「Raaz」(2002年)から始まったヒンディー語ホラー映画の潮流は、2010年代に入り、ホラーとコメディーの融合が模索されたことで、新たな展開を迎えた。ホラーというジャンルをインド映画風に料理しようと思った際、インド映画のフォーマットにもっとも合うのは、コメディー要素を散りばめて、ホラー・コメディーにしてしまうことだ。これならば、インド映画お得意のダンスシーンも入れやすい。こうして徐々にインド映画ならではのホラー映画が作られるようになって来ている。
2021年9月10日からDisney+ Hotstarで配信開始された「Bhoot Police(幽霊警察)」も、ホラー・コメディーにカテゴライズされる映画である。元々は9月17日配信開始の予定だったらしいのだが、なぜか1週間早く配信されることになった。
監督はパヴァン・キルパーラーニー。「Ragini MMS」(2011年)や「Phobia」(2016年)の監督で、ホラー映画を専門に撮って来ている。主演はサイフ・アリー・カーン、アルジュン・カプール、ジャクリーン・フェルナンデス、ヤミー・ガウタム。他に、ジャーヴェード・ジャーファリー、ラージパール・ヤーダヴ、アミト・ミストリー、サウラブ・サチュデーヴァなどが出演している。
ヴィブーティ(サイフ・アリー・カーン)とチラウンジー(アルジュン・カプール)の兄弟は、ターントリク(呪術師)をして生計を立てていた。彼らの父親ウッラト・バーバー(サウラブ・サチュデーヴァ)は有名なターントリクだったが、彼らが幼い頃に死去した。兄のヴィブーティは霊など信じておらず、金と女に目がなかったが、弟のチラウンジーは父親から受け継いだ秘伝の書を大切にしていた。 ヴィブーティとチラウンジーはダラムシャーラーで茶園を営む女性マーヤー(ヤミー・ガウタム)に呼ばれる。ここのところ、マーヤーの茶園ではキチュカンディーという幽霊が現れ、茶園労働者たちは恐れおののいていた。30年前にウッラト・バーバーがキチュカンディーを壺に封印したはずだったが、何らかの理由で脱出してしまったようだった。マーヤーは、ウッラト・バーバーの息子であるヴィブーティとチラウンジーにキチュカンディー退治を頼む。 マーヤーには、ロンドン帰りのカニカー(ジャクリーン・フェルナンデス)という姉がいた。カニカーは茶園を売り払ってマーヤーと共にロンドンに移住しようと考えていた。実は最近のキチュカンディー騒動は、カニカーが茶園のマネージャー(アミト・ミストリー)と共謀して行っていたもので、夜な夜なマネージャーがキチュカンディーに化けて労働者の前に現れていたのだった。 ところが、幽霊を信じないヴィブーティが、父親の封印した壺を見つけ出して割ってしまったことで、本物のキチュカンディーが現れるようになってしまう。まずキチュカンディーはマーヤーに取り憑き、次にヴィブーティに取り憑いた。だが、キチュカンディーの正体はかつて英国人に惨殺された女性であることが分かり、彼女の娘ティトリーを探してあげることになった。ティトリーが死んだ場所で彼女の霊は見つかり、二人は成仏した。 こうしてヴィブーティとチラウンジーは「ブート・ポリス(幽霊警察)」を名乗るようになった。
二人組の男が幽霊退治をするコメディータッチのホラー映画と聞くと、誰もが「ゴーストバスターズ」(1984年)を思い浮かべるだろう。「Bhoot Police」は、「ゴーストバスターズ」から影響を受けていると思われるが、ストーリーは全く異なり、味付けもインド的だ。ホラー映画とは言え、亡き父親との関係や兄弟愛などが前面に押し出されている点も、いかにもインド映画である。冒頭、ラージャスターン州の砂漠のシーンから、中盤以降の、ダラムシャーラーの山のシーンへの移行は、インドの広大さ、多様さを主張するのに十分である。そこそこのレベルのホラー映画だと評価できる。
ダラムシャーラーの茶園に現れたキチュカンディーという幽霊が物語の中心的な話題ではあるが、映画に深みを与えていたのは、主人公の兄弟のキャラクタースケッチである。兄のヴィブーティは幽霊や迷信など端から信じていなかった。迷信深い人々から金を巻き上げるのを生業としていた。一方の弟チラウンジーは純朴な性格で、父親から受け継いだ秘伝の書を愛読し、一人前のターントリクになることを夢見ていた。ヴィブーティは、そんなチラウンジーを見守りつつも、早く彼が目を覚まして欲しいと願っていた。
ヴィブーティがそんなひねくれた性格になってしまったのは、彼らの前に本物の幽霊が現れなかったからだ。例えば、映画の冒頭で二人がジャイサルメールにて若い女性に取り憑いた幽霊退治をする様子が描かれる。だが、それはその女性の演技で、結婚したくないから幽霊に取り憑かれた演技をしていたのだった。そんなケースばかり見て来たので、ヴィブーティはそういう人々の悩みを聞いて、逆に彼らに協力することをビジネスとするようになったのである。
しかしながら、実はヴィブーティには幽霊が見えていた。彼はそれを幽霊だと気付かなかっただけだ。チラウンジーは、幽霊が近づくと右肩が震える癖があり、二人の力を合わせることで、幽霊の特定が可能であることに気付く。幽霊が実在することを確信した二人は、共にキチュカンディーに立ち向かう。
ダラムシャーラーでのキチュカンディー騒動も、当初はマーヤーの姉カニカーによる茶番劇だったが、ヴィブーティがキチュカンディーの封印された壺を割ってしまったことで、本物のキチュカンディーが人々に襲いかかるようになる。偽の幽霊を使って誰かを騙そうとしたら、本物の幽霊が出て来てしまった、というプロットはインド映画の好むもので、例えば「Om Shanti Om」(2007年/邦題:恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム)は正にそれであった。
インド映画では、キリスト教的な世界観に立脚したホラー映画も多いのだが、この「Bhoot Police」は、ヒンドゥー教的な世界観のホラー映画だと言える。ヴィブーティとチラウンジーが行う儀式もヒンドゥー教的で、唱えるマントラ(真言)もサンスクリット語であった。
主演級の4人の俳優の中でもっともベテランなのはサイフ・アリー・カーンであり、もっともデビューが遅いのがアルジュン・カプールになる。サイフとアルジュンのコンビは珍しい取り合わせだったが、悪くはなかった。ジャクリーン・フェルナンデスとヤミー・ガウタムの取り合わせもやはり奇抜だった。これらは、性格の違う兄弟・姉妹ということで、わざとミスマッチのキャスティングをしたのではないかと思われた。その目論みはだいぶ成功していたと言えるだろう。
OTT(配信スルー)作品なので、興行的な成功が計りにくいのだが、映画の結末は、続編への含みを十分持たせたものだった。「ゴーストバスターズ」のようにシリーズ化されて行くのであろうか。
「Bhoot Police」は、二人組の兄弟が幽霊退治をするというホラー・コメディー映画である。ヒンディー語映画界はホラー要素とコメディー要素のミックスの妙を次第に掴んで来ており、バランスのいい娯楽作品になっている。こぢんまりとまとまりすぎのきらいもあるが、サイフ・アリー・カーンを筆頭としたスター俳優たちの出演もあって、そこそこ楽しめる。