2017年10月6日に公開されたヒンディー語映画「Chef」は、同名の2014年公開米国映画の公式リメイクである。日本では「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」の邦題と共に公開された。ジョン・ファヴローが監督・主演した原作は良作だったのだが、それをインド映画がどう料理するのか、見物である。
ヒンディー語リメイク「Chef」の監督は、「Airlift」(2016年)などのラージャー・クリシュナ・メーナンである。主演はサイフ・アリー・カーン。他に、主にマラヤーラム語映画界で活躍するパドマプリヤ・ジャーナキラーマン、子役スヴァル・カーンブレー、チャンダン・ロイ・サーンニャール、ディネーシュ・プラバーカル、ミリンド・ソーマン、ソービター・ドゥリパーラーなどが出演している。また、歌手のラグ・ディークシトが特別出演している他、大半の音楽の作曲も担当している。
ローシャン(サイフ・アリー・カーン)は、デリーで生まれ育ちながら、シェフになることを夢見て家出し、流れ流れて米国のレストランで料理長をしていた。結婚していたが既に離婚しており、元妻ラーダー(パドマプリヤ・ジャーナキラーマン)と息子アリー(スヴァル・カーンブレー)は実家のあるケーララ州コーチンで暮らしていた。 ローシャンはレストランの客を殴ったことで解雇となり、元同僚のヴィニー(ソービター・ドゥリパーラー)の助言に従って、一度インドに帰って息子と会う。ラーダーは、地元の実業家ビジュ(ミリンド・ソーマン)といい仲になっていた。ビジュはローシャンに、古い2階建てのバスを貸し、キッチンカーを経営するように勧める。ローシャンは、米国から彼を慕って追って来た元同僚ナズルール(チャンダン・ロイ・サーンニャール)、長期休暇中のアリー、そして運転手アレックス(ディネーシュ・プラバーカル)と共に、移動しながらデリーを目指す。 途中、ゴアに寄りながら、彼らはデリーに辿り着く。アリーは学校が始まるためにコーチンに帰らなくてはならず、ラーダーが迎えに来る。また、ローシャンの元には米国のレストランから仕事のオファーが来ていた。だが、ローシャンはインドに留まることを決め、ラーダーやアリーと共にキッチンカーを続ける。
原作がいい作品だったために、そのリメイクであるこの「Chef」もいい作品になっていた。だが、決してそれだけではなく、うまくインドらしい要素を組み入れて、家族の大切さをより強く再確認できるストーリーにしていたのは、いかにもインド映画らしかった。
まずこの映画の特徴は、食べ物がよく出て来ることである。主人公がシェフなので、映画の中に料理が登場するのはごく自然なことなのだが、それでも意図的に料理をするシーンが頻繁かつ長めに入れられていた。しかも、大半はインド料理である上に、北から南まで亜大陸の広範な食文化をカバーしている。特に郷愁をもって描き出されるのは、主人公ローシャンの生まれ故郷であるデリーや、彼の修行の地アムリトサルの料理である。チョーレー・バトゥーレー、トマトのチャトニー、ラッスィーなど、北インド料理が香り立つような映像で映し出されていた。
また、ローシャンが発明したオリジナルの料理が「ロッツァー」であった。これは、ローティー(インドのパン)とピッツァー(ピザ)を掛け合わせた造語で、2枚のローティーの間に具を挟む。オンボロバスをキッチンカーに改造し、「ラーステー・カフェ(道端食堂)」と名付けて、ケーララ州からデリーを目指したローシャンらは、道中でこのロッツァーを売りながら移動した。
ローシャンとラーダーは既に離婚している。離婚の原因は、ローシャンが仕事に熱中し過ぎたことであった。彼があまりに家庭を顧みなかったため、ラーダーは愛想を尽かし、息子のアリーを連れてコーチンに帰ってしまった。だが、アリーはローシャンを慕っており、父親と一緒に住みたいと考えていた。たまたま職を失ってインドに来たローシャンは、アリーを連れてキッチンカーの旅に出る。久しぶりに父親と共に過ごしたその時間は、アリーにとって何より至福の時間だった。ローシャンには次の仕事が舞い込むが、また家族よりも仕事を優先しそうになっている自分に気付き、インドに留まってアリーとずっと一緒に過ごすことを選ぶ。「Chef」は第一に、父と息子が絆を取り戻す物語である。
キッチンカーで移動中のローシャンらは、途中でゴアに立ち寄る。そのときローシャンは、かつてゴアに友人たちと来たとき、白人女性に騙されたという昔話を打ち明ける。そのエピソードは、「Dil Chahta Hai」(2001年)でサイフ・アリー・カーンが演じたサミールの身に起こったことと酷似している。ファン向けのサービスであろう。
ケーララ州は左翼政党が支配的な州である。映画の序盤、ケーララ州コーチンの場面で、ローシャンがオンボロバスを整備しようとしたとき、ラーダーの使用人たちがそれを助けようとする。だが、突然、組合長なる人が現れて、きちんと賃金を払うように訴える。本当にケーララ州でそこまで労働組合が介入して来るのか知らないが、インドの中のカルチャーショックを感じるシーンであった。
「Chef」は、同名の米国映画のヒンディー語リメイクである。原作が良かったこと以上に、インドらしさが詰まっており、インド映画として優れた作品に仕上がっている。興行的には振るわなかったようだが、インドらしい魅力で彩られた軽快な娯楽映画を観たい人にはお勧めできる作品である。