Kandukondain Kandukondain (Tamil)

4.5
Kandukondain Kandukondain
「Kandukondain Kandukondain」

 2000年5月5日公開のタミル語映画「Kandukondain Kandukondain」は、英作家ジェーン・オースティン(1775-1817年)の小説「分別と多感」(1811年)を翻案したロマンス映画である。2026年5月31日に「みつけた、みつけた 分別と多感」の邦題と日本語字幕と共に日本で公開され、初日にこの作品を鑑賞することができた。邦題の前半部分「みつけた、みつけた」はタミル語原題の意味そのままである。

 監督はラージーヴ・メーナン。彼は後に「Sarvam Thaala Mayam」(2019年/邦題:響け!情熱のムリダンガム)を監督することになる人物である。同作品の配給権を購入し日本各地で上映を行ってきた「異色の映画配給業者」インド料理店なんどりの稲垣夫妻が、その第2弾として、過去にさかのぼって「Kandukondain Kandukondain」の配給権を獲得し、日本の映画館での上映を開始した。

 「Kandukondain Kandukondain」には2026年の視点から見ると驚くほど豪華なメンバーが参加している。まず、音楽監督はARレヘマーンである。2000年頃には既にレヘマーンは引く手あまたの売れっ子音楽家であった。

 キャストについては、まず主演格の男優として、マラヤーラム語映画界のスーパースター、マンムーティと、当時タミル語映画界の新星であったアジト・クマールの2人が起用されている。女優陣に目を向けると、ヒンディー語映画界で人気のタブーとアイシュワリヤー・ラーイが姉妹役で共演している。この4人が一本の映画でスクリーンを共有しているのは奇跡である。

 さらに、モデルから俳優に転向したばかりのディノ・モレアが端役で特別出演しているのを見逃さなかった。「Raaz」(2002年)を機にヒンディー語映画界でブレイクしたディノが、それよりも前にタミル語映画に顔を出していたのは驚きだった。アイシュワリヤーが1994年のミス・インディアかつミス・ワールドであることは有名だが、その前年にミス・インディアの栄冠に輝き、女優に転向していたプージャー・バトラーも特別出演している。つまり、この映画にはミス・インディア出身女優が2人も出演している。この点も豪華だ。

 また、劇中には古典声楽家およびプレイバックシンガーのカリヤーニー・メーナンも特別出演し、アイシュワリヤー演じるミーナークシーに古典声楽を教えている。彼女はラージーヴ・メーナン監督の母親である。メーナン監督の音楽センスは母親から受け継がれたのだと予想される。

 他に、アッバース、ウンニクリシュナン・ナンブーティリ、マニヴァンナン、シュリーヴィディヤー、ラグヴァラン、ニラルガル・ラヴィ、アニター・ラトナム、SNラクシュミーなどが出演している。

 チャンドラシェーカラ(ウンニクリシュナン・ナンブーティリ)はプーングディ村の大地主であり、大邸宅に住み、慈善事業として学校などを経営していたが、長らく病床にあった。息子のシヴァグナナム(マニヴァンナン)は米国に渡ったきり10年間帰って来なかった。彼の娘パドマー(シュリーヴィディヤー)は駆け落ちし勘当されていたが、父が危篤になってからは帰郷して看病していた。

 パドマーにはソウミヤー(タブー)とミーナークシー(アイシュワリヤー・ラーイ)という2人の娘がいた。ソウミヤーは祖父の経営する学校の校長をしていたが、マーングリクであり、なかなか結婚相手が見つからなかった。ミーナークシーは白馬の王子様が現れ別世界に連れて行ってくれることを夢見る乙女だった。

 あるとき監督志望の若者マノーハル(アジト・クマール)がロケ地の交渉のためにチャンドラシェーカラの邸宅を訪れる。ソウミヤーは彼をお見合いの相手だと勘違いし歓待する。そして「結婚する」と言ってしまう。すぐに人違いだと分かるが、これをきっかけにマノーハルとソウミヤーの交流が始まり、いつしか恋仲になる。マノーハルは、監督デビュー作が完成したら彼女にプロポーズしに来ると約束しチェンナイへ去って行く。

 平和維持軍(PKF)として派遣されたスリランカで片足を失った退役軍人バーラー少佐(マンムーティ)は、プーングディ村で飲んだくれながら花屋を営んでいた。バーラー少佐は祭礼でミーナークシーと出会い恋に落ちるが、年齢差があるために彼女との結婚はあきらめていた。ミーナークシーは、キャンペーンでプーングディ村を訪れていた民間銀行の経営者シュリーカーント(アッバース)を運命の人だと見定める。シュリーカーントもミーナークシーを見染める。

 とうとうチャンドラシェーカラが死去した。葬儀には米国からシヴァグナナムとその妻ラリター(アニター・ラトナム)もやって来る。遺書には、全財産をシヴァグナナムに渡すと書かれていた。強欲なラリターはパドマー、ソウミヤー、ミーナークシーを追い出す。三人は忠実なメイド、チンナター(SNラクシュミー)と共に住み慣れた邸宅を捨てチェンナイに向かう。

 チェンナイで彼らは借家に住み、ソウミヤーはIT企業で受付嬢として働き出す。バーラー少佐は落ちぶれた彼女たちを見かねて助け船を出す。歌の才能があったミーナークシーは、バーラー少佐の紹介により古典芸能学校で教え始める。彼女は才能を開花させ、プレイバックシンガーとしてデビューする。ソウミヤーも上司からPCのスキルを認められ、プログラマーとして採用される。安定収入ができたことで、彼らはチェンナイに家を買う。

 ところで、シュリーカーントの銀行は放漫経営が災いし、経営破綻に陥っていた。それでもミーナークシーのシュリーカーントに対する想いは変わらなかったが、シュリーカーントは銀行を建て直すために大臣から巨額の資金援助を受けた見返りに大臣の娘と結婚することになってしまった。失恋したミーナークシーであったが、マンホールに落ちる事故などを経て、常に彼女を支えてくれるバーラー少佐の存在に気づき、彼こそが運命の人だと考えるようになる。バーラー少佐はミーナークシーに、後輩の軍人ヴィノード(ディノ・モレア)を紹介するが、ミーナークシーはバーラー少佐と結婚したいと言い出す。バーラー少佐はミーナークシーとの結婚を決める。

 マノーハルは、アクション女優ナンディニー・ヴァルマー(プージャー・バトラー)を主演に起用して監督デビュー作となるアクション映画の撮影に取りかかっていた。メディアはマノーハル監督とナンディニーがただならぬ関係にあるのではないかとゴシップを報道し、それを知ったソウミヤーはショックを受ける。彼女が決めた題名を変更したことも彼女にとっては耐えがたい屈辱だった。映画が完成し公開されると、大ヒットになる。マノーハルはソウミヤーを訪ねるが、ソウミヤーは彼と会うことを拒否する。だが、最終的にはソウミヤーもマノーハルのプロポーズを受け入れる。

 こうしてマノーハルとソウミヤー、バーラー少佐とミーナークシーの結婚が同時に行われた。

 インド映画の文脈でジェーン・オースティンの小説の映画化というと、英国映画「Bride and Prejudice」(2004年)および「Balle Balle! Amritsar to L.A.」が有名である。これらは同一作品の英語版およびヒンディー語版であり、オースティンの「高慢と偏見」(1813年)を原作としている。監督はインド系英国人グリンダル・チャッダーで、アイシュワリヤー・ラーイを主演にするなど、英国映画とはいえどもインド映画色が濃厚で、立場によってはインド映画に分類することも可能である。もちろん、インドでも公開され話題になった。当時、ヒンディー語映画は世界中で人気を集めており、このような国際プロジェクトが盛んに企画されていたのである。

 18世紀末から19世紀初めにかけて生きたオースティンは、同時代の英国の中流社会を舞台にし、結婚を中心的な話題にしながら、女性の私生活を巧みに描き人気を博した。オースティンが生きた頃の英国人女性が置かれていた状況は、現代のインド人女性が置かれている状況と不思議なほど一致しており、彼女の小説をインド映画化するとピッタリはまることは、「Bride and Prejudice」からも感じられた。それよりも前にタミル語映画界でオースティンの作品を原作として「Kandukondain Kandukondain」のような正真正銘のインド映画が作られていたのは新鮮な驚きだった。

 とはいっても「Bride and Prejudice」は残念ながら失敗作だった。それはオースティンの原作が悪かったというよりも、インド系英国人監督が無理してインド映画っぽい娯楽作を作ろうとしたからだった。インド系だからインド映画をうまく作れるとは限らない。その点、「Kandukondain Kandukondain」は、オースティンが作り上げた英国の物語を上手に換骨奪胎してインドの物語に変換し、そこにインド映画の優れたエッセンスを注入できていた。

 基本はロマンス映画であるので、ソウミヤーとミーナークシーという姉妹がそれぞれ結婚相手を選ぶまでを描く過程が物語の軸になっている。二人は姉妹といってもだいぶ性格が異なるキャラとして設定されている。

 タブー演じる長女のソウミヤーは、ファミリービジネスとはいえ、学校の校長職にあり、「働く女性」および「管理職の女性」を体現している。また、学位や資格はなかったもののPCに詳しく、時代の変化に対応できていた。いわば彼女は、女性が社会に積極的に出て男性と肩を並べて働く新時代の象徴である。一方で、彼女はマーングリクという古い因習に囚われており、自分の関わった男性に不幸をもたらす「下げマン」だと信じ込んでしまっている。アレンジド・マリッジも自然に受け入れており、この点では保守的な女性に感じる。つまり、ソウミヤーは新しい女性像と古い女性像の両方を併せ持った存在だ。

 アイシュワリヤー・ラーイ演じる次女のミーナークシーは、文学好きで古典芸能の素養があり、その点では伝統的な「良家のお嬢様」像を体現している。だが、結婚観は姉と正反対で、恋愛結婚を強く望んでいた。いわゆる「白馬の王子様」思想を持っていたのは保守的な女性の特徴に感じるかもしれないが、それを実現させようと実際に動き出すところに新時代の女性の息吹を感じる。

 つまり、「Kandukondain Kandukondain」は、新時代の価値観と伝統的な因習が葛藤を抱えながら内在化している正反対の性格の姉妹が、それぞれピッタリの相手を見つけるまでを描いていると分析できるだろう。

 ソウミヤーの恋愛・結婚対象になったのは、映画監督の卵マノーハルであった。ロケハンのためにたまたま訪れたプーングディ村でソウミヤーを見初め、ソウミヤーも彼のアプローチを好意的に受け止める。マノーハルは、監督デビューを果たしたら彼女にプロポーズすると約束し去って行き、ソウミヤーは彼の再訪を心待ちにしながら彼の近況に関心を寄せる。ソウミヤーのとって何よりうれしかったのは、マノーハルが彼女の「下げマン」属性を信じていなかったことだ。マノーハルは監督デビュー作の題名を彼女の選択に委ねることもした。だが、プロデューサーとのトラブルによりマノーハルは監督を降板してしまう。ソウミヤーの心には嫌な予感が去来する。その後、マノーハルはアクション女優ナンディニーを起用して再び監督デビューを目指すが、その題名はソウミヤーの選択したものとは変わっていた。マノーハルとナンディニーの熱愛報道もあったが、それよりも彼女の心を傷付けたのは、マノーハルの監督デビュー作からソウミヤーの関与が全く消されてしまったことだった。マノーハルも結局は彼女が「下げマン」であると考えていたと受け止められた。一度はソウミヤーはマノーハルのプロポーズを拒絶するが、すぐに考え直し、彼との結婚を決める。ソウミヤーとマノーハルのエピソードでは、コンプレックスを抱えた女性の心理が巧みに描写されていた。

 ミーナークシーのエピソードでは、女性にとって「運命の人」をどのように見定めたらいいのかという命題について考察が巡らされていたといえる。ミーナークシーがまず心を奪われたのは実業家のシュリーカーントだった。若き経営者であるため経済力があり、詩もたしなんでいてミーナークシーの趣向とも合っていた。川に浮かびながらタミル語詩人スブラマニヤ・バーラティの詩を歌うシュリーカーントの姿にミーナークシーはメロメロになってしまう。だが、シュリーカーントの経営する銀行は無茶なキャンペーンが祟って財政破綻寸前となる。ミーナークシーはあまり彼の仕事について関知しておらず、彼の財政状況がどれほど悪化しても彼への愛情を貫いていたようだった。だが、シュリーカーントは財政的危機から銀行を救うために大臣の娘と結婚して資金援助を引き出す。シュリーカーントがどれほど本心でミーナークシーを愛していたのかは分からない。だが、シュリーカーントが詩の作者についてミーナークシーと口論する場面があり、そこから女性蔑視的な性格を感じた。おそらくミーナークシーはシュリーカーントと結婚しても幸せになれなかっただろう。劇中にはシュリーカーントとミーナークシーが愛をささやき合うソングシーンが用意されていたが、大半の観客は「この男にだまされるな」と内心モヤモヤしていたに違いない。

 ミーナークシーが最終的に選んだのは、退役軍人のバーラー少佐だった。バーラー少佐はスリランカでの軍事作戦中に片足を失い、退役してからは庭園で花を育て売っていた。命を賭けて戦ったにもかかわらず国家や国民から無視されたことに心を痛め、アルコール中毒になってしまっていた。バーラー少佐には古典音楽の素養もあり、偶然見かけたミーナークシーの歌声に魅了され、彼女に才能を磨くように助言する。その代わり、彼は禁酒した。ミーナークシーへの恋情は持っていたが、年齢差がありすぎ、彼女と結婚することは考えていなかった。だが、その後はミーナークシーとその家族を誠心誠意支え続けた。シュリーカーントの結婚を知り失恋したミーナークシーは、どんなときでもバーラー少佐がそばにいてくれたことに気付き、彼との結婚を決める。そのときまでにミーナークシーは歌手としても成功していたが、そのきっかけを作ってくれたのもバーラー少佐だった。確かにバーラー少佐には片足がなかったかもしれない。だが、自立し、他者を支え、そして成長を促してくれる度量があった。女性が結婚相手を選ぶ際、外見には囚われず、その人と一緒にいて自身が自身でいられるか、成長できるかどうかを見極めるのが大切だということをミーナークシーのエピソードは教えてくれる。

 ソウミヤーとミーナークシーの恋愛・結婚の他に、「Kandukondain Kandukondain」で大きな転機になっていたのは、田舎から都会への転居だった。一家の主であり地元の名士でもあるチャンドラシェーカラが死去し、遺書に、米国在住の彼の息子に全遺産を相続させる旨が書かれていたことで、彼の娘であるパドマーとその娘ソウミヤーとミーナークシーは、住み慣れた邸宅を追われることになった。地元では名が知れていたために名誉の問題から地元に留まることができず、チェンナイへ出て借家に住み、名家の女性たちには釣り合わないような低賃金の仕事をして生計を立てることになる。

 マノーハルもバーラー少佐も、ソウミヤーやミーナークシーの財産目当てで言い寄っていたわけではなく、彼女たちの没落が恋愛や結婚に影響を与えることはなかった。逆に、そういう苦境を経てソウミヤーとミーナークシーは自分を取り戻し、人間としても成長する。安定した収入が得られるようになったことで彼女たちはチェンナイに家を購入するが、それは先祖代々の遺産がなくても身を立てることができたという自信の象徴だった。故郷の邸宅を相続したシヴァグナナムが不慮の事故で死亡し、再び所有権が彼女たちに巡ってきたが、もはや彼女たちにその邸宅は必要なかった。

 物語はバーラー少佐が片足を失う場面から始まる。バーラー少佐は、スリランカの内戦を調停するためにインド政府によって送り込まれた平和維持軍(PKF)の一員だった。当時のスリランカは、スリランカ軍とタミル人武装組織の間で内戦状態になっており、1987年から1990年までインドは軍事介入することになった。他国の内戦とはいえタミル人が関わっており、インドのタミル人も同胞意識を持っている。北インド人にとってはスリランカの内戦などは遠い場所での出来事で関心が薄いのだが、タミル語映画では「対岸の火事」以上の関心でもって語られる傾向にある。ソウミヤーやミーナークシーが相続争いによって住み慣れた邸宅を追い出されたプロットは、スリランカの内戦と重ね合わされているのかもしれない。

 撮影時、アイシュワリヤー・ラーイは20代半ばだったはずである。「Hum Dil De Chuke Sanam」(1999年/邦題:ミモラ 心のままに)や「Taal」(1999年)などの大ヒットを経て、既にトップ女優の地位に上り詰めていた。その割には、ダブルヒロイン映画の中での妹役であり、当時の彼女のステータスと釣り合っていないように感じた。だが、「Kandukondain Kandukondain」では最盛期の彼女の美しさやキュートさが存分に詰め込まれており、思わず見入ってしまう。時々見せる意地悪そうな顔もたまらない。

 アイシュワリヤーに比べたらタブーはコンプレックスを抱え影のある女性役を演じていた。序盤では校長ということもあって高飛車なところや素直でないところもあったが、戸惑いつつもマノーハルの愛を受け入れる姿をうまく描けていた。

 女性主体の映画であるため、マンムーティやアジト・クマールはどちらかといえば引き立て役だった。女性主人公たちの人生に時々現れて影響を与える男性たちを地味に演じていた。

 歌手の母親を持つだけあってラージーヴ・メーナン監督は歌と踊りの使い方がうまく、「Kandukondain Kandukondain」にはストーリーを盛り立てる挿入歌やダンスシーンが多かった。唯一、シュリーカーントとミーナークシーのダンスシーンだけはモヤモヤした気持ちを抱えていたため感情移入できなかったが、それ以外は美しい歌詞の曲ばかりだった。稲垣紀子訳、深尾淳一監修の日本語字幕も素晴らしかった。

 マノーハルが映画監督志望ということもあって、彼が成功を手にするまでの過程から映画業界の舞台裏を垣間見ることができる点は興味深い副産物である。タミル語映画に呼ばれてやって来た北インド人女性がタミル語の歌詞を口パクでも覚えることができず苦労する場面や、監督が主演女優に直接映画のアイデアをナレーションして出演を取り付ける過程、それに映画撮影初日のムフーラトの儀式や映画公開時の監督の緊張など、生々しい描写がいくつもあった。

 言語はタミル語だが、部分的にヒンディー語のセリフも聞こえてきた。マンムーティがケーララ州出身と思われる看護婦にマラヤーラム語で語りかけるファンサービスもあった。

 「Kandukondain Kandukondain」は、ジェーン・オースティンの「分別と多感」をインド映画化したタミル語映画だ。18世紀から19世紀の英国を舞台にした小説を現代インドに当てはめてうまく作ると驚くほどピッタリはまることを示す好例である。古風でシンプルだが、それゆえにストレートに心に響く傑作になっている。タミル語映画とはいっても、マラヤーラム語映画界のマンムーティや、ヒンディー語映画界のタブー、アイシュワリヤー・ラーイ、おまけにディノ・モレアなどが出演しており、汎インド映画的な豪華キャストの共演も大きな見どころだ。タミル語映画ファンのみならず、全てのインド映画ファンにおすすめしたい必見の映画である。