2022年12月23日公開の「Cirkus」は、ヒンディー語映画界のヒットメーカー、ローヒト・シェッティー監督のコメディー映画である。シェッティー監督は、コロナ禍において不振に陥ったヒンディー語映画界において「Sooryavanshi」(2021年)をヒットさせ、勢いに乗っている。アクション映画でも定評があるが、元々コメディー映画を得意としていた監督であり、今回はコメディー映画を引っさげてヒンディー語映画を救いにやって来た。
主演はランヴィール・スィン。ヒロインはプージャー・ヘーグデーとジャクリーン・フェルナンデス。他に、ヴァルン・シャルマー、ムラリー・シャルマー、サンジャイ・ミシュラー、アシュウィニー・カルセーカル、ジョニー・リーヴァル、スィッダールタ・ジャーダヴ、ムケーシュ・ティワーリー、ヴラジェーシュ・ヒールジー、ブリジェーンドラ・カーラー、アニル・チャランジートなどが出演している。またランヴィールの妻ディーピカー・パードゥコーンがアイテムナンバー「Current Laga Re」にてアイテムガール出演している。
「Cirkus」はランヴィール・スィンとヴァルン・シャルマーが一人二役を演じ、どちらもそれぞれロイとジョイという名前の役である。しかも、紛らわしいことに、もう一人ロイという人物が登場する。彼らの名字は違うので、あらすじでは混乱を避けるために必ず名字を添えて書くことにする。
時は1942年。自身も孤児院に生まれ、成長した後はそのまま孤児院を経営するロイ・ジャムナーダース(ムラリー・シャルマー)は、「血筋よりも環境が人格を決める」との持論を証明するため、2組の双子の赤ちゃんを入れ替えて、バンガロールの富豪チョーハーンの家とウーティーのサーカス団長シェノイの家に養子に出した。彼らはそれぞれの家でロイ(ランヴィール・スィン)とジョイ(ヴァルン・シャルマー)と名付けられた。 30年後。バンガロールで生まれ育ったロイ・チョーハーンにはビンドゥ(ジャクリーン・フェルナンデス)という恋人がいたが、その父親ラーイ・バハードゥル(サンジャイ・ミシュラー)は彼らの結婚に反対していた。ラーイは、ロイに別の女性がいるのではないかと疑っていた。あるときロイ・チョーハーンはジョイ・チョーハーンと共にウーティーに行くことになる。ラーイは手下のプレーム(アニル・チャランジート)に偵察させる。また、ロイ・ジャムナーダースもチョーハーン家のロイとジョイがシェノイ家のロイとジョイに会ってしまうかもしれないと考えウーティーへ向かう。 ロイ・シェノイとジョイ・シェノイは両親の事故死の後、ウーティーにて力を合わせてサーカスの経営をしていた。ロイ・シェノイはどんな電流にも耐えられることから「エレクトリックマン」の異名を持っていた。しかし、実はロイ・シェノイの身体に電流が入り込むと、どういうわけかロイ・チョーハーンが感電していた。ロイ・シェノイは5年前にマーラー(プージャー・ヘーグデー)と結婚していたが、二人の間には子供がなかった。マーラーは養子を取ることを提案していたが、ロイ・シェノイは断っていた。 ロイ・チョーハーンとジョイ・チョーハーンは、ウーティーに着いた途端に様々な人々から親しげに声を掛けられ不審に思う。彼らがウーティーに来た理由は茶園の購入だったが、誤ってシェノイ家に連れて行かれてしまうなど、混乱が続いた。一方、ロイ・シェノイとジョイ・シェノイは、ロイ・チョーハーンとジョイ・チョーハーンが宿泊するホテルに泊まることになり、やはり奇妙な体験をしていた。ロイ・チョーハーンに妻がいると勘違いしたラーイ・バハードゥルはウーティーまでやって来てロイ・シェノイとジョイ・シェノイと遭遇し、やはりトラブルを巻き起こす。最後にはビンドゥがウーティーにやって来て、ロイ・シェノイに浮気を糾弾する。 ロイ・チョーハーンとジョイ・チョーハーンがサーカスを訪れたことで、ようやくチョーハーン家のロイとジョイ、シェノイ家のロイとジョイが相まみえることになる。ようやく誤解が解けたが、なぜそっくりさんの彼らが名前まで同じなのか謎だった。そこへタイミング良くロイ・ジャムナーダースが現れ、30年前に自分がしたことを明かす。人格の形成に血筋は関係ないことを知ったロイ・シェノイは、マーラーの要望を聞き入れ、ロイ・ジャムナーダースの孤児院から養子を取る。
ローヒト・シェッティー監督が初期の頃に作っていたコメディー映画のノリであり、チープなコント劇の積み重ねで一本のストーリーを作り出している。ロイ・チョーハーンの感電シーンが何度も繰り返されしつこく笑いを誘うし、脇役たちもピンポイントでコメディーを差し込んで来ており、全体として十分な笑いを提供してくれる映画だ。しかしながら、いくらコメディーが上出来でもチープな作りを覆い隠すことはできず、総合的には並程度のコメディー映画だとしか評価できない。
シェッティー監督の前作「Sooryavanshi」ではベテラン監督としての成熟した手腕を感じたのだが、この「Cirkus」は悪い意味で原点回帰してしまっているように感じた。シェッティー映画のお約束である派手な爆発シーンなどもなく地味だったし、双子の入れ替えから端を発するストーリーにも大きな魅力を感じなかった。ジョニー・リーヴァル、サンジャイ・ミシュラー、ブリジェーンドラ・カーラーなど、瞬発力のあるコメディアン俳優たちによる単発的なコミックシーンで誤魔化しながら何とかまとめていただけで、ここ最近のシェッティー監督らしさがほとんど見出せなかった。
映画の最後には、5人の孤児がロイ・ジャムナーダースの孤児院にやって来る。彼らの名前はゴーパール、ラクシュマン、マーダヴ、もう一人のラクシュマン、そしてラッキーだったが、この名前はシェッティー監督の過去作「Golmaal Again!!!」(2017年)の主要キャラと同じだ。つまり、「Cirkus」は「Golmaal Again!!!」の前日譚だったということだ。結局、シェッティー監督はこれがやりたくて「Cirkus」を作ったのだろう。ちなみに、シェッティー監督は自身の警察アクション映画「Singham」(2011年)、「Singham Returns」(2014年)、「Simmba」(2018年)、そして「Sooryavanshi」を合わせてMCU的な「コップ・ユニバース」を作り上げている。「Golmaal」シリーズなどのコメディー映画群も同様にユニバース化しようとしているのではなかろうか。
「Cirkus」は、ヒット率の高いシェッティー作品としては異例のフロップに終わってしまった。だが、この出来ならば仕方がない。観客を笑わせて気分を軽くさせるというコメディー映画の最低限の使命は果たしているが、映画館でわざわざ観たいと思わせるようなスケールの大きさや完成度に欠け、失敗作になってしまっている。