惨な殺し合いも、特に深く描写されていたわけではなかった。

 音楽はARレヘマーンとイスマーイール・ダルバール。「Kisna」の音楽のテーマソングは、フー・ピン監督の「ヘブン・アンド・アース 天地英雄」(2003年)のためにレヘマーン自身が作曲した曲の焼き直しである。2人ともインド映画の音楽界を代表する音楽監督だが、「Kisna」の挿入歌に傑作と言えるものは少なかったと思えた。

 細かい部分の粗探しをしていったら切りのない映画ではあるが、そういう部分に目をつむって、風景の美しさやイーシャー・シャルヴァーニーの素晴らしい踊りを楽しむことができるなら、「Kisna」鑑賞は今年初のフィルマーナンド(インド映画鑑賞により心に沸き起こるエクスタシー:僕の造語)を体験させてくれるだろう。