
2026年4月10日公開の「Dacoit(盗賊)」は、自己犠牲の愛を狂おしく描いたテルグ語とヒンディー語のマルチリンガル映画だ。どちらかといえばテルグ語映画色の方が強いが、ヒンディー語映画界の俳優も起用され、汎インド映画になっている。鑑賞したのはヒンディー語版である。
監督はシャニール・デーオ。フィジー出身のインド系監督であり、現在は米国在住とのことである。長編映画の監督は初である。音楽はビームス・セシロレオ。
主演はアディヴィ・シェーシュとムルナール・タークル。アディヴィは「Baahubali: The Beginning」(2015年/邦題:バーフバリ 伝説誕生)や「Major」(2022年)に出演していた男優で、ムルナールは「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30 アーナンド先生の教室)や「Do Deewane Seher Mein」(2026年)などに出演の女優である。
他に、アヌラーグ・カシヤプ、プラカーシュ・ラージ、スニール、アトゥル・クルカルニー、ザイン・マリー・カーン、カーマークシー・バースカルラー、ヴィバヴ・タトワワーディー、ジャーンスィー、ザリーナー・ワハーブ、ヴァムスィー・アルールなどが出演している。また、ボージプリー語映画界の俳優パワン・スィンと歌手ジョーニターがアイテムナンバー「Touch Body」に特別出演している。
映画の舞台になっているのは主に3ヶ所。アーンドラ・プラデーシュ州のヒンドゥープラムとマダンパッリ、そしてカルナータカ州のベンガルールである。この3都市はアーンドラ・プラデーシュ州とカルナータカ州の州境付近に位置しており、それぞれお互いにそれほど離れていないことは前知識として持っておくといいだろう。
2005年、アーンドラ・プラデーシュ州ヒンドゥープラム。Kハリダース、通称ハリ(アディヴィ・シェーシュ)は医学生サラスワティー、通称ジュリエット(ムルナール・タークル)と出会い、恋に落ちる。だが、ハリはダリト(不可触民)、ジュリエットは上位カーストで、二人の結婚は簡単には認められなかった。
2008年、ジュリエットの親代わりだった兄のラメーシュ(ヴァムスィー・アルール)は彼女がダリトと結婚しようとしていると知り、ある晩、ハリの家を襲撃する。まず、ハリの大家マッリ(カーマークシー・バースカルラー)がレイプされそうになり、それを助けようとしたハリが襲われる。だが、ハリは反撃し、ラメーシュを殺す。そこにジュリエットが駆けつける。この事件は、上位カーストによる操作が入り、ハリがマッリをレイプ未遂し、それを止めようとしたラメーシュを殺したことになった。ジュリエットもそれに沿った証言をし、ハリは有罪判決を受けて終身刑となる。
2021年、ハリはあれ以来13年間、ジュリエットへの怒りに燃えながら服役し続けていた。かつての囚人仲間イシャーク(アトゥル・クルカルニー)の手引きで脱獄に成功すると、彼は早速ジュリエットの様子を見に行く。ジュリエットにはチンニーという幼い娘がおり、誰かと結婚したようだった。ジュリエットを尾行すると、彼女はカルナ病院マダンパッリ支院に入っていく。そこには夫バースカル(ヴィバヴ・タトワワーディー)が入院しており、ジュリエットは医者から、心臓移植手術のために多額の手術代を求められていた。ハリはジュリエットが決して幸せそうでないことに気付く。
ところでハリは、やり手の経営者ソロモン・レッディー(プラカーシュ・ラージ)の経営するカルナ病院が医療の名の下に患者やその家族から多額の金を巻き上げている実態を目にする。ハリはドバイへ高飛びするためにまとまった現金を工面する必要があった。ハリはイシャークと相談し、ジュリエットと共にカルナ病院から裏金を盗み出し、ジュリエットを犯人として突き出す計画を立てる。ジュリエットも夫の心臓手術のために多額の現金が必要であり、13年振りに現れたハリに戸惑いながらも、その計画に乗る。
ハリとジュリエットはカルナ病院マダンパッリ支院で輸送中の裏金を奪い逃走しようとする。だが、ソロモンの部下たちにしつこく追いすがられ、期待したほどの現金が手に入らなかった。そこで二人はカルナ病院ヒンドゥープラム支院にも押し入り、裏金を奪取する。だが、精進中だった敏腕警察官のスワーミー警部補(アヌラーグ・カシヤプ)とその部下たちに取り囲まれる。ハリはジュリエットを逃がし、自分は現金を持って逃走する。
ハリはイシャークに、期限までにジュリエットに必要な金を送るように頼み、彼女の夫バースカルが入院するマダンパッリ支院に侵入する。バースカルは13年前のあの晩にラメーシュに同行していた。彼はジュリエットに片思いしており、ラメーシュをけしかけてハリを襲撃させたのだった。ジュリエットは、ハリの命を助けてもらうため、警察に偽の証言をしたことも分かる。この事実は、スワーミー警部補もマッリへの事情聴取から察知していた。また、心臓移植が必要なのはバースカルではなくジュリエットであった。彼女は、自分が死ぬとチンニーが心配であるため、必死に手術代をかき集めていたのだった。バースカルは新型コロナウイルスに感染して入院していただけだった。
ジュリエットはこのときまでに現金を手にしておらず、最後の望みを掛けてカルナ病院ベンガルール支院に強盗に入った。だが、ソロモンは用意周到に準備をしており、プラサード警部補(スニール)がジュリエット射殺の命を帯びてベンガルールに来ていた。ソロモンは、ハリとジュリエットが生け捕りになるとカルナ病院の汚職や裏金が世に出ると恐れ、二人の射殺を望んでいたのだった。ジュリエットはプラサード警部補に殺されそうになるが、そこへハリが駆けつけ、彼を殺す。そして二人は現金を持って逃げ出す。途中で警察に追いつかれ、絶体絶命の危機に陥るが、ハリはジュリエットを逃がし、自分は残って足止めする。ジュリエットが病院にたどり着き手術を受けるだけの時間を稼いだ後、彼はわざと撃たれ、スワーミー警部補の目の前で息を引き取る。
それから1ヶ月後。手術は成功しジュリエットは無事だった。バースカルも退院していた。彼女は、ハリの逮捕のきっかけを作ったバースカルを許せず、公衆の面前で彼を平手打ちする。スワーミー警部補は娘のジャーナキー警部補(ザイン・マリー・カーン)に、実はジュリエットに移植された心臓はハリのものだと明かす。ジュリエットは娘から、ハリから贈られたアクアマリンの指輪を受け取る。
ジュリエットはハリの命を助けるために彼との結婚を諦め、わざとハリに不利になる証言をして、別の男性バースカルと結婚した。ハリはジュリエットを助けるため、わざと命を落として、心臓をジュリエットに臓器提供した。二人は現世において結婚という形では結ばれることはなかった。だが、ハリの心臓がジュリエットの中で鼓動し続けることによって、二人は文字通りひとつになった。そんな自己犠牲の応酬が生んだ究極のロマンス映画である。
だが、序盤、刑務所に服役していたハリは事情を知らず、ジュリエットに裏切られたと考えていた。脱獄したのも、彼女に報復するためだった。一度はそういうチャンスも手にする。病院を強盗して現金を手にした後、彼女を犯人として警察に突き出せば、一獲千金と彼女への報復を一挙両得できたはずだった。だが、彼にはできなかった。なぜなら彼は彼女を愛したからだった。服役中、彼の心にあったのは彼女への憎しみだと信じて疑わなかったが、彼女と実際に顔を合わせてみると、そこにあったのは傷だったことに気付く。一度真剣に愛した女性に危害を加えることなどできなかった。彼が、ジュリエットの事情を知ったのはそれから後のことになる。一方、ジュリエットが、臓器提供者がハリであることに気付くことは今後ないだろう。だが、ハリの心臓はジュリエットと共に鼓動し続けるのである。
ジュリエットは、アクアマリンの指輪を結婚指輪として求めていた。ハリは、あの運命の晩、アクアマリンの指輪を彼女にプレゼントしようと計画していた。しかも、指輪がロケットに入っているというサプライズ付きだった。だが、それはかなわず、ロケットはバースカルの手に渡り、彼はジュリエットにそのロケットを贈る。ジュリエットはそのロケットの秘密を知らずに13年間生きてきたが、ハリはチンニーにその秘密を教え、チンニーがそれをジュリエットに教える。ハリは、死んだ後に彼女に愛情を伝えることに成功したのだった。憎い演出だった。
ハリとジュリエットの恋愛にはカースト問題が載せられている。ハリは清掃人カースト出身、つまりダリト(不可触民)だった。一方、ジュリエットは医学を志す上位カーストであった。ハリがジュリエットとの結婚を拒絶されたのはカーストが原因である。
また、物語の主要な時間軸は2021年だ。これは世界中が新型コロナウイルスの感染拡大によって大きな影響を受けていた時期になる。ハリが脱獄のチャンスを得たのも、刑務所内のソーシャルディスタンスを確保するために囚人たちが分散されることになったからだった。移送中に彼は脱走に成功するのである。
全体としては物語にのめり込むことができ感動できた作品だった。だが、基本的にリアリズム重視の映画でありながら、時々スターシステムの悪い面が出ていたことは否めない。ヒーローのやることは何でもうまく行き、ヒロインのピンチには必ずヒーローが駆けつけるというご都合主義がチラチラ見られたのだ。たとえば、ハリが強盗してピンチに陥ったジュリエットを助けるためにベンガルールまで駆けつけるという展開は、ほとんど瞬間移動であり、論理的に説明されていなかった。ジュリエットが、娘のチンニーを孤独にしないために心臓移植のための手術代を必死になってかき集めるという展開も、少し苦しかった。夫のために駆けずり回るというのなら分かるが、自分が助かるために東奔西走するというのはどうだろうか。心臓に疾患を抱えているならそんな動き回ることはできなかったと思うし、もし彼女が死んでもまだバースカルがいるではないか。重箱の隅をつつていけば、もっと詰めの甘さが見えてくるだろう。
主演のアディヴィ・シェーシュ、ムルナール・タークル共に、自己を犠牲にして愛する人を救おうとする狂おしい恋愛を貫く男女を精いっぱい演じていた。アディヴィは、愛憎の間で揺れる内面をうまく表現していたし、ムルナールは主体性がある役柄に恵まれ実力を発揮できていた。2020年代を代表する女優の一人である。監督を本業とするアヌラーグ・カシヤプと、南インド映画への出演率が異常に高いプラカーシュ・ラージの共演は初だと思われる。重量級の俳優同士の激突は迫力があった。
「Dacoit」は、愛する者のために自己犠牲をいとわない男女の狂おしい恋愛劇である。ヒンディー語とテルグ語の二言語展開されているが、ヒンディー語版も作られたテルグ語映画という表現がもっともふさわしい。2025年以来、ロマンス映画の復権が進んでいるが、それを一歩推し進める役割を果たす作品だ。ただし、興行成績は期待外れに終わった。
