
2023年3月3日公開の「Ek Tha Hero(一人のヒーローがいた)」は、自転車が欲しくてたまらない少年を主人公にした子供向けの心温まる物語である。出演している俳優たちの年齢やポスターに印字されている当初の公開年月日を見るに、完成から公開までかなりの時間が経ってしまった作品だと思われる。
監督はヨーゲーシュ・パガーレー。主演は「Slumdog Millionaire」(2009年/邦題:スラムドッグ$ミリオネア)でジャマール役を演じたアーユシュ・マヘーシュ・ケーデーカル。他に、アミター・パータク、アシュウィニー・カルセーカル、アスラーニー、ダルシャン・ジャリーワーラー、シーラー・シャルマー、シヴァーニー・ゴーヒル、モーニル・D・ダーカーンなどが出演している。
舞台はグジャラート州の村。ジグネーシュ(アーユシュ・マヘーシュ・ケーデーカル)は、母親ゴームティー(アシュウィニー・カルセーカル)に自転車を買ってもらい、同級生のクシュブー(シヴァーニー・ゴーヒル)を乗せて登校するという夢を持っていた。ゴームティーは、学級で1番を取ったら自転車を買うと約束しており、ジグネーシュは勉強を頑張っていた。ゴームティーは地主(ダルシャン・ジャリーワーラー)の家で働き、大学に通う姉のジャーンキー(アミター・パータク)の学費や生活費を稼いでいた。
ジグネーシュは、自転車を持っていない友人たちとグループを作っていた。地主の孫ダルメーシュ(モーニル・D・ダーカーン)は自転車を乗り回しており、同じく自転車を持っている少年たちとグループを作っていた。ジグネーシュとダルメーシュは犬猿の仲だった。
村にはガネーシャ神を祀る寺院があり、願い事があると人々は寺院へ行って願い事を紙に書き神様に捧げていた。この寺院は願い事がかなうと評判だった。ところが実はジグネーシュのグループが願い事を読んでその実現を手助けしていたのだった。
ジグネーシュは3年連続で学級1位になる。過去2年間は、親戚の急死などで自転車が買ってもらえなかった。今年こそは買ってもらえると喜び勇んで帰宅するが、ゴームティーは「自転車は買わない」と言い張る。ジャーンキーの学業を優先しており、家には貯金がなかったのだ。ジグネーシュはすっかり落ち込んでしまう。優しいジャーンキーは、母親が用意してくれた教科書代を返し、ジグネーシュに自転車を買ってあげるように言う。金を渡されたジグネーシュは一目散にガフール(アスラーニー)の自転車屋へ行く。新品の自転車は買えなかったが、中古の自転車を買うことができた。
ジグネーシュは自転車を駆ってクシュブーの家に行く。だが、クシュブーの家も貧しく、学費が払えないため、退学すると言う。また、家に帰ってみると、姉の教科書代が自分の自転車代になったことを知る。家を飛び出たジグネーシュは悩んだ末に自転車を売り、クシュブーに学費として渡して、残ったお金で姉の教科書を買う。ジグネーシュの自己犠牲を知ったゴームティーとジャーンキーは彼を抱きしめる。
村でレースが行われることになった。優勝賞品は自転車だった。ジグネーシュはセカンドチャンスとばかりに出場を申し込む。だが、ライバルのダルメーシュもジグネーシュを負かすために参加する。レースが始まるとジグネーシュは独走するが、あと少しのところで足が吊ってしまい、倒れ込んでしまう。だが、ジグネーシュは諦めず、最後まで走りきる。観戦していた地主はジグネーシュの諦めない心を讃え、彼に自転車を渡す。だが、ジグネーシュはそれを断り、優勝したダルメーシュに自転車を譲る。
1年後。再びレースが行われ、今度こそはジグネーシュが優勝した。自転車を手にしたジグネーシュは早速クシュブーを迎えに行く。
シンプルな筋書きの子供向け映画だ。分かりやすさを優先しており、奥深さや回りくどさはない。元気な少年が夢をかなえるまでのサクセスストーリーと成長ストーリーをストレートに描いている。
主人公ジグネーシュは、まずは学業成績でトップになり自転車を買ってもらおうとし、努力する。そして一度は自転車を手にする。もちろん有頂天になるが、意中の女の子クシュブーが貧困のため勉強を続けられなくなっいることを知る。さらに、自転車を買うために姉のジャーンキーが苦労しなければならなくなっていた。そもそもジグネーシュが自転車を欲しがっていたのは、クシュブーを後ろに乗せて登校したかったからだった。姉が大学で一生懸命勉強していることも知っていた。熟慮した結果、ジグネーシュは自転車を売り払って得たお金をクシュブーや姉のために使う。夢を追うのは重要だが、他人を押しのけてまで実現すべきものではない。自己犠牲の尊さをジグネーシュは学ぶ。
元気いっぱいの子供たちが走りまわるような映画で躍動感があり、ついつい微笑んでしまうシーンも多い。主演アーユシュ・マヘーシュ・ケーデーカルも「天才子役」と表現していいだろう。自身に満ちた素晴らしい演技であった。だが、映画全体からは素人臭さも感じずにはいられなかった。子供たちのセリフがやたら大人びていて非現実的だったし、シーンとシーンの接続性に難がある場面もあった。
特に違和感があったのは、主軸となる自転車のエピソードとは直接関係ないエピソードにかなりの時間が割かれていたことだ。ジグネーシュは友達と一緒に、村人たちの願い事をかなえる秘密のプロジェクトを実行していた。アルコール中毒の男性に禁酒させたり、老いた父親を老人ホームに送ろうとする男性を戒めたりしていた。これはこれで面白かったのだが、ストーリーが分裂してしまっていた。むしろ、ふたつの脚本をひとつにまとめたのがこの「Ek Tha Hero」だったのかもしれない。
その本筋とはあまり関係ないエピソードには、社会問題の解決を目的とした教条的・啓蒙的な要素が詰め込まれていた。禁酒や親孝行もそうなのだが、もっともメッセージ性を感じたのは女児堕胎に関する下りである。妊婦が義母から違法な性別検査を受けさせられ、胎児が女児であることが分かると堕胎を求められていた。ジグネーシュは姉の協力を得て村人たちに女児堕胎の撲滅を訴え、義母も改心する。教育のためにわざわざこのようなシーンを盛り込んだのだろうが、唐突に感じてしまう。
映画の中には過去のヒンディー語映画のパロディーがちりばめられていた。不朽の名作「Sholay」(1975年)から始まり、「Wanted」(2009年)、「Dabangg」(2010年)、「Singham」(2011年)など近年のヒット作まで、さまざまな形でさまざまな映画のパロディーがされており、ヒンディー語映画ファンはうれしくなってしまう。「Ek Tha Hero」という題名自体も「Ek Tha Tiger」(2012年)のパロディーであろう。
一応ヒンディー語映画ではあるが、グジャラート州の村という設定のようで、セリフや歌詞には時々グジャラーティー語が混じる。背景に海が出て来るため、グジャラート州の海沿いの村でロケが行われたと思われる。ドワールカーあたりであろう。
「Ek Tha Hero」は、自転車を切望する少年を主人公にして、自己犠牲や思いやり、そしてやり遂げる力などの大切さを教訓として教えようとするとても教育的な子供向け映画だ。主演アーユシュ・マヘーシュ・ケーデーカルがまだ幼いながらも映画の全てを背負って自信満々の演技をしており、最後には予定調和なのにもかかわらずホロリとしてしまう。深みはないが、心が温かくなる作品だ。
