サティーシュ・カウシク監督、パンカジ・トリパーティー主演の「Kaagaz」(2021年)は、役所の書類上で誤って「故人」とされてしまった主人公が自分の「生存」を取り戻すために奮闘するという秀逸なブラックコメディー映画だった。新型コロナウイルス感染拡大によるロックダウンの真っ最中だったためOTTリリースとなったが、低予算映画ににわかに注目が集まった時代を代表する傑作の一本として記憶されている。
2024年3月1日公開の「Kaagaz 2」は、題名上では「Kaagaz」の続編扱いにはなっているものの、前作とのつながりはない。監督はVKプラカーシュにバトンタッチしている。VKプラカーシュ監督は基本的にマラヤーラム語映画監督であるが、時々「Freaky Chakra」(2003年)などのヒンディー語映画も撮っている。実はこの「Kaagaz 2」は、VKプラカーシュ自身が撮ったマラヤーラム語映画「Nirnnayakam」(2015年)のリメイクである。実話にもとづく映画とされるが、実際にどんな出来事があったのかは不明である。
キャストは、サティーシュ・カウシク、アヌパム・ケール、ニーナー・グプター、ダルシャン・クマール、スムリティ・カルラー、アナング・デーサーイー、キラン・クマール、アニルッド・ダーヴェー、アイシュワリヤー・オージャーなどである。また、カウシク監督自身が重要な役で出演している。
「Kaagaz」の監督で「Kaagaz 2」で演技をしたサティーシュ・カウシクは、2023年に亡くなっている。この「Kaagaz 2」は彼の遺作の一本になった。
ウダイ・ラージ・スィン(ダルシャン・クマール)はインド軍事アカデミー(IMA)に入学し陸軍士官を目指していたが、ある日、IMAを抜け出して恋人のタニシャー(スムリティ・カルラー)に会いに行っていたことがばれ、それがきっかけでIMAを辞めてしまう。ウダイはいったんノイダの実家に戻る。
ウダイの父親ラージ・ナーラーヤン・スィン(アヌパム・ケール)は彼が5歳の頃に家を出てしまい、以後、母親ラーディカー(ニーナー・グプター)によって育てられていた。だが、ラーディカーにはアビジートという新たなパートナーができ、ウダイにはそれが我慢ならなかった。ウダイは実家でしばらく過ごした後、疎遠になっていたラージのところへ行く。ラージは弁護士で、弟のナンダンとその妻リーラーと共にウッタル・プラデーシュ州のシートラープルに住んでいた。
ウダイはラージのことも嫌っていたため、父親とろくに会話をしようともしなかった。ナンダンからはラージが白血病を患っていることを聞く。その治療のために骨髄移植が必要だった。ウダイは、骨髄のドナーとして自分が呼ばれたのだと早とちりし、ラージの家も出ようとする。だが、ラージの顧客スシール・ラストーギー(サティーシュ・カウシク)から、彼が現在命を賭けて戦っている裁判のことを聞かされる。
スシールの娘アーリヤー(アイシュワリヤー・オージャー)はUPSCに合格し国家公務員になることが決まっていた。ところが足を滑らせて頭を打ち、意識を失う。スシールはアーリヤーを病院に搬送しようとするが、途中で地元政治家デーオ・ランジャンの政治パレードがあり、渋滞していたために手遅れになってしまった。スシールは政治的な目的のために道路を封鎖して渋滞を作り出すことは違法だとし、デーオ・ランジャンを訴えた。その訴訟の弁護士を務めていたのがラージであった。ところが、デーオ・ランジャンの息子アーシーシュ・デーオ・ランジャンとその仲間たちから嫌がらせを受けるようにもなっていた。
それを聞いたウダイは一転してラージを尊敬するようになる。そして、その裁判に協力するようになる。裁判の途中でラージは倒れてしまうが、ウダイは自分の骨髄を提供し、ラージの手術を成功させる。回復したラージは再び法廷に立ち、理論立てて違法な道路封鎖によってアーリヤーの命が失われたことを主張する。裁判長(キラン・クマール)はデーオ・ランジャンや行政に対して罰金や慰謝料の支払い及び改善命令を出す。
前作「Kaagaz」は、パンカジ・トリパーティーの独特のパーソナリティーのおかげか、それとも生きているのに死人扱いされてしまったという前代未聞のシチュエーションのおかげか、クスクス笑いながら観ることのできる映画だった。「Kaagaz 2」はその雰囲気をほとんど引き継いでいない。前作と本作で共通しているのは、「書類」を巡る攻防という点なだけであり、それ以外の共通点は見出せない。
映画は、主人公の一人ウダイが陸軍士官になるために厳しい訓練を受ける場面から始まり、前作の面影は全くない。違う映画が始まったのかと思ってしまったほどだ。しかし、程なくして物語は中心議題に着陸する。「Kaagaz 2」が主に取り上げていたのは、街中に渋滞を作り出すインド独特の慣習であった。
インドに住んでいると、日常的に道路封鎖を経験する。筆者は首都デリーに住んでいたので、特に多かったのがVIPの通行に伴う道路封鎖だ。VIP通行前後の5分は自動車などの走行が止められ、VIPの車列が通り過ぎるまで待たされることになる。そうでなくても、劇中で描かれているように、政治家が政治集会を開いたりするとパレードも伴うので、それが渋滞を巻き起こす。抗議デモが起こるとデモ行進も伴うので、これもまた道路の封鎖を引き起こす。さらに宗教的なお祭りでも何かと神輿を担いで道を練り歩くのが好きな人々なので、やはり道路が通行止めになる。本当にさまざまな人々が自分勝手な理由で簡単に道路を閉ざしてしまう。まるで自分の持ち物であるかのようだ。ただ、法律上は道路上で勝手にこのようなパレードをすることは禁止されている。
登場人物スシールの娘アーリヤーは、政治家デーオ・ランジャンの政治パレードが引き起こした交通渋滞によって病院搬送が間に合わず、命を落としてしまった。ウダイの父親で弁護士のラージが戦っていたのはデーオ・ランジャンであり、また、法律や規則を守らせようとしない行政であった。そして、憲法で保証された移動の自由や生きる権利を根拠として戦った。元々軍人志望だったウダイは、父親が戦っている大義は国境を守ることに劣らないと感じ、この戦いに身を投じることになる。
おそらくインドに住んだ経験があるならば、この道路封鎖問題に共感できるだろう。だが、逆にいえば、インドに行ったこともない人にはピンとこないかもしれない。それがそれほど大きな問題なのかと思うのではなかろうか。また、前作「Kaagaz」ほど面白おかしく作られていなかったこともあって、映画としての魅力は劣る。
俳優陣は文句ないメンバーを揃えている。アヌパム・ケール、サティーシュ・カウシク、ニーナー・グプターは既に確立された演技派俳優たちである。ダルシャン・クマールは「NH10」(2015年)や「The Kashmir Files」(2022年)に出演していた俳優だ。今回、ウダイ役を演じるには年齢が行き過ぎているように感じた。
「Kaagaz 2」は、題名から察するとOTT時代の傑作「Kaagaz」の続編のように見えるが、実際にはほとんどつながりのない作品である。道路を我が物顔で占拠し渋滞を引き起こして人々の移動の権利を奪うインドの習慣に待ったを掛けた作品だ。名優・名監督サティーシュ・カウシクの遺作でもある。ただ、前作ほどのグリップ力はないし、どうしても内向きな主題の映画である。期待して観るべきではない。