1995年1月13日公開の「Karan Arjun」は、ヒンドゥー教、仏教、ジャイナ教など、インド発祥の宗教が共通して拠り所とする死生観である輪廻転生をストーリーに組み込んだインド映画の代表だ。また、「Dilwale Dulhania Le Jayenge」(1995年)に次いで1995年で2番目にヒットした映画でもある。そして何より、「3カーン」の2人、サルマーン・カーンとシャールク・カーンがW主演しているのも注目される。
監督はラーケーシュ・ローシャン。音楽はラージェーシュ・ローシャン、作詞はインディーヴァル。サルマーン・カーンとシャールク・カーンが主演だが、この映画には冒頭にも最後にも俳優のクレジットがなく、どちらの名前が上に来るかは分からない。ヒロインはカージョルとマムター・クルカルニー。こちらもどちらがメインヒロインか微妙である。
他に、ラーキー、アムリーシュ・プリー、ジョニー・リーヴァル、ランジート、アースィフ・シェーク、アショーク・サラーフなどが出演している。また、イーラー・アルンが「Gup Chup」にダンサーとして出演している上に、サルマーン・カーンの父親サリーム・カーンもカメオ出演している。
2023年10月21日に改めて鑑賞し、このレビューを書いている。
舞台はマーラーケーラー村。カラン(サルマーン・カーン)とアルジュン(シャールク・カーン)は貧しいドゥルガー(ラーキー)の息子だった。実は二人の父親は地元を支配する封建領主タークルの息子だったが、家督を狙う従兄弟ドゥルジャン・スィン(アムリーシュ・プリー)の策略により追放され、彼らの父親も殺されていた。死の床に就いたタークルはドゥルガーを邸宅に呼び、カランとアルジュンを邸宅の主にしようとするが、そこに現れたドゥルジャンに止められる。タークルは殺され、カランとアルジュンもドゥルジャンの義弟であるシャムシェールとナハルに殺される。ドゥルガーはカーリー女神に祈り、カランとアルジュンを返すように頼む。そのとき、離れた場所で2人の赤子がこの世に生を受けた。 それから20年後。カランとそっくりのアジャイ(サルマーン・カーン)は飲んだくれの父親に育てられ、金を稼ぐためにストリートファイターをしていた。母親はアジャイを産んで死んでしまっていた。アジャイは武器商人ゴーヴィンド・サクセーナー(ランジート)に腕を認められ、彼の用心棒に取り立てられる。アジャイにはビンディヤー(マムター・クルカルニー)という恋人がいた。 一方、アルジュンと瓜二つのヴィジャイ(シャールク・カーン)は厩舎で育てられ、乗馬とパチンコに長けていた。乗馬を習いに来たソニア(カージョル)と恋に落ちるが、実は彼女はサクセーナーの娘だった。サクセーナーはドゥルジャンの親友であり、自分の娘をドゥルジャンの息子スーラジ(アースィフ・シェーク)と結婚させることを決めていた。サクセーナーとドゥルジャンは密輸した武器を国内のマフィアに売って大儲けをしていた。 ソニアがヴィジャイと恋仲にあることを知ったサクセーナーとスーラジはヴィジャイに刺客を送る。ヴィジャイは生き残り、スーラジとソニアの婚約式に乱入する。アジャイがヴィジャイと戦うが、アジャイはヴィジャイに何かを感じ、彼の脱走を助ける。ヴィジャイは逃亡に成功するが、アジャイは警察に逮捕されてしまう。 ソニアはドゥルジャンの邸宅に幽閉されてしまった。ヴィジャイはソニアを助けるためにマーラーケーラー村を訪れる。そこで彼はドゥルガーと出会い、自分の前世が彼女の息子アルジュンだったことを知らされる。もう一人の息子カランがアジャイだと知ったヴィジャイは、刑務所に移送中だったアジャイを助け出し、ドゥルガーのところへ連れて行く。ドゥルガーはドゥルジャンたちへの復讐を開始する。 まずアジャイとヴィジャイはシャムシェールとナハルを殺し、ドゥルジャンの武器密輸業に大損害を与える。サクセーナーはドゥルジャンの傲慢さに失望し、ソニアを助け出して逃げようとする。ところがこれはヴィジャイを誘い出す罠だった。ヴィジャイとソニアはドゥルジャンたちに取り囲まれるが、アジャイの手助けによって脱出に成功する。村人たちもドゥルガーに協力し、ドゥルジャンたちを攻撃する。ヴィジャイはスーラジを殺し、ドゥルジャンはサクセーナーを殺した上でソニアを人質にして逃げ出そうとするが、アジャイとヴィジャイに殺される。 ドゥルガーの前でアジャイはビンディヤーと、ヴィジャイはソニアと結婚する。
冒頭でナレーターによってこの映画の主題がはっきりと示される。曰く、この映画は「信念」の物語ということである。映画の中で強い信念を抱いていたのは、カランとアルジュンの母親ドゥルガーだ。村を支配する悪役ドゥルジャンとその義弟たちによってカランとアルジュンは無残に殺されてしまう。ドゥルガーはカーリー女神に祈り、カランとアルジュンを返して欲しいと訴える。カーリー女神はその願いを聞き入れ、カランとアルジュンを再びこの世に輪廻転生させるのである。また、20年後にカランとアルジュンが彼女のところにアジャイとヴィジャイとして戻ってくると、もうひとつの誓いであるドゥルジャンたちへの復讐を実行に移す。
ただ、映画にはもうひとつ重要なメッセージが込められていた。それは、ドゥルガーがカランとアルジュンに語った「憎しみ」についての教訓である。ドゥルガーは、父親がドゥルジャンによって殺されたと知って憤るカランとアルジュンに対し、「憎しみは人間を別の世界に連れて行ってしまう」と諭し、「愛の道」を歩むように言う。しかしながら、「Karan Arjun」は決して「愛の道」を行く物語ではない。母親の教えの直後、カランとアルジュンが殺されたことで、ドゥルガー自身が復讐の権化と化すのである。ラストでドゥルジャンの一味は全員惨殺される。「暗黒時代」と呼ばれた1980年代のヒンディー語映画の風潮を引きずっている。
今でこそ古典的名作として愛されている作品だが、冷静に鑑賞すると、作りの稚拙さがどうしても目に入ってくる。まずは美術が安っぽい。物語の重要な舞台となるカーリー女神寺院は、アムリーシュ・プリーが出演しながらもヒンドゥー教に対する誤った認識を広めた「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」(1984年)に出て来る魔宮の劣化コピーのようだ。バンジャーラー(流浪の大道芸人)たちがドゥルジャンたちの前で踊る「Gup Chup」の背景には砂漠が描かれているが、その絵は学芸会レベルである。
アクション映画にもかかわらず、アクションシーンも手抜きだ。ストリートファイトであれ、殺し合いであれ、どれもこれも稚拙である。悪役がいくら銃を撃ってもアジャイやヴィジャイには当たらない。一度アジャイは撃たれるのだが、次のシーンではケロッとしている。ドゥルジャンが二丁拳銃でアジャイとヴィジャイを撃つが、彼らは銃弾を手で受け止め、全く痛がらずに攻撃を続ける。このあたりも1980年代のノリを引きずっている。
「カラン」と「アルジュン」という名前は、いわずもがな、「マハーバーラタ」から取られたものだ。アルジュナはパーンダヴァ五兄弟の三男で弓の名手。「Karan Arjun」のアルジュンが生まれ変わったヴィジャイはパチンコの使い手であり、「マハーバーラタ」のアルジュナを受け継いでいた。一方、パーンダヴァ五兄弟にはカルナという兄がいた。彼らの母親クンティーがアルジュナたちを産む前に密かに産んでいた子供である。カルナはパーンダヴァ五兄弟と血を分けた兄弟でありながら、カウラヴァ陣営に入り、アルジュナの宿敵となる。「Karan Arjun」ではカランとアルジュンはまずは兄弟として生を受け、輪廻転生した後は、一度敵としてまみえるものの、前世の記憶を取り戻した後は協力関係になる。
輪廻転生という仕掛けが組み込まれているものの、「Karan Arjun」はバディー映画として見なすことも可能だ。ヒンディー語映画最高峰のバディー映画といえば「Sholay」(1975年)であるが、アジャイとヴィジャイのキャラ設定は、「Sholay」の主人公ジャイとヴィールーに似ていた。サルマーン・カーン演じるアジャイはクールなストリートファイターであり、アミターブ・バッチャンが演じたジャイを彷彿とさせる。一方、シャールク・カーン演じるヴィジャイは脳天気な性格で、ダルメーンドラが演じたヴィールーに対応していた。シャールクとサルマーンの共演作はいくつかあるのだが、二人が対等に主演を務めた映画はこの「Karan Arjun」ともう一本「Hum Tumhare Hain Sanam」(2002年)しかない。
基本的にはアクション映画なので、ロマンス部分の描写は弱く、従ってヒロインのカージョルとマムター・クルカルニーが重要な役割を果たす場面も少なかった。特にカージョル演じるソニアは途中から幽閉されてしまうので、急に存在感がなくなる。逆にマムター演じるビンディヤーは「Gup Chup」でバンジャーラーたちと踊りを踊ったりしてよくスクリーンに出るのだが、記憶に残る演技をしているのは序盤くらいで、やはり存在感は薄い。
ヒロインとは逆に悪役は強烈だ。なにしろ強面の名優アムリーシュ・プリーが演じているのだ。アクション映画は悪役に力がないと成立しない。その点、「Karan Arjun」はアムリーシュを起用できただけで半分成功していた。
「Karan Arjun」は音楽でヒットした映画ではないと感じる。ラージェーシュ・ローシャンが音楽監督を務めているが、名曲として記憶されているものは少ない。シャールク・カーンとカージョルが愛し合う「Jaati Hoon Main」がもっとも有名であろう。「Gup Chup」や「Jai Maa Kaali」は群舞で派手さがあるが、前述の通りセットが安っぽいため損をしている。
BGMに関して非常に気になるのは、米「ターミネーター」シリーズのテーマソングが時々流れることだ。著作権にルーズだった時代の産物といってしまえばそれまでだが、このようなところがチープさをさらに加速させている。
撮影は主にラージャスターン州のアルワル近辺で行われた。マーラーケーラー村のシーンで崩れた建物が並んでいるロケーションが出て来るが、これは北インド最恐のホラースポットとして有名なバーンガルだ。ドゥルジャンの邸宅はサリスカー・パレスである。
「Karan Arjun」は、シャールク・カーンとサルマーン・カーンが共演する輪廻転生モノのアクション映画である。1980年代のヒンディー語映画を支配していた安っぽさや暴力を引きずっているが、映画は大ヒットした。インド映画ファンは必ず押さえておくべき作品である。