Mann

4.0
Mann
「Mann」

 1999年7月9日公開の「Mann」は、本当の愛情を巡る古典的なロマンス映画である。米映画「めぐり逢い」(1957年)の翻案とされている。

 監督は「Dil」(1990年)や「Ishq」(1997年)のインドラ・クマール。音楽はサンジーヴ=ダルシャン、作詞はサミール。

 主演はアーミル・カーンとマニーシャー・コーイラーラー。アーミルは既に「3カーン」の一人として大スターであったし、マニーシャーは「Bombay」(1995年/邦題:ボンベイ)や「Dil Se..」(1998年/邦題:ディル・セ 心から)などを経てトップ女優の一人になっていた。二人の共演は「Akele Hum Akele Tum」(1995年)以来2回目であった。

 他に、アニル・カプール、シャルミラー・タゴール、ニーラジ・ヴォーラー、ディープティ・バトナーガル、ダリープ・ターヒル、シャマー・スィカンダル、サティエーン・カップー、アナント・マハーデーヴァン、ムシュターク・カーン、ケートキー・ダーヴェーなどが出演している。また、「Ghulam」(1998年)や「Kuch Kuch Hota Hai」(1998年)で注目を集めたラーニー・ムカルジーが特別出演している。

 題名の「Mann」とはヒンディー語の「मनマン」のことで、一般的に「精神」や「心」などと訳される。映画の中では「Mann」のことを「心に内在する意識」というような説明があり、「心」とは全く同一ではないと解釈できる。「深層心理」のように理解すればいいだろう。

 2026年9月6日に鑑賞し、このレビューを書いている。

 プレイボーイとして数々の美女と浮名を流してきたデーヴ・カラン・スィン(アーミル・カーン)は破産寸前であり、マネージャーを務める友人ナットゥー(ニーラジ・ヴォーラー)の機転で、大富豪プラタープ・ラーイ・スィンガーニヤー(ダリープ・ターヒル)の娘アニーター(ディープティ・バトナーガル)と結婚して財政状況を改善することになった。デーヴはシンガポールに行った後、クルーズ船に乗ってムンバイーに戻ることにした。

 同じクルーズ船には、プリヤー・ヴァルマー(マニーシャー・コーイラーラー)が乗っていた。プリヤーは幼い頃に両親を亡くしプネーの孤児院で育った。音楽とダンスの才能があり、実業家ラージ(アニル・カプール)の支援を受けて、ムンバイーの音楽とダンスを教える学校を開いた。今回はダンス・コンペティションに参加するためにシンガポールを訪れており、優勝して賞品としてクルーズ船のチケットを受け取ったのだった。

 船内でデーヴとプリヤーはアクシデントのように出会う。当初、プリヤーは女たらしのデーヴを嫌っていた。だが、船旅を続ける内に、デーヴに惹かれていく。途中で立ち寄った場所にはデーヴの祖母スハーナー(シャルミラー・タゴール)が住んでいた。デーヴはプリヤーと共にスハーナーに会いに行く。スハーナーは二人を歓待し、プリヤーはますますデーヴのことが好きになる。だが、プリヤーは来月にラージと結婚する予定になっていた。

 クルーズ船はムンバイーに着くと、二人は半年後の2月14日にインド門で再会することを誓う。ただし、どちらかが現れなかったら詮索はしないという条件付きだった。

 デーヴは、アニーターとの結婚を断り、一文無しになる。彼はペインターの仕事をしながら画家の道を歩む。ナットゥーの活躍もあり、デーヴは画家として成功し、マンションに部屋を買うこともできた。デーヴは2月14日にプリヤーと再会するのを楽しみにしていた。

 一方、プリヤーはなかなかラージに結婚の中止を言い出せなかった。ラージには多大な恩があったからである。プリヤーはデーヴに手紙を書き、彼と会えないと伝えるが、デーヴは引っ越しており、その手紙は返送されてくる。それを読んだラージはプリヤーに、デーヴと結婚すべきだと言う。プリヤーも2月14日を楽しみにしていた。

 2月14日になり、デーヴはインド門でプリヤーを待ち続けた。プリヤーもインド門に向かっていたが、途中で交通事故に遭い、病院に搬送された。足に重傷を負ったプリヤーは医師の判断で両足を切断しなければならなくなった。プリヤーはラージに、このことは絶対にデーヴに知らせないでほしいと懇願する。

 デーヴは、プリヤーがラージと結婚したのだと思い込む。折しも祖母の訃報が飛び込んでくる。画家として成功してはいたもののプリヤーのいない人生は無意味だと考えたデーヴは、ムンバイーを去り、祖母の家に移住することを決意する。その前にデーヴはプリヤーに会いに来る。プリヤーは自分の足の状態を知られないようにするが、デーヴは察知し、彼女を抱きしめる。こうして二人は結婚することになった。

 デーヴにはアニーターという許嫁がおり、プリヤーにはラージという許嫁がいた。デーヴとプリヤーがクルーズ船で出会い、相思相愛になる。デーヴにとってアニーターとの結婚は、破綻寸前の経済状況を改善するために必要だった。プリヤーにとってラージは、孤児院で育った彼女を支えてくれた恩人であり、裏切ることができなかった。デーヴとプリヤーが結婚相手としてどちらを選ぶのかが焦点になるロマンス映画である。

 その選択において重要な指針になっていたのが、デーヴの祖母スハーナーの言葉だった。彼女はプリヤーに、「頭の言うことを聞くな、心の言うことを聞け」と助言しており、それが彼女の選択を後押しした。つまり、プリヤーはいったんラージではなくデーヴを選ぶことになる。だが、ラージの顔を見た途端、その選択は難しくなる。これまでの人生でラージから受けてきた恩が思い出されてきて、ラージを裏切ることは道徳にもとる行為だという警告が頭をよぎったからである。

 一方のデーヴは比較的簡単にアニーターを捨て、プリヤーとの結婚を選ぶ。デーヴにとってアニーターは富であり、破綻からの救済であったが、愛の前にそのようなものはほとんど無価値だった。借金取りによって一切合財を取り上げられたデーヴは日雇い労働をしながら画家の道を目指す。半年で画家として大成するというのはあまりに楽観的すぎるが、彼は自分の力で再起し、プリヤーを迎え入れる準備を整える。ただ、彼がなぜ最初からプール付きの豪邸に住みプレイボーイな生活を送れていたのかについては説明がなかった。

 早々にデーヴがプリヤーとの結婚を決めたことで、注目はプリヤーの選択に集中する。富を捨てることは容易だったが、恩を裏切ることは人として難しかった。もたもたしている間にラージとの縁談が進んでいってしまい、プリヤーは焦る。そして、いったんはやはりラージを裏切れないと考え、デーヴに手紙を送って彼とは再会できないと伝える。

 この種のインド製ロマンス映画の一般的なパターンに当てはめると、ラージとプリヤーの結婚式当日に何らかの事件があり、ラージがプリヤーをデーヴに譲るという展開になることが予想された。だが、意外にもプリヤーの本心はすぐにラージに知れてしまう。プリヤーがデーヴに宛てて書いた手紙がラージに読まれてしまったのである。寛大なラージは、快くプリヤーをデーヴに譲る。こうしてラージとプリヤーの結婚を妨げていた障害は全て取り払われたかのように見えた。

 「Mann」では二人の結婚の前にもうひとつ事件を用意していた。プリヤーが交通事故に遭い、両足を失ってしまうのである。二人は2月14日にインド門で再会することを約束していたが、この事故のため、プリヤーは待ち合わせ場所に行くことができなかった。また、プリヤーは障害者になってしまったことで、デーヴの重荷になりたくないと考え、彼とはもう会わないことを決める。一方、2月14日にインド門でプリヤーを待ち続けたデーヴは、プリヤーがラージと結婚したと考え、落胆する。

 デーヴとプリヤーを結びつける橋渡し役になったのが絵であった。デーヴは、祖母とプリヤーが会話をしている場面を絵にしていたが、その絵は「障害者の女性」に引き取られた。その絵がプリヤーの家に飾られていたのを見て、デーヴはプリヤーが障害者になったことに気付く。また、祖母は死ぬ間際にプリヤーにパーヤル(足飾り)を送っており、デーヴはディーワーリー祭の日、それを渡しにプリヤーの家を訪れた。パーヤルは、デーヴがプリヤーの足の状態に気付くもうひとつのきっかけになった。祖母がパーヤルを通して二人を結びつけたと解釈することもできる。

 挿入歌は概して効果的に使われていたといえるだろう。映画の主題をもっとも的確に表す歌詞だったのは「Khushiyan Aur Gham」だ。祖母の家で三人が歌う曲である。「人生とは楽しみと同時に悲しみも味わうものだ」という意味のその歌詞は、デーヴが障害者になったプリヤーを喜んで受け入れたラストに重なる。ただし、「Mann」の挿入歌のメロディーの多くは剽窃だと指摘されている。

 ちなみに、「Mera Mann Kyun Tumhe Chahe」はタイのバンコクにある屋外博物館ムアンボーランで撮影されている。

 「Mann」は、愛を富や恩と対立させ、また頭と心を対立させて、心の声を聴き、愛を守ることの大切さを訴える、直球のロマンス映画だ。ラスト前にもう一波乱を用意し、あえて黄金パターンを外す工夫もされている。アーミル・カーンとマニーシャー・コーイラーラーの相性も良く、素直に楽しめる恋愛物語に仕上がっている。


Mann (1999) (HD & Eng Subs) - Aamir Khan, Manisha Koirala, Anil Kapoor- Hit Bollywood Romantic Movie