Raat Gayi, Baat Gayi?

3.0
Raat Gayi, Baat Gayi?
「Raat Gayi, Baat Gayi?」

 2009年12月31日公開の「Raat Gayi, Baat Gayi?」は、倦怠期の結婚生活に訪れた刺激的な一晩の出来事を巡る「羅生門」(1950年)型のラブコメ・ミステリー映画だ。題名の元になっている「रात गई, बात गईラート ガイー バート ガイー」はヒンディー語でよく使われる慣用句で、直訳すれば「夜が過ぎた、話は終わった」、もっとこなれた訳をすれば「過ぎたことは仕方がない」のような意味になる。題名にはクエスチョンマークが付いているので、多少含みを持たせた言い方になっている。

 プロデューサーはラジャト・カプールやプリーティーシュ・ナンディーなど。監督はサウラブ・シュクラー。本業は俳優だが、時々監督もしており、本作は彼にとって監督第3作となる。音楽はアンクル・ティワーリー。

 キャストは、ラジャト・カプール、ネーハー・ドゥーピヤー、ヴィナイ・パータク、ダリープ・ターヒル、イラーヴァティー・ハルシェー、アヌ・メーナン、ナヴニート・ニシャーン、ランヴィール・シャウリー、アーミル・バシール、マクランド・デーシュパーンデー、スディール・ミシュラー、ヴィヴェーク・ヴァースワーニー、ブリジェーンドラ・カラーなど。

 この映画公開時に筆者はインドに住んでいたが見逃していた。2026年3月21日に鑑賞してこのレビューを書いている。

 舞台はボンベイ。ある晩、作家ジャス・サクセーナー(ダリープ・ターヒル)とジョリー(ナヴニート・ニシャーン)夫妻の邸宅でパーティーが開かれた。広告代理店を経営するラーフル・カプール(ラジャト・カプール)は妻ミターリー(イラーヴァティー・ハルシェー)と娘コーマルと共に参加した。パーティーにはラーフルの親友アミト(ヴィナイ・パータク)と妻ナンディニー(アヌ・メーナン)、オーストラリア帰りのレストラン経営者ガガンディープ・スィン(ランヴィール・シャウリー)、画家パリートーシュ・プラサード(アーミル・バシール)、医者パートカル(ヴィヴェーク・ヴァースワーニー)なども参加していた。

 ラーフルは「ソフィア」と名乗るセクシーな女性(ネーハー・ドゥーピヤー)と親しくなり、彼女を個室に連れ込んで口説く。だが、その後の記憶がなく、翌朝目を覚ますと自宅のソファーで寝ていた。なぜか妻の機嫌が悪かった。ラーフルはアミトの家に行き、何があったか聞こうとするが、ナンディニーがパソコンにポルノ画像を見つけアミトを責めており、彼は離婚を突き付けられ追い出されてしまった。仕方なくラーフルとアミトはサクセーナーの家に行く。

 サクセーナーは既婚男性の不倫を戒め、ラーフルから昨晩何があったのかを聞き出そうとする。だが、ラーフルは肝心のところで記憶を失っていた。それでも、彼はソフィアの携帯電話の番号を思い出せた。ラーフルはソフィアに電話し、彼女の家に行って、昨晩の出来事を聞き出そうとする。

 ラーフルがソフィアと話していると呼び鈴が鳴った。ラーフルはクローゼットの中に隠れさせられた。来客したのはなんとサクセーナーだった。ソフィアはサクセーナーと付き合っていたのだった。ソフィアとサクセーナーが話しているときに再び呼び鈴が鳴った。サクセーナーも隠れさせられるが、クローゼットに入ってしまったため、ラーフルと鉢合わせになる。やって来たのはソフィアの父親(スディール・ミシュラー)だった。さらに、大家(ブリジェーンドラ・カラー)がやって来る。父親と大家が帰った後、ソフィアはラーフルに、昨晩二人の間には何もなかったと明かす。また、ラーフルはソフィアの本名がアルチャナーであることもしっかり思い出す。

 ラーフルは自宅に戻り、ミターリーに謝る。だが、ミターリーの方もラーフルに謝った。昨晩、ミターリーはプラサードと共にコーマルを連れて自宅に戻るはずだった。ミターリーとプラサードは大学時代の友人だった。自動車の中で二人はキスをしてしまい、ミターリーはコーマルを連れて自動車を降りた。朝からミターリーが不機嫌だったのは、罪悪感にさいなまれていたからだった。ラーフルはミターリーの謝罪を受け入れ、二人は仲直りする。

 プロデューサーのプリーティーシュ・ナンディーは、時代を半歩先に行くような「大人」向けの洗練された映画を製作し続けている。「Raat Gayi, Baat Gayi?」もまさにナンディーの持ち味が発揮された、都会向けのオシャレなラブコメ映画だ。しかも、不倫というドロドロしがちなテーマをマルチプレックス映画らしく上品に、かつウィットと共に仕上げており、知的な感興があって、後味が良い。彼のプロデュースした作品群はヒンディー語映画界において格別に目立つ存在ではないのだが、時代を少しだけ先に動かす役割を果たしていると評価できる。

 「Raat Gayi, Baat Gayi?」は、パーティーで酒を飲みすぎて酔っ払い、出会った美女と語らって口説こうとした既婚男性の「翌朝」を描いた物語である。口説き落とせそうになった辺りまでは覚えているのだが、その後のことがいまいち思い出せない。もしかしたらそのまま事を致してしまったかもしれない。だが、かなり酔っていたのでいざというときにできなかったかもしれない。全く覚えていないので推測するしかない。なぜか妻が不機嫌なのが気になる。そんな気持ちの悪い「翌朝」の気持ちと、それに突き動かされた行動でもって1時間44分の上映時間を持たせている。

 物語が進行するにつれて、昨晩の出来事が断片的に明らかになってくる。だが、あくまで記憶であるし、他人の証言でもあるので、それが真実なのかははっきりしない。現実、空想、妄想、嘘が入り交じる映像の断片的な提示は、黒澤明監督が「羅生門」で確立した手法の延長線上にある。

 主人公ラーフルはパーティー参加者に聴き取り調査をした後、思い切って当事者であるソフィアに電話をし、彼女に会いに行く。もしかして不倫したかもしれない相手に、事があった翌日に連絡し会いに行くという行動は、場合によっては悪手となるのだが、「Raat Gayi, Baat Gayi?」ではそれが功を奏したことになっていた。偉そうに既婚者の不倫を戒めていた作家サクセーナーが実はソフィア(本名はアルチャナー)の「パパ」だったことも発覚するというおまけ付きだった。

 全体的には、サクセーナーの講釈通り、既婚男性に一夜の冒険を戒める内容の映画だったといえる。

 最後には、不倫をしてしまったかもしれないことを悩んでいたラーフルの妻ミターリーが実は大学時代の元彼氏とキスをしてしまったというツイストもある。半ば予想できたツイストではあったが、自身にも落ち度があったラーフルは彼女の謝罪を快く受け入れる。ここでラーフルが自分を棚に上げて怒り出すという展開もありえたが、ナンディーの作品は基本的にフィールグッドな映画作りを心掛けていると見えて、後味良くまとめられていた。

 ラジャト・カプール、ヴィナイ・パータク、ランヴィール・シャウリーといった面々は、ヒングリッシュ映画やマルチプレックス映画の常連であり、都市在住の知的なアダルト向けのこの映画でもうまくはまっていた。ネーハー・ドゥーピヤーは、実力はありながらも、業界では「セックスシンボル」系女優として見なされており、本作での彼女の役柄もそれに近かった。だが、単なるセクシー要員ではなく、映画の質を左右する重要な役であり、それをしっかり演じられていた。そもそもネーハーくらいセクシーな女優でなければ、周囲の中年既婚男性がホイホイと寄って来るような流れを正当化できなかっただろう。ナイスキャスティングだった。

 ロック調の音楽を基調としたデザインもいかにもナンディー作品だ。新進気鋭のミュージシャン、アンクル・ティワーリーが作詞作曲を務めている。彼は映画の中でもカメオ出演している。

 「Raat Gayi, Baat Gayi?」は、2000年代に台頭したマルチプレックス映画の雰囲気をよく代表している都市在住のインテリ層向け「アダルト」映画だ。不倫をしたかもしれないと迷う既婚男性の心情をミクロな視点からウィットと共に描いており、「他人の不幸は蜜の味」的にニヤニヤしながら楽しく鑑賞することができる。不倫を扱いながら後味が良いのもポイントが高い。