Ghayal

3.0
Ghayal
「Ghayal」

 「ロッキー」だと思って見始めたら「ランボー」だった。そんな印象を受けたのが、ダルメーンドラ製作、ラージクマール・サントーシー監督、サニー・デーオール主演の「Ghayal(負傷した)」であった。「Ghayal」は、ボクサーの卵を主人公にした、1990年6月22日公開のアクション映画だが、ボクシングのシーンは限られており、大半は勧善懲悪の復讐劇で占められている。1990年代というよりも「アングリーヤングマン」全盛期の1980年代を引きずった映画だ。マス層に受け、1990年を代表する大ヒットになった。

 後にもサニー・デーオールと共に多くのヒット作を生み出すことになるラージクマール・サントーシーは、本作が監督デビュー作だった。プロデューサーのダルメーンドラは主演サニー・デーオールの父親である。音楽はバッピー・ラーヒリー、作詞はアンジャーンとインディーヴァルである。

 ヒロインはミーナークシー・シェーシャードリ。他に、アムリーシュ・プリー、オーム・プリー、クルブーシャン・カルバンダー、シャーフィー・イナームダール、モウシュミー・チャタルジー、ラージ・バッバル、スデーシュ・ベリー、アンヌー・カプール、シャラト・サクセーナー、ディープ・ディッローン、シャッビール・カーン、グルミート・ミトワー、アーシャーラター・ワーブガーオンカル、ヴィージュー・コーテー、ムケーシュ・リシ、プラヴィーン・クマールなどが出演している。また、ディスコ・シャーンティがアイテムソング「Pyasi Jawani Hai」にアイテムガール出演している。

 アジャイ・メヘラー(サニー・デーオール)は、兄アショーク(ラージ・バッバル)とその妻インドゥ(モウシュミー・チャタルジー)と共にボンベイに住んでいた。アショークはアジャイをボクサーにしようと訓練していたが、アジャイは恋人のヴァルシャー・サハーイ(ミーナークシー・シェーシャードリ)と結婚したがっていた。アジャイは強化選手に選ばれ、バンガロールの合宿に参加する。そのとき一度、アショークが彼を訪ねてやって来た。アショークはアジャイに何かを伝えそうにしていたが、その機会もなく、ボンベイに帰ってしまった。異変を感じたアジャイは兄を追ってボンベイに戻る。だが、アショークは行方不明になっていた。

 アジャイは兄を探す中で、彼がバルワント・ラーイ(アムリーシュ・プリー)という名の実業家と共に仕事をしていたことを知る。バルワントはアジャイに協力を申し出るが、実はバルワントがアショークを拉致していた。バルワントは麻薬密輸などの違法行為に手を染めており、それを告発しようとしたアショークを監禁したのだった。アジャイはバルワントの手下たちに暴行され、警察に逮捕されるが、叔父の弁護士プラモード・シャラン・グプター(シャーフィー・イナームダール)の助けで釈放される。その後、バルワントから伝えられた場所へ行くと兄の遺体が転がっていた。警察が駆けつけ、アジャイはアショーク殺人の容疑で逮捕される。警察から尋問を受け殺人を自白するように強要されるがアジャイは屈しなかった。法廷ではグプターが、アジャイとインドゥの間に不適切な関係があり、それがアショーク殺人の動機になったと証言し、アジャイの有罪および終身刑が確定する。また、インドゥは汚名に耐えきれずに自殺してしまう。

 刑務所に放り込まれたアジャイは、ラージャン(スデーシュ・ベリー)、ミトワー(グルミート・ミトワー)、ヴァルダーラージャン(シャッビール・カーン)という囚人仲間ができる。アジャイの悲劇を知った彼らはアジャイに協力し、隙を見て一緒に脱走する。そしてまずはバルワントの手下キャプテン・デッカ(シャラト・サクセーナー)やグプターを血祭りに上げる。

 アショーク・プラダーン警視総監(クルブーシャン・カルバンダー)はジョー・デスーザ警部(オーム・プリー)を呼び寄せ、脱走した囚人たちの捜索やバルワントの護衛に当たらせる。だが、アジャイはプラダーン警視総監の家に押し入って家族を人質に取り、バルワントの動きを監視する。アジャイは外出したバルワントを襲撃するが、このときは取り逃してしまい、ミトワーを死なせてしまった。一方、ヴァルシャーはバルワントの悪事を暴露した新聞記事を投稿する。

 デスーザ警部はアジャイがプラダーン警視総監の家に立て籠もっていることを察知するが、アジャイもそれに勘付き逃走する。アジャイは、彼を拷問したプラタープ・シャルマー警部補(ディープ・ディッローン)からバルワントの居場所を聞き出すが、バルワントはヴァルシャーを人質に取って彼を待ち構えていた。アジャイはヴァルシャーを救い出し、逃げるバルワントを追う。そして公衆の面前で彼を殺そうとするが、デスーザ警部に制止される。それでもヴァルシャーから渡された拳銃でバルワントを射殺し、自首する。

 ボクサーが主人公の映画ということで、米映画「ロッキー」(1976年)のようなボクシング映画を期待するのだが、主人公アジャイがボクシングをしているシーンは驚くほど少ない。ストリートファイトの場面もあるのだが、それほど格闘アクションに注力されておらず、すぐに勝敗が付いてしまう。「Ghayal」はボクシング映画ではない。

 アジャイは、兄を殺し、その罪を彼になすりつけ、しかも兄嫁の自殺の原因を作った宿敵バルワントへの報復に乗り出す。銃を手にしたアジャイはなぜか百戦錬磨の軍人のように武器を使いこなし敵を蹴散らす。その様子はまるで「ランボー」(1982年)である。

 だが、これは単なる彼の個人的な復讐ではなかった。アジャイは恋人ヴァルシャーにその意義を語る。確かにバルワントを殺しても兄や兄嫁は帰って来ない。だが、これ以上破滅に追いやられる家族は減るはずである。いつしかアジャイの復讐は世直しに昇華していた。そして彼のその行動は警察の改心も呼び覚ます。一人の怒れる若者が、行政と司法が癒着して大富豪の言いなりになっているインド社会の病巣をあぶり出す旅路を追っている点で、1970年代以来の「アングリーヤングマン」映画の延長にある作品だと評価できる。

 また、典型的なマサーラー映画の手法で作られており、たとえばアジャイとヴァルシャーの恋愛は複数のソングシーンなども使ってじっくりと描き出されている。アジャイも意外にひょうきんな性格であり、特にまだ兄夫婦と同居していた幸せな時代のシーンでは、彼が積極的に笑いを提供している。

 最終的に関心があったのは、アジャイがバルワントを殺すかどうかである。古来インドに生まれた数々の宗教や、「インド独立の父」マハートマー・ガーンディーが先導した独立運動の影響で、インド人は非暴力主義を誇りにしている。勧善懲悪のアクション映画にも時々この非暴力主義の影響が感じられることがある。「Sholay」(1975年)のラストは非暴力主義の典型である。もっとも、「Sholay」のオリジナルのエンディングはもっと暴力的なものだったが、検閲によって非暴力的なものに差し替えられた経緯がある。では「Ghayal」はどうだったかというと、アジャイはバルワントを殺そうとするが、デスーザ警部の介入によりバルワントは逮捕されることになる。だが、ヴァルシャーから密かに拳銃を手渡されたアジャイは迷わずバルワントに発砲し、彼を殺す。つまり、暴力的なエンディングを採用していた。

 ダルメーンドラの長男サニー・デーオールは、父親が培った「強い男」のイメージを受け継ぎながら、元祖「アングリーヤングマン」アミターブ・バッチャンの芸風も継承し、血まみれになりがら八面六臂の活躍をしていた。非常にパワフルな演技であった。ラージ・バッバル、クルブーシャン・カルバンダー、オーム・プリーなどが脇を固めていたが、基本的にはサニー一人で何でも片づけてしまうタイプの映画であった。ヒロインを担ったミーナークシー・シェーシャードリの出番はほぼ序盤のみだった。

 一瞬だけだが、TVドラマ「Mahabharat」(1988-90年)でビーマ役を演じたプラヴィーン・クマールが出演していた。プラヴィーンは軍人であり、かつハンマー投げや円盤投げの陸上競技選手でもあった人物で、退役後は俳優として多数の映画にも出演した。「Ghayal」の公開時期は、ちょうど「Mahabharat」の完結と重なっており、きっとファンにはうれしいサプライズだったことだろう。

 音楽面で気になったのは「Sochna Kya」だ。そのメロディーはカオマの「Lambada」(1989年)そのものであり、もっともらしいヒンディー語の歌詞が付けられていた。音楽監督は、パクリの常習犯だったバッピー・ラーヒリーだが、採り入れるのが非常に早いことに驚かされる。「Sochna Kya」はアジャイの幸せだった時代を象徴する曲となっており、劇中で頻繁に「Lambada」のメロディーがノスタルジックに流れることになる。また、「Tridev」(1989年)のヒット曲「Gajar Ne Kiya Hai Ishara (Oye Oye)」のイントロが一瞬だけ流れる場面もある。

 「Ghayal」は、ラージクマール・サントーシー監督のサニー・デーオールが初めてタッグを組んだ記念すべき作品であり、1990年の大ヒット作になったアクション映画だ。観客を楽しませるためなら何でもありの展開でありながら、貧しい者を犯罪に走らせるインド社会の腐敗に対する不満をぶちまけてもいる。1980年代の娯楽映画が好きな人にはおすすめできる。


https://www.youtube.com/watch?v=KNyBv8ohKgk