かつてアミターブ・バッチャン主演の大ヒット映画「Muqaddar Ka Sikandar(運命の王者)」(1978年)があったが、それとよく似た題名の映画が「Sikandar Ka Muqaddar(王者の運命)」である。2024年11月29日からNetflixで配信開始された。ダイヤモンド盗難を巡る、手に汗握るスリラー映画だ。日本語字幕付きであり、邦題は「宿命に抗いし者」になっている。
監督は「Special 26」(2013年)などのニーラジ・パーンデーイ。主演はジミー・シェールギルとアヴィナーシュ・ティワーリー。ヒロインはタマンナー・バーティヤー。他に、ディヴィヤー・ダッター、ラージーヴ・メヘター、リディマー・パンディト、ゾーヤー・アフローズなどが出演している。
題名の「Sikandar」とは「スィカンダル」と読む。これは元々アレクサンダー大王のことだが、そこから転じて「勝者」「王者」などの意味を持つ。主人公の名前もスィカンダルである。
2009年、ムンバイー。アジア最大のダイヤモンド展示会DFFIに4人組の強盗が押し入ったが、警察により全員射殺された。だが、展示場から5-60億ルピー相当のレッドダイヤモンドがなくなっていた。捜査を担当したジャスウィンダル・スィン(ジミー・シェールギル)は検挙率100%の凄腕警官であり、直感により3人を容疑者として逮捕した。レッドダイヤモンドが盗まれたブースで店員をしていたマンゲーシュ・デーサーイー(ラージーヴ・メヘター)とカーミニー・スィン(タマンナー・バーティヤー)、それにITエンジニアのスィカンダル・シャルマー(アヴィナーシュ・ティワーリー)であった。彼らは混乱時にレッドダイヤモンドのすぐ近くにいたからだ。特にジャスウィンダルはスィカンダルを疑った。スィカンダルは拷問を受けたが否定を続けた。弁護士の活躍もあって、3人は保釈された。だが、裁判は続いた。
スィカンダルは病気の母親と一緒に暮らしていた。近所に住むプリヤー・サーワント(リディマー・パンディト)と仲が良かったが、別の男性との結婚が決まった。スィカンダルは裁判の過程でカーミニーと会うようになる。カーミニーは夫に逃げられたシングルマザーだった。スィカンダルはカーミニーに惹かれるようになる。母親が死に、今まで住んでいた部屋を追い出されるという不幸はあったものの、スィカンダルはカーミニーと一緒に暮らし始め、やがて結婚する。そして二人は、カーミニーの子供と妹を連れてアーグラーへ移り、スィカンダルはそこでガラス工場のマネージャーに就く。裁判でもようやく無罪の判決が出た。
ところがカーミニーが病気で倒れ入院し、大家から家を追い出されてしまった。しかも暴徒に金を奪われてしまった。絶望したスィカンダルは自殺を考えるものの思い直し、アブダビに出稼ぎに行ってカーミニーに仕送りをするようになる。
やがて15年が過ぎ、スィカンダルはムンバイーに戻ってきた。この間、ジャスウィンダルはずっとスィカンダルの動向を監視していた。ジャスウィンダルは警察をクビになり、妻のカウシャリヤー(ディヴィヤー・ダッター)との離婚も成立した。スィカンダルはジャスウィンダルに会いに行く。そこで彼の口から謝罪を受けると同時に、実はカーミニーもジャスウィンダルに操られていたことが分かる。しかも、カーミニーはレッドダイヤモンドではないが、15年前の展示会で小さなダイヤモンドを盗んでいたことも知る。スィカンダルはカーミニーに会いに行き、彼女に離婚を切り出す。
その後、スィカンダルはムンバイーを離れ、僻地で花き栽培をしていたプリヤーと再会する。実はスィカンダルは15年前にレッドダイヤモンドを本当に盗んでおり、プリヤーに託していた。プリヤーからレッドダイヤモンドを受け取ったスィカンダルは意気揚々と帰ろうとするが、そこへジャスウィンダルが現れる。ジャスウィンダルはまだ諦めていなかったのである。レッドダイヤモンドはジャスウィンダルに奪われ、スィカンダルは捕まってしまう。だが、スィカンダルはジャスウィンダルにとあるオファーをする。
物語は2009年と2024年の間を行ったり来たりする。発端は2009年に発生したレッドダイヤモンド盗難事件である。この事件の容疑者としてスィカンダル、カーミニー、マンゲーシュの3人が逮捕されるが、その根拠は担当警察官の「直感」であった。「疑わしきは罰せず」という言葉があるが、それとは真逆で、証拠もなく「直感」により無実の人が容疑者に祭り上げられ、拷問で自白を強要され、しかも判決が出ていないのに世間から犯人同然に扱われるインド社会の怖さを問題視した作品のように見えた。
しかしながら、スリラー映画らしく、大きなツイストがいくつか用意されていた。スィカンダルは容疑者になったことで人生を狂わされたが、そのおかげでカーミニーと出会って結婚し、アーグラーで職を見つけた後にアブダビに渡って一財を築いた。「塞翁が馬」という慣用句があるが、正にスィカンダルは不幸のおかげでより大きな成功を手にすることができた。その一方で、スィカンダルを執拗に犯人だと決め付けていたジャスウィンダルは15年後に不幸になっていた。全てを失ったジャスウィンダルはスィカンダルに謝る。人生、何が幸せのきっかけになるか分からないという人生の妙味みたいなものを訴える作品のようにも見えた。
だが、ツイストはそれだけでは終わらなかった。レッドダイヤモンド盗難事件後、スィカンダルは直面した数々の不幸の多くは、ジャスウィンダルが仕組んでいたことだったと分かる。最大の不幸はカーミニーがジャスウィンダルと通じていたと知ってしまったことだ。スィカンダルにとって、カーミニーとの出会いは唯一、不幸中の幸いと呼べるものだった。だが、それすらもジャスウィンダルによって仕組まれたものだったのである。さらに、カーミニーが15年前に展示会で小粒のダイヤモンドを盗んでいたことも知ってしまう。スィカンダルは過去15年間、伴侶として彼女たちを支えてきたが、全てを知った後、何の未練もなく彼女を切り捨てる。
観客はスィカンダルに同情するが、それだけでは終わらなかった。スィカンダルがムンバイーを離れ、田舎道を移動し、幼馴染みのプリヤーに会いに行くシーンが続く。そして彼は彼女からレッドダイヤモンドを受け取る。やはりジャスウィンダルの「直感」の通り、スィカンダルがレッドダイヤモンドを盗んでいたのだった。看護婦のプリヤーを使って盗んだダイヤモンドを会場の外に送り出していた。だから警察に逮捕された後も、どこからもダイヤモンドは見つからなかった。15年間、スィカンダルはダイヤモンドをプリヤーに託し続け、ジャスウィンダルの目を欺き続け、さらにはカーミニーにも真実を明かさなかった。結局、スィカンダルもカーミニーを全面的に信用していたわけではなかったのである。
スィカンダルはレッドダイヤモンドを持ってチューリッヒに向かい、アブダビで出会ったタバッスムと暮らそうとしていた。酷い警官に目を付けられたばかりにトラブルに巻き込まれた被害者だと思われていたスィカンダルは、実はもっとも狡猾な人間だったのである。
「一番怪しくない人間が真犯人」というスリラー映画の決まり事を忘れていなければ、最後のどんでん返しも十分に予想が付くものではあった。それでも、意表を突く展開が繰り返され、スリラー映画にもっとも期待されているスリルは味わえた。最後だけ尻切れトンボで終わってしまっていたのが残念だった。続編を匂わせているのかもしれないが、どちらかといえばエンディングを考えるのが面倒になって煙に巻いてしまったように感じた。
ジミー・シェールギル、アヴィナーシュ・ティワーリー、タマンナー・バーティヤーの3人がそれぞれ素晴らしい演技を見せていた。ジミーの渋い演技は改めて賞賛するまでもない。アヴィナーシュは「Laila Majnu」(2018年)や「Madgaon Express」(2024年)などに出演していた俳優で、現在キャリアアップ中だ。「Sikandar Ka Muqaddar」の演技は彼の評価をさらに高めるだろう。ピンポイントの演技で印象に残ったのが、タマンナー演じるカーミニーがアブダビから戻ってきたスィカンダルに15年前のことを咎められたときに見せた表情だ。今までひた隠しにしてきたことが夫に知れてしまい、それを知ったときのショックをこれ以上ないほど絶妙な演技で表現していた。タマンナーを起用したかいがあったというものだ。
「Sikandar Ka Muqaddar」は、スリラー映画に定評のあるニーラジ・パーンデーイ監督の最新作。容疑者の有罪立証に執着し身を滅ぼした警官と、その警官に人生を台無しにされながらも重大な秘密を抱えていた容疑者の対決をスリリングに描いている。個人的には終わり方がスッキリしなかったが、グイグイと引き込まれ小気味よく裏切られる作品になっている。