日本では「Lion/ライオン 25年目のただいま」という邦題で劇場一般公開されているオーストラリア映画「Lion」。インドの貧しい家庭に生まれ、5歳の頃に生母と離れ離れになり、紆余曲折を経てオーストラリアで育てられたインド人男性が、Google Earthを駆使して故郷を見つけ出し、25年振りに生母と再会を果たすという物語である。実話に基づいており、その当人サルー・ブライアリーが著した伝記「A Long Way Home」(2013年)を原作としている。オーストラリア本国では2017年1月19日に公開され、日本では2017年4月7日に公開された。
監督のガース・デイヴィスはオーストラリア人である。だが、インドに始まりインドで終わるストーリーであるために、台詞の1/3の以上はインドの現地語で構成されている。また、インド人俳優もしくはインド系俳優が多数出演している。さらに、インドの専門家としての解説をする余地のある映画であるとも感じた。よって、ここで取り上げたい。
キャストは、デーヴ・パテール、ルーニー・マーラ、デヴィッド・ウェンハム、ニコール・キッドマン、サニー・パーワル(子役)、プリヤンカー・ボース、ディープティー・ナヴァル、タニシュター・チャタルジー、ナワーズッディーン・スィッディーキーなど。
「Lion」の公開年は2016年となっている。ユナイテッド・シネマ豊橋18で鑑賞した。
1986年、マディヤ・プラデーシュ州カンドワー。5歳のサルー(サニー・スィン)は深夜の駅で兄のグッドゥーを待っている間に間違った列車の中に入って眠ってしまい、カルカッタまで運ばれてしまう。そこでインド助成養子縁組協会(ISSA)のサロージ・スード(ディープティー・ナヴァル)の支援を受け、オーストラリア人夫妻スー(ニコール・キッドマン)とジョン(デヴィッド・ウェンハム)の養子となる。 タスマニア島に住むブライアリー夫妻の下で新たな生活を始めたサルーは幸せに育つ。サルーの養子縁組から1年後、新たにインド人の少年マントーシュが養子縁組されて来る。マントーシュは精神的に不安定な子だったが、スーは彼にも愛情を注いで育てた。 好青年に成長したサルー(デーヴ・パテール)はメルボルンの大学に進学し、そこでルーシー(ルーニー・マーラ)などの友人を作る。中にはインド人留学生もいた。彼らは、サルーの身の上を知ると、故郷を見つけるために色々アドバイスをする。サルーは記憶を頼りにGoogle Earthを使って故郷を探し出す。だが、その行為は育ての親であるスーとジョンに対する裏切りだという後ろめたい気持ちもあった。 ある日、サルーはとうとう自分の故郷を探り当てる。それはガネーシュタライーという村だった。サルーは現地に飛び、生母カムラー(プリヤンカー・ボース)と再会を果たす。兄のグッドゥーは、サルーが迷子になったその日に列車にはねられて死んでいたことが分かるが、25年前に赤ん坊だった妹は無事に育っており、再会を果たす。
まず、題名「Lion」についてだが、なぜその題名になったかについては映画の最後でやっと明かされる。主人公は自分の名前を「サルー」と名乗っていたが、実は「シェールー(ライオンの意)」であった。まだ言葉足らずな5歳の年齢で迷子となったために自分の名前すら正確に言えなかったのである。「Lion」という題名は、そのあどけなさを示すと共に、親から離れて25年間生き抜いた主人公の勇気を暗に称える意味も含まれているだろう。
しかも調べてみると主人公のフルネームはシェールー・ムンシー・カーンであった。劇中ではほとんど触れられていなかったが、イスラーム教徒であった。確かに故郷の家にいるシーンでアザーン(礼拝を呼び掛ける声)が聞こえてきていたが、それだけで主人公がイスラーム教徒であると断定することはできない。むしろ、カルカッタではヒンドゥー教の神様に手を合わせてお供え物を失敬していたため、てっきり順当にヒンドゥー教徒であろうという想定の下で鑑賞していた。もしインド人監督だったら、この部分をもっと強調して描写したであろうが、監督がオーストラリア人ということもあってか、宗教色に全くこだわりを見せていなかった。
この映画が非常にインドらしいのは、まずは生き別れになった親子が再会する物語ということだ。これはインド映画の黄金パターンであり、分かっていても再会シーンではついつい感動してしまう。だが、その再会のきっかけを作ったのがGoogle Earthだったという点も、いかにもインドらしい。インド人はこの種の最新テクノロジーが大好きなので、さもありなん、と言った感じだ。調べてみたらGoogle MapやGoogle Earthは2005年頃からサービスを開始している。登場した当初は確かにインドでも大きな話題になっていたのを思い出す。サルーがGoogle Earthを使って故郷を探すことを思い立ったのが2008年とされていた。実話だけあって、その辺りの時代考証は完璧だ。また、サルーが列車に乗っていた時間に、列車の速度をかけて、カルカッタから逆算して故郷の位置をはじき出すという計算も、数学好きなインド人らしい発想であった。
また、サルーが生まれ育ったガネーシュタライーは実在の村のようで、Google Mapなどで検索してみるとヒットする。最寄りの町であるカンドワーも実在する。サルーが行方不明になった、給水塔のある駅は特定できなかった。カルカッタでサルーが見た大きな橋は、1943年に完成したカルカッタのシンボル、ハーウラー橋である。
サルーと兄のグッドゥーは石炭泥棒をして小銭、というかミルクを稼いでいた。心なしか最近、石炭泥棒シーンのある映画をよく見る気がする。例えば日本で劇場一般公開されたヒンディー語映画「Bhaag Milkha Bhaag」(2013年)でも貨物列車から石炭を奪うシーンがあった。インドでそういう現場を目撃したことはないし、新聞でも石炭泥棒が捕まったというニュースを目にしたことはないのだが、かつてはそういう軽犯罪が横行していたのであろうか。
カルカッタに流れ着いたサルーが最初に出会ったのは、ヌール(タニシュター・チャタルジー)という女性と、その恋人(?)ラーム(ナワーズッディーン・スィッディーキー)である。この2人が一体何者だったのかについては映画ではよく触れられていない。サルーは危険を察知して逃げ出した訳だが、その判断は大方間違っていなかった。おそらくラームは人身売買か何かに手を染めており、サルーを売り飛ばそうとしていたと思われる。
サルーは最終的には、恵まれない子供の養子縁組を斡旋するNGO、ISSA(The Indian Society for Sponsorship and Adoption)のサロージ・スードの助けを得て、オーストラリア人夫妻の養子となる。ISSAもサロージ・スードも実在しており、エンドクレジットではスペシャルサンクスの対象となっていた。
舞台はマディヤ・プラデーシュ州→カルカッタ→オーストラリア→マディヤ・プラデーシュ州と移動し、それに伴って台詞の言語もヒンディー語→ベンガリー語→英語と変化する。ヒンディー語のシーンでは妥協のないヒンディー語が使われており、好感が持てた。
「Lion」は、オーストラリア人監督によるオーストラリア映画ではあるが、舞台の大部分はインドであり、台詞にもヒンディー語やベンガリー語が多用されている。インド人監督が撮ったら、もう少し別のテーマも含まれたように思うが、ユニバーサルなアピールのある映画となるためには、このくらいの味付けの方が良かったかもしれない。2017年のアカデミー賞で6部門にノミネートされるという快挙も成し遂げている。ストーリーはそれほど複雑でなく、感動も期待の範囲内ではあるが、誰にでも勧められる良作だ。