ヒンディー語映画界では複数の監督がオムニバス形式で一本の映画を作るのが流行している。インド映画百周年を記念して作られたオムニバス映画「Bombay Talkies」(2013年)はシリーズ化し、「Lust Stories」(2018年)や「Ghost Stories」(2020年)が作られた。ただ、それまでにも「Silsiilay」(2005年)や「Dus Kahaniyaan」(2007年)などのオムニバス映画があり、21世紀において断続的に続いて来たトレンドだと言うことができるだろう。
2015年11月20日公開の「X: Past Is Present」もオムニバス映画の一種と言える。11人の監督が参加し、それぞれの担当部分を撮影して、一本の映画にしている。ただ、11のストーリーが独立している訳ではなく、「現在」の1ストーリーに「過去」の10ストーリーが複雑に絡む特殊な作りとなっている。中心となるキャラクターは、映画監督のK。基本的に、中年以降のKはラジャト・カプールが、青年期のKはアンシュマン・ジャーが演じているが、そうでない俳優が演じているエピソードもある。
「現在」のストーリーは、映画監督K(ラジャト・カプール)が、映画祭のパーティーで謎の女性(アディティ・チェンガッパー)と出会い、会話を交わす内に、過去に関わりのあった10人の女性たちのことを思い出すという内容になっている。このストーリーが他の10のストーリーを束ねる役割を果たす。The Hindu紙の映画評論家スディーシュ・カーマトが監督をしている。
以下、簡単にKが過去に出会った10人の女性と10のストーリー、そして、撮った監督や演じた俳優を簡潔に記して行く。時系列はバラバラである。
- 学生時代のK(アンシュマン・ジャー)はシーリーン(ピヤー・バージペーイー)という女の子と付き合っていたが、彼女が彼にいくつもの贈り物をするため、辟易していた。監督はヘーマント・ガーバーである。
- 駆け出しの映画監督だった若きK(デーヴ・サグー)は、隣人の女性(ガブリエラ・シュミット)を盗撮していた。その女性は、彼がプレゼンをする予定だったプロデューサー(ナビール・カイヤム)の愛人であった。女性からはオイスターの食べ方を教わる。監督は「London Paris New York」(2012年)のアヌ・メーナン。
- 映画監督となったKは、妻リジャー(ラーディカー・アープテー)から不倫を疑われていた。リジャーは妊娠していたが、不倫に怒った彼女はお腹の子を堕ろしてしまった。監督は「Aisha」(2010年)のラージシュリー・オージャー。
- 就職したばかりのK(ロノディープ・ボース)はカルカッタに赴任し、下宿をすることになる。そこでは、1つの部屋をシウリー(パルノ・ミットラー)という女性と時間差でシェアすることになり、午前8時から午後8時まではKが住み、午後8時から午前8時まではシウリーが住んでいた。二人は日記を通して交流するようになったが、Kの転勤により、一度も顔を合わせないままその関係は終わった。監督はプラティム・D・グプター。
- K(ラジャト・カプール)はスランプに陥っており、メイドのバサンティー(リー・セーン)を酔わせて構想中のストーリーを聞かせる。そのストーリーの中で、現実と妄想、登場人物のチャンドラムキーとパーローが交錯する。監督は「Gandu」(2010年)のQ。
- 映画祭に出席するためカリフォルニアを訪れたK(アンシュマン・ジャー)は、インド系米国人のサンジャナー(リチャー・シュクラー)と出会い、一緒に観光をする。サンジャナーは彼のアプローチを拒絶しつつも、最終的には彼を誘惑する。監督はサンディープ・モーハン。
- K(ラジャト・カプール)は、妊娠した女性アヴァンティカー(ネーハー・マハージャン)を乗せて自動車を運転している途中、事故に遭う。監督はスパルン・ヴァルマー。
- K(ラジャト・カプール)は、愛人としていた女優アーイシャー(プージャー・ルーパレール)と、新人女優(ビディター・バーグ)の間でジレンマに陥る。アーイシャーは役を欲しがっていたが、そうでなければKの子供が欲しいと言っていた。監督はアビナヴ・シヴ・ティワーリー。
- 若きK(アンシュマン・ジャー)は、就職面接を前に、恋人のヴィーナー(フマー・クライシー)と面接練習をする。面接官を演じている内にヴィーナーは白熱して来て、Kにプレッシャーを与え出す。監督はラージャー・セーン。
- K(アンシュマン・ジャー)は若い頃、軍人だった父親の転勤に伴ってインド中を巡る機会を得ていた。あるとき彼は南インドの村を訪問し、食堂で働いていた女性(スワラー・バースカル)に誘惑されて、彼女の家に行く。だが、それは彼女の夫(ヨーグ・ジャピー)の罠で、拘束されたKは彼によってレイプされる。だが、女性が夫をハサミで刺したことで助かり、彼は逃げ出す。
11人の監督によるオムニバス映画ではあったが、それぞれのエピソードが短かったこともあって、各監督の個性が際立っていた訳ではなかった。1人の監督が全てを撮ったと言われても信じてしまいそうだ。「現在」のシーンで主人公Kが過去の女性たちを思い出すのだが、その思い出す順番は別に時系列に沿っている訳ではないので、時間は前後する。また、何度も登場するシーンがいくつかあり、例えばリジャーが彼の子供を堕胎したことを告げるシーンは何度も繰り返されていた。それは、彼のトラウマの度合いが強いことを示しているのだろう。基本的に、若い頃のKは女性に対して受け身だったが、年を取るに従って女性に対して支配的な態度を取るようになって行くことも分かった。
だが、彼が本当にトラウマとして心の奥底にしまい込んでいた思い出は、最後となる10番目のエピソードで明かされる。それは、南インドのとある村で、おじさんにレイプされた恐怖体験だった。ただ、恐ろしい思い出だけでなく、そのとき出会った女性には思い入れを持っていたことも示される。彼はある腕時計を大事にしていたが、それはその女性との思い出の品だった。
現在と過去が入り乱れる高度なカットバック編集が緻密に施されている映画であり、言語も英語、ヒンディー語、タミル語、ベンガル語などが入り乱れ、非常に重層的な映画となっていた。一昔前に流行したヒングリッシュ映画(インド製英語映画)の雰囲気を感じたのは、ヒングリッシュ映画の申し子の一人だったラジャト・カプールが主演だったからであろうか。
過去の10エピソードと現在の1エピソードを合わせた合計11エピソードの内、もっとも印象に残ったのは、「8 to 8」と題された、プラティム・D・グプター監督によるエピソードだった。ダイアリーに記された詩でもって交流する、同じ部屋を共有する男女の仄かなロマンスであった。敢えてKは彼女に会おうとしなかった。「現在」のシーンでKが明かすところでは、もし会ってしまったらそれは普通の関係に劣化してしまい、映画にはならないと考えたからであった。男女が顔を合わせずに交流するというストーリーは、「The Japanese Wife」(2010年)や「The Lunchbox」(2013年)などでも探究された、インド人好みの展開だ。
「X: Past Is Present」は、11人の監督による11のストーリーから成るオムニバス映画。各監督の個性が際立っていた訳ではないが、逆に言えば、各監督の個性が際立たないほど巧みに編集され構成された映画だと言える。2000年代に隆盛したヒングリッシュ映画の正当な後継者とも評することができる。一般的なインド映画とは異なるが、映画好きなら観て損はない作品だ。