Dil

2.5
「Dil」

 1990年6月22日公開の「Dil(心)」は、低所得者層向けアクション映画全盛期の1980年代とファミリー層向けロマンス映画全盛期の1990年代の橋渡し役といえるロマンス・アクション映画である。

 監督は新人のインドラ・クマール。ゾロアスター教徒の家系に生まれ、俳優としてキャリアを積んだ後、本作で監督デビューした。コメディー映画を得意とする監督である。音楽監督はアーナンド=ミリンド、作詞はサミールだ。

 主演はアーミル・カーンとマードゥリー・ディークシト。アーミルは本格デビュー作「Qayamat Se Qayamat Tak」(1988年)で一躍注目の若手俳優になり、その余勢を駆っての主演である。マードゥリーも「Tezaab」(1988年)の大ヒットで時の人になっていた。この二人のカップリングは完全にヒットを狙い澄ましたものだった。二人の共演は初である。

 他に、アヌパム・ケール、サイード・ジャーファリー、パドマラーニー、シャンミー、アーディ・イーラーニー、デーヴェーン・ヴァルマー、サティエーン・カップー、ラージェーシュ・プリー、ヴィージュー・コーテーなどが出演している。

 2026年9月5日に鑑賞し、このレビューを書いている。

 ボンベイ在住の廃品回収業者ハザーリー・プラサード(アヌパム・ケール)は極度の吝嗇家であり、息子のラージャー(アーミル・カーン)を大富豪の一人娘と結婚させて一獲千金を夢見ていた。ハザーリーは、多くの事業を手掛ける大富豪メヘラー(サイード・ジャーファリー)の娘マドゥ(マードゥリー・ディークシト)に目を付け、大富豪を装ってメヘラーに近づき親交を結ぶ。そして、ラージャーとマドゥの縁談をまとめる。

 ところがラージャーとマドゥは同じ大学に通っており、出会ったときから犬猿の仲だった。お見合いの席でもラージャーとマドゥはケンカを始めてしまう。ハザーリーとメヘラーはそれを見てガッカリする。だが、ラージャーとマドゥは大学の研修旅行を機に恋仲になり、親に結婚すると報告する。喜んだハザーリーとメヘラーは早速婚約式を行うが、そこでハザーリーの正体を知るギルダーリー・ラール(サティエーン・カップー)がメヘラーに真実を明かす。怒ったメヘラーは公衆の面前でハザーリーを平手打ちし、婚約式を中止する。

 ラージャーはメヘラーに直談判するが、警察に逮捕されてしまう。そこでマドゥもわざと警察を殴って逮捕され、ラージャーと同じ牢屋に入れられる。二人が強く愛し合っていることに感銘を受けたガーリブ警部補(デーヴェーン・ヴァルマー)は彼らを逃がす。メヘラーはチンピラを雇ってマドゥを連れ戻すが、ラージャーはメヘラー家に突入しマドゥに会う。そして、メヘラーの前で自前の儀式を行い、結婚する。ラージャーはマドゥを連れて家に帰るが、ハザーリーは彼らを追い出す。

 ラージャーとマドゥはボンベイを離れ二人きりで田舎暮らしを始める。ラージャーは工事現場で日雇い労働をして日銭を稼ぐが、事故に遭い入院してしまう。手術代には10万ルピーが必要だった。マドゥは実家に戻るが、父親は留守だった。そこでハザーリーに助けを求める。ハザーリーは、ラージャーとの離婚を条件に手術代を出すと言う。マドゥはラージャーの命を救うため、その条件を飲む。

 手術の結果、ラージャーは一命を取り留めたが、マドゥは姿を消していた。マドゥが、幼馴染みのシャクティ(アーディ・イーラーニー)と一緒にいるのを見て、ラージャーは裏切られたと感じる。その後、警察がハザーリーの家を訪れ、ラージャーの遺体が発見されたと言う。ハザーリーと妻のサーヴィトリー(パドマラーニー)は悲嘆に暮れるが、実はその遺体はラージャーのものではなかった。そこに現れたラージャーは、ハザーリーがマドゥに離婚を強要したことを知ってしまう。ラージャーはマドゥに会いに行くが、メヘラー一家はボンベイを去りロンドンへ向かおうとしていた。

 ラージャーは空港へ駆けつけるが、既に飛行機は離陸した後だった。だが、メヘラーとマドゥはその飛行機には乗っておらず、ラージャーはマドゥに会うことができた。ハザーリーとメヘラーも仲直りし、二人の結婚が認められる。

 「Dil」は1990年の興収1位作品であり、1990年代を代表するロマンス映画に数えられることも多い。アーミル・カーンとマードゥリー・ディークシトの台頭にも貢献した作品だ。だが、そんな名声とは裏腹に、その完成度は意外にも低かった。

 まず、主人公のラージャーとマドゥを含め、各キャラに深みがなかったことが欠点として挙げられる。「Dil」を最後まで観ても、ラージャーとマドゥがどういう人物なのか、いまいちよく分からない。全編に渡って二人の関係性の変化を見せられるだけで、各人の内面に踏み込んだ描写ほとんど見られない。だから、なぜあれほど犬猿の仲だった二人が急にくっ付いたのかも不明である。

 もっとも謎なのはハザーリーだ。インド社会において廃品回収業者の地位は決して高くなく、貧困層に含まれるはずだが、なぜかハザーリーの一家は豪邸に暮らしており、金庫にかなりの貯蓄があった。ラージャーが瀕死の重傷を負ったとき、息子の生死をテコにしてマドゥから離婚を引き出すという人道にもとる行為もしていた。最初から尊敬されるキャラとして描かれてはいないものの、彼の予想不可能な行動は物語全体の説得力を損なっていた。

 ラストシーンにおいて、なぜメヘラーとマドゥがロンドン行きの飛行機に乗らず、空港に留まり、ラージャーを待っていたのかも説明されていない。とにかくなぜそうなったのかが分からない場面がいくつもあるのである。

 21世紀の視点で観ると、アウトな描写も目立つ。たとえば序盤でラージャーとシャクティがリングで戦うシーンがあるが、そこでの罰ゲームは、不細工な女性とのキスになっていた。しかもその罰ゲームを発案したのはマドゥである。美貌に恵まれたマドゥが、学校内で一番ブスな女性を罰ゲームのネタに担ぎ出しているのだ。これほどの醜悪なルッキズムといじめがあろうか。ちなみに、「Dil」にはアーミル・カーンとマードゥリー・ディークシトのキスシーンがある。

 ハザーリーが悪びれもせずに相手に持参金を要求するシーンもある。法律では禁止されているはずだが、あたかもその受け渡しが当然であるかのような振る舞いだった。今では許されない描写であろう。大らかな時代だったことを思わせる。

 強姦の描写もかなり微妙である。まだラージャーとマドゥがお互いに足の引っ張り合いをしていた頃、マドゥはラージャーをはめるため、大学の研修旅行中に強姦を自作自演する。引率教授はラージャーを追い出すが、その後ラージャーはマドゥに本物の強姦の恐怖を味わわせ、彼女の行為の軽率さを自覚させる。マドゥは引率教授に自作自演を自白し、ラージャーの名誉は回復する。この一連のシーンは、女性による強姦の悪用に対する注意喚起ということなのだろうが、ラージャーとマドゥの仲直りを演出するために、わざわざ強姦を持ち出す必要はどこにあったのだろうか。強姦シーンが人気取りになった1980年代の悪しき伝統を引きずっているように思えてならなかった。

 その一方で、序盤ではいかにも青春を謳歌しているといった感じの明るい大学生活が映し出される。この辺りは「Qayamat Se Qayamat Tak」の成功を受けて、二匹目のどじょうを狙ったものだと思われるが、1990年代の雰囲気を先取りしたものだと感じられた。ディスコのシーンでは、「トップガン」(1986年)の「Danger Zone」に加えて、「Qayamat Se Qayamat Tak」のヒット曲「Papa Kehte Hain」が借用されている。

 「Dil」の核心になっているのはマドゥの自己犠牲だ。マドゥは、瀕死の重傷を負ったラージャーの手術代をハザーリーから得るため、ラージャーとの離婚を約束する。愛するラージャーとの結婚生活を投げ出して、彼の命を救おうとしたのだ。マドゥはハザーリーに、既婚女性の証であるマンガルスートラを差し出す。息を吹き返したラージャーは、マドゥが急に冷たくなったために裏切られたと勘違いし、一時的に破局に向かう。愛などのために自分の幸せを犠牲にする姿はインド映画で頻繁に描かれる。

 「Dil」は映画もヒットしたが、そのサウンドトラックも人気になった。「Hum Pyar Karne Wale」や「Mujhe Neend Na Aaye」などの明るいラブソングが多いが、もっともストーリーとシンクロし感情を高めるのは、同居生活を始めたラージャーとマドゥが仲違いして一時的に離れ離れになったときに歌われる「O Priya Priya」だ。離れ離れになりながらお互いを求め合う感情がよく表現されている。

 「Dil」は、1988年にそれぞれヒット作を飛ばし注目を集めていたアーミル・カーンとマードゥリー・ディークシトが初めて共演したロマンス映画である。1990年を代表する大ヒット作だが、インドラ・クマール監督作品にありがちな極めて大味な作品であり、冷静に鑑賞すると不可思議な点は少なくない。そこが気にならなければ楽しめるかもしれない。


Dil (1990) (HD & Eng Subs) - Aamir Khan | Madhuri Dixit | Anupam Kher - Hit Bollywood Romantic Movie