Love Khichdi

3.5
「Love Khichdi」

 プリヤンカー・チョープラーが一人12役に挑戦した「What’s Your Raashee?」(2009年)というロマンス映画があった。彼女の演じる12人のキャラがそれぞれ12星座に対応しており、性格やタイプが異なる。もう一人の主演ハルマン・バーウェージャーが女性たち一人一人とデートをし、自分に合った女性を見つけるという内容だった。

 それと非常によく似た筋書きの映画が「Love Khichdi」である。2009年8月28日に公開されており、「What’s Your Raashee?」より1ヶ月早い。こちらはランディープ・フッダー演じる女たらしの主人公が、複数の女性たちと逢瀬を重ねながら本当の愛に気付くという内容だ。ただし、主な女性キャラは7人で、「What’s Your Raashee?」の12人より少ない。それでも、それぞれの女性に星座が当てはめられており、会話の中にも星座の話題が出て、似たコンセプトの映画であることが分かる。

 監督は「Paisa Vasool」(2004年)のシュリーニヴァース・バーシヤム。主演は先述の通りランディープ・フッダーであるが、7人のヒロインはサダー、リトゥパルナー・セーングプター、ディヴィヤー・ダッター、リヤー・セーン、ソーナーリー・クルカルニー、カルパナー・パンディト、ジャシー・ランダーワーが演じてる。他に、サウラブ・シュクラー、サンジャイ・ミシュラー、ウッジュワル・チョープラーなどが出演している。また、声のみであるがミリンド・ソーマンもクレジットされている。

 ちなみに題名の「Khichdi」とはインド料理のひとつキチュリーのことで、豆粥の一種である。どんな材料でも混ぜ入れることができるため、「ごちゃ混ぜ」という意味で使われることもある。この題名では正にその用法である。もちろん、料理名を題名に入れることで、主人公がシェフであることも連想させている。

 公開時にはインドに住んでいたが、この映画は見逃しており、2023年6月21日に鑑賞してこのレビューを書いている。

 ムンバイーの五つ星ホテルで副料理長をする26歳の青年ヴィール・プラタープ・スィン(ランディープ・フッダー)は、常に美女を追いかけるプレイボーイであった。いつか自分のレストランを出したいと夢見ていたが、具体的に行動を起こしてはいなかった。

 同じホテルで受付をするサンディヤー・アイヤンガル(サダー)とは親友で、何でも相談することができた。ヴィールは彼女の誕生日を忘れず祝ってあげていた。しかし、ヴィールが目下追いかけていたのは、ホテルの書店で働くシャルミシュター・バス(リトゥパルナー・セーングプター)であった。また、ヴィールが住むアパートの大家の妻パルミンダル・カウル(ディヴィヤー・ダッター)はやたらと彼の家に押しかけてきて洋食のレシピを求めてきていた。同じ階に住む16歳のディープティー・メヘター(リヤー・セーン)はヴィールに片思いをしており、彼に色目を使っていたが、幼すぎてヴィールは興味がなかった。ヴィールの家ではシャーンター(ソーナーリー・クルカルニー)というメイドが働いていた。

 レストランに有名モデルのスーザン・ラージ(ジャシー・ランダーワー)がやって来た。早速ヴィールは副料理長として挨拶に行き、ついでに彼女にアプローチする。スーザンは彼に電話番号を渡すが、ヴィールは、彼女は自分のタイプではないと考える。パルミンダルには、夫の留守中に部屋で一晩一緒にいてくれと頼まれ、コンドームを用意してお邪魔するが、パルミンダルには全く変な気はなかった。サンディヤーの友人で起業家のナフィーサー・カーン(カルパナー・パンディト)と出会ったヴィールは、彼女から夢のレストランに出資してもらえるかもしれないと考え、せっせと彼女に奉仕する。だが、ナフィーサーにいいように扱われただけだった。かねてからアプローチしていたシャルミシュターからいい返事があり、彼女を自宅に誘い一夜を共にする。シャルミシュターは恋愛抜きでの付き合いを望み、ヴィールにとっては願ったり叶ったりだったが、後からシャルミシュターには夫がいたことが発覚する。ディープティーの熱烈なアプローチに対して冷たく当たっていたら、彼女はさっさと同年齢の恋人を作ってしまった。

 ヴィールの誕生日を覚えていてくれたのはサンディヤー一人だった。サンディヤーは彼にプロポーズをするが、ヴィールは「自分は結婚するタイプではない」と答える。怒ったサンディヤーは職場のヴィカース・シャルマー(ウッジュワル・チョープラー)と婚約してしまう。ここまで来てヴィールはサンディヤーのことが好きだったと気付く。師とあがめる料理長クリシュナン(サウラブ・シュクラー)の後押しもあり、ヴィールはサンディヤーとヴィカースの結婚式に乗り込み、彼女を連れ出そうとする。ヴィールは追い出される。

 それから数ヶ月後、ヴィールは念願だったレストランを出しており、サンディヤーの尻に敷かれていた。

 「Love Khichdi」は大フロップに終わった映画なのだが、先入観なしに観るとそれは明らかに過小評価だと感じる。隠れた佳作と評価してもいいくらいだ。ヒンディー語映画にありがちな、結婚せずにセックスだけを楽しみたいプレイボーイの主人公が、複数の女性たちと様々な関係を持ち、打ちのめされながら、最後には純愛に立ち返るという筋書きの映画であるが、女性たちとのやり取りが非常に巧妙で、男女のすれ違いをよく再現している。

 どちらかといえば主人公のヴィールは年上好きのキャラだ。パルミンダルやシャルミシュターといった年上の女性には積極的にアプローチをする。ただ、彼の性癖が年上好きというよりも、年上の女性を相手にした方が面倒な恋愛に発展しにくいという計算があったからだと思われる。彼にとってはセックスだけをさせてくれる女性がもっとも都合が良く、それに適合したと思われたのが、知的な年上女性シャルミシュターであった。しかしながら、シャルミシュターが既婚だったことが分かり、ヴィールは振られてしまう。

 五つ星ホテルで副料理長をするヴィールは、いつか独立して自分のレストランを持ちたいと考えていた。彼は、リッチな女性を通してその夢を実現する道も模索する。コールセンターを経営する起業家のナフィーサーがそれで、ヴィールは彼女を虜にして資金を引き出そうと努力する。だが、ナフィーサーの方が一枚も二枚も上手で、ヴィールは召使いのようにこき使われ、彼女から何も引き出すことができなかった。

 ヴィールは、同じアパートに住む16歳の少女ディープティーから熱烈なアタックを受けていた。だが、彼はディープティーを子供だと考えており、冷たくあしらっていた。また、ヴィールの家で掃除をするシャーンターは、既婚であったが艶めかしい女性で、ヴィールは彼女の肢体をいやらしい視線で見回していたものの、彼女を性的に搾取しようとするようなことはなかった。未成年の一時的な熱情をいいように利用したり、使用人を性欲のはけ口にするようなことがなく、そのおかげで最低限の上品さは保った映画だった。

 基本的には男性視点の映画だが、映画の途中途中で女性キャラたちがカメラ目線になって自身の行動を説明する場面がある。それが男性にとっては、なかなか理解しがたい女性心理の種明かしになっており、勉強になる。もちろん、インド映画で女性心理を学ぼうとする時点で間違いなのだが、その中でもこの映画からは、男性に対して女性というものの理解を促そうという努力が感じられて面白い。

 複数のヒロインがいる中で、メインヒロインといえるのはサダーが演じたサンディヤーである。サンディヤーはヴィールの同僚で、彼にもっとも近い女性であった。そしてサンディヤーはヴィールに恋しており、何度も彼に自分の気持ちを分かってもらおうとする。だが、鈍いヴィールには伝わらない。ヴィールが彼女の存在の大切さに気付くのは、彼女が婚約してからだった。インド映画にはよくある展開である。観客の立場からすると、どうしても健気なサンディヤーに同情してしまい、最後の最後で何とかヴィールと結ばれたことにホッとするが、同時に、せっかく斬新な切り口で進んでいた映画が、終盤には予想通りの展開に落ち着いてしまっていたことに残念な気持ちもした。

 サウラブ・シュクラー演じるクリシュナンは、男性によくある失敗として、「99%の女性にこだわるあまり、1%の女性を見逃してしまう」という名言を吐いていた。男性は「女性とはこういうもの」と考え、99%の女性に対して成功する方法を試そうとする。だが、人生の伴侶としてもっとも適しているのは残りの1%の女性であることが多く、それに気が付くことのできない男性は、結婚に失敗するか、結婚を逃してしまう。そんな高尚なメッセージが込められたこの映画をフロップにさせてしまったのは非常にもったいない。

 映画の中ではやたらと星座の話題が出る。ヴィールは女性たちから「あなたの星座は何?」と聞かれるのだ。ヴィールはその度に「何だと思う?」と聞き返し、女性が推測した星座を何でも「当たりだよ!」と答えて関心を引こうとする。彼が言われた星座は、獅子座、蟹座、双子座、牡羊座など様々だった。だが、彼の誕生日を覚えていてくれたのは、彼の星座を一度も聞かなかったサンディヤーだけだった。そんなところも巧いところだ。

 ちなみに、映画のポスターを見ると、各女性たちに別々の星座が割り当てられていることが分かる。また、実は出身地も異なる。サンディヤーは天秤座。ヴィールの軽率な行動を一歩引いて観察しているところに天秤座の特徴が表れている。彼女はタミル人である。パルミンダルは山羊座。図々しいところが山羊座ということだろうか。彼女はパンジャーブ人である。ディープティーは射手座。ヴィールに狙いを定め、ストーカー行為も辞さずにアプローチするところが正に射手座だ。彼女はグジャラート人である。シャルミシュターは魚座。魚好きなベンガル人だからだろうか。スーザンは蟹座。彼女については登場場面が少なかったため特徴が引き出せていなかったし、出身地も謎である。シャーンターは蠍座。飲んだくれの夫に対する毒舌ぶりがサソリを想起させるからだろう。彼女はマハーラーシュトラ人である。そしてナフィーサーは獅子座。彼女だけイスラーム教徒だが、出身地は分からない。

 キャスティングもうまく、特徴のある女優をよく揃えている。これだけ多くの女優が登場するが、誰が誰だか分からなくなることはなかった。皆それぞれに好演していたが、やはりサダーの演技が突出していた。

 ヒロインの数が多いので、どうしてもヒロインの方に目が行き、見比べてしまうが、もちろんランディープ・フッダーの演技も素晴らしかった。2009年頃の彼は、主役を与えられてはいるものの、まだ大きなブレイクはなく、知名度もそれほどなかったはずだ。2010年代から渋い役を宛がわれることが多くなり、それで大成するが、この時点ではプレイボーイ役を演じていて微笑ましかった。

 「Love Khichdi」は、プリヤンカー・チョープラー主演「What’s Your Raashee?」と同時期に作られた、非常によく似た映画である。正直いって、こちらの方が楽しかった。興行的にはどちらも大沈没してしまったが、「Love Khichdi」の方は過小評価されていると感じる。隠れた佳作であり、是非多くの人に観てもらいたい。


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