2004年12月31日公開の「Dil Maange More!!!」は、3人の女性に愛されてしまった男性を主人公にしたラブコメ映画である。題名の「Dil Maange More」とはヒンディー語と英語のハイブリッドで、「心はもっと求める」という意味である。当時、ペプシのキャッチコピーとして使われていたフレーズで、いわばパクリである。公開当時はインドに住んでいたものの、旅行などをしていて見逃した。2023年5月21日に鑑賞し、このレビューを書いている。
監督は「Dil Vil Pyar Vyar」(2002年)のアナント・マハーデーヴァン。音楽監督はヒメーシュ・レーシャミヤー。主演はシャーヒド・カプール。シャーヒドはこのときまだデビューから間もなく売り出し中だった。ヒロインは3人。アーイシャー・ターキヤー、チューリップ・ジョーシー、そしてソーハー・アリー・カーンである。女優歴でいえば、この3人の中ではチューリップがもっともシニアで、「Mere Yaar Ki Shaadi Hai」(2002年)でデビューしており、「Matrubhoomi」(2003年)で批評家からも高い評価を受けていた。アーイシャーは「Taarzan」(2004年)でデビューしたばかりでまだまだ駆け出しの女優であり、ソーハーは、サイフ・アリー・カーンの妹という強力な話題性があるものの、本作がデビュー作であった。
他に、グルシャン・グローヴァー、ザリーナー・ワハーブ、スミター・ジャイカル、カンワルジート・スィンなどが出演している。
ウッタラーンチャル州(現在のウッタラーカンド州)のサマルプルで生まれ育ったニキル・マートゥル(シャーヒド・カプール)は、祖父が創立した大学を卒業し、その大学の経営も担うことになる人物だった。ニキルは大学時代に出会ったネーハー(ソーハー・アリー・カーン)と恋に落ち、彼女との結婚を考える。だが、ネーハーはサマルプルを出て客室乗務員になる夢を持っており、彼に一緒にムンバイーへ行くことを迫る。ニキルはサマルプルを離れることができず、彼女を見送る。 ネーハーを失ったニキルは落ち込み、彼女を連れ戻すためにムンバイーへ行くことを決意する。ムンバイーでは叔父ジャティン・ダースの家を借りて住むことになった。早速ニキルはネーハーに会いに行くが、彼女は客室乗務員養成学校を辞めようとはせず、彼に別れを切り出す。ニキルは完全に失恋してしまった。 ニキルは、ネーハーが通う学校の前にあるCD屋「プラネットM」の店主ARレヘマーン(グルシャン・グローヴァー)に気に入られ、そこで働き出す。ニキルは同店の従業員サーラー(チューリップ・ジョーシー)と仲良くなり、彼女をサマルプルに連れて行く。ニキルの母親(スミター・ジャイカル)もサーラーを気に入る。ニキルはサーラーとの結婚を考え始めるが、サーラーは急にムンバイーに戻ってしまう。ニキルが後を追ってムンバイーへ行くと、彼女は別の男性と一緒になっていた。その男性はサーラーの元恋人で、サーラーがニキルとサマルプルに行ったのも、彼を嫉妬させるためだった。だが、今回の事件をきっかけに二人は仲直りをしていた。ニキルは再び失恋する。 ニキルがムンバイーで住んでいたジャティンの家の階下にはシャグン(アーイシャー・ターキヤー)という気の強い女性が母親(ザリーナー・ワハーブ)と一緒に住んでいた。シャグンの父親は別の女性と浮気して出て行ってしまい、シャグンは男性不信に陥っていた。だからニキルにも冷たく当たっていた。しかし、実はシャグンはニキルのことが気になっており、その気持ちを日記にも綴っていた。ニキルはたまたまその日記を読んでしまう。ニキルはシャグンと付き合うことにする。 ところがそのとき、ニキルの元にネーハーが戻ってくる。シャグンは騙されたと感じ、彼を突き放す。ニキルが何とか弁解しようとしていたところ、今度はサーラーまでも彼の元に戻ってくる。シャグンは、ニキルをもう一度信じようと思った矢先にサーラーのことも知ったため、さらにニキルへの信頼を失う。 ARレヘマーンはシャグンのニキルに対する誤解を解こうと尽力する。サマルプルに帰ったニキルをシャグンは追いかけてきて、彼と仲直りする。
ネーハー、サーラー、そしてシャグンという3人の女性と次々に付き合うことになった主人公ニキルの受難の恋愛遍歴を描いた作品で、ベタな展開ではあるものの分かりやすく、カジュアルに楽しむことができる。ただ、3人の女性の中から一人を選ばなければならなくなったときに、誰を選ぶか、そしてその理由は何か、ということをしっかりと観客に説明しないと違和感が残ってしまう。「Dil Maange More!!!」はその点で成功していなかった。
インドのロマンス映画の基本は元鞘である。ニキルは最終的に、もっとも長く付き合いがあり、故郷も同じくするネーハーとよりを戻すだろうと期待して観ていた。だが、ニキルが選んだのはシャグンだった。確かにサーラーと結ばれるという結末だったらもっと不満を感じただろうが、シャグンと一緒になるという結末もどうもスッキリしない。ニキルは、シャグンの日記を盗み読みしてしまい、彼女が自分に好意を寄せていることを知る。そこまではいいのだが、だからといって彼女を最終的に選ぶという理由にはならない。むしろ、男性は狩るのは好きだが狩られるのは嫌う生き物で、自分に一方的に好意を寄せる女性をあまり選ばないものだ。しかも終盤のニキルにはネーハーとサーラーという選択肢もあった。男性不信というトラウマを抱えるシャグンをわざわざ選ぶ理由がよく分からない。
ただ、確かにネーハーも自己中心的な女性で、完全に彼女に感情移入することもできない。ネーハーは、サッカーに没頭するニキルに対して、自分かサッカーかの選択を強要するが、自分は自分で客室乗務員になる夢を追うために彼に相談せずにムンバイー行きを決め、追いかけてきたニキルを邪魔者とばかりに簡単に捨ててしまう。自己中心的な行動といえばサーラーも負けておらず、不仲の恋人を嫉妬させるためにニキルに近づき、思わせぶりな態度を取る。
結局、「Dil Maange More!!!」に登場する3人のヒロインはどれも一筋縄ではいかないキャラばかりだ。本当は誰とも結ばれない結末が一番座りが良かったのかもしれない。
基本的にはデビューしたてのシャーヒド・カプールをさらに売り出そうとして作られた映画だと感じた。得意のダンスを披露する機会も多かったし、サッカーをプレイするシーンで運動神経も見せびらかしていた。女性たちに翻弄される男性ということで、キュートなイメージを醸し出すこともできていた。映画そのものの完成度は低いが、シャーヒドの魅力を世間に伝えるという目的は達成されている。
シャーヒドと同時に3人の女優たちにもチャンスが与えられている。この中で後にもっとも成功したのはソーハー・アリー・カーンだといえるが、この映画ではアーイシャー・ターキヤーが一番良かった。チューリップ・ジョーシーは残念ながらあまり売れずに終わってしまった女優である。
2020年代の視点からこの映画を観ると、CD屋が栄えているところに時代を感じる。確かに2000年代半ばには音楽はCDを買って聴くものだった。都市部には必ずCD屋があり、音楽好きの若者でごった返していた。この映画に登場する「プラネットM」というCD店は実在した大手チェーンである。1999年に創業されて以来、各地に支店がオープンし、一時期はインドの音楽シーンの中核を担う企業だった。しかし、ストリーミングの時代が到来し、音楽の流通が激変したことで業績が悪化し、2018年に廃業となった。
ネーハーは客室乗務員になる夢を追っていたが、これも時代を感じさせる。当時、雨後の筍のように多くの航空会社が設立され、航空業界において求人が急増した。特に客室乗務員はインドの女性たちの憧れの職業だった。客室乗務員を養成する学校も乱立し、盛んに宣伝がなされていた。映画に登場する「フランクフィン客室乗務員訓練学校」も実在する大手の学校で、今でも存在している。
「Dil Maange More!!!」は、デビューしたばかりのシャーヒド・カプールやアーイシャー・ターキヤーが主演するラブコメ映画であり、また、ソーハー・アリー・カーンのデビュー作でもある作品である。誰でも分かるし誰でも先が読める展開の映画だが、最後だけは納得がいかず、結果的に後味の悪さが残る。無理して観る必要はない映画だが、シャーヒドやソーハーの若かりし頃を楽しむ目的ならばありだ。