Oye Lucky! Lucky Oye!

3.5
Oye Lucky! Lucky Oye!
「Oye Lucky! Lucky Oye!」

 ここ数年、ヒンディー語映画界ではユニークなセンスと斬新なアイデアを持った若い映画監督が次々に登場しており、インド映画の多様化に貢献して来ている。低予算ながらスマッシュヒットを飛ばした「Khosla Ka Ghosla!」(2006年)でデビューしたディバーカル・バナルジー監督もその一人である。「Khosla Ka Ghosla!」は、マイホームを夢見る一般庶民が直面する不動産マフィアの問題を、真剣に、かつコミカルに取り扱った絶妙な作品で、多くの人々の共感を呼び、口コミの力でヒット作に化けた。ディバーカル監督は、名前から察するにベンガル人なのだが、生まれも育ちもデリーで、同作品の舞台もデリーだった。ヒンディー語映画はムンバイーで作られるため、ムンバイーが舞台になることが非常に多いのだが、最近ではデリー・ロケが一種の流行となっており、映画中にデリーの風景が出て来ることはもはや珍しいことではなくなっている。しかし、「Khosla Ka Ghosla!」におけるディバーカル監督の視点は、流行に乗ったお上りさんのものではなく、明らかにデリー市民のものであり、インド門やクトゥブ・ミーナールのような観光地をこれ見よがしに映し出すのではなく、デリーの一般的な住宅街の風景をさりげなく映し出し、ムンバイー・ロケの映画と全く違った「異国情緒」を醸し出すことに成功していた。

 そのディバーカル監督の第2作が現在公開中である。2008年11月28日より公開の「Oye Lucky! Lucky Oye!」だ。やはり大部分はデリーが舞台になっており、デリー市民にお馴染みの地名もいくつか出て来ていて、デリー在住の人々はそれだけで嬉しくなってしまうだろう。ディバーカル監督は、ムンバイーを拠点とするヒンディー語映画界にあって、デリー派と呼ぶことのできる人物の一人だと言える。主演はアバイ・デーオールだが、一人三役をこなすパレーシュ・ラーワルにも注目だ。

監督:ディバーカル・バナルジー
制作:ロニー・スクリューワーラー
音楽:スネーハー・カーンワルカル
歌詞:ディバーカル・バナルジー
衣装:マノーシー・ナート、ルシ・シャルマー
出演:アバイ・デーオール、パレーシュ・ラーワル、ニートゥー・チャンドラ、アルチャナー・プーラン・スィン、マヌ・リシ、リチャー・チャッダー、アヌラーグ・アローラー、マンジョート・スィン、ラジンダル・セーティー
備考:PVRプリヤーで鑑賞。

 妻がいるのに平気で愛人を家に連れ込んで威張り腐っている父親(パレーシュ・ラーワル)にいじめられながら育てられたラッキー(アバイ・デーオール)は、貧しい暮らしをしていたが、子供の頃から泥棒の才能を開花させ始める。親友のバンガーリー(マヌ・リシ)の紹介で、ラッキーは、歌手のゴーギー・バーイー(パレーシュ・ラーワル)に会い、彼のために物を盗むようになる。

 ラッキーはあるとき、ソーナール(ニートゥー・チャンドラ)という女の子と出会い、恋に落ちる。ラッキーは自分が泥棒であることを彼女に隠さなかった。ソーナールは最初彼を避けようとするが、彼とデートをするようになる。ソーナールの母親も、ラッキーの天才的な泥棒の才能を評価し、彼に泥棒を依頼するようになる。しかし、ソーナールとの接近が、親友のバンガーリーとの間に軋轢を生む。また、ゴーギー・バーイーも独断行動が目立つようになったラッキーを邪魔に思うようになり、彼をバンガーリー共々罠にはめて警察に引き渡す。

 しかしラッキーはまんまと警察から逃げ出し、以後インド各地で泥棒をして回るようになる。そのスマートな手口は人々の間でも有名になり、テレビで取り上げられる一方、特捜部のデーヴェーンドラ・スィン(アヌラーグ・アローラー)がラッキーの逮捕に乗り出す。また、ラッキーは獣医ハーンダー(パレーシュ・ラーワル)と仲良くなり、彼の夢であったレストラン開店のパートナーになる。バンガーリーと再び合流したラッキーは、以前にも増して泥棒に精を出すようになる。また、ラッキーは時々ソーナールに会うことも忘れなかった。やがてラッキーはソーナールと結婚する。

 しかし、ハーンダーはラッキーを利用していただけだった。ラッキーはレストランのために一生懸命泥棒をして資金を準備するが、いざレストランが開店すると、ハーンダーはラッキーを無視し出す。ラッキーはハーンダーと決別する。

 相変わらずラッキーは次から次へと泥棒を重ねていた。だが、バンガーリーの裏切りによって、特捜部のデーヴェーンドラ・スィンに遂に逮捕されてしまう。だが、天才的泥棒ラッキーは、世間からむしろ賞賛の目で見られた。そしてラッキーは護送中にまたもまんまと逃げ出したのであった。

 映画の冒頭で、この映画が実際の事件をベースに作られたと書かれていたが、その実際の事件とはおそらく、2007年にデリーで逮捕された2人のスーパーチョール(スーパー泥棒)のことであろう。一人はバンティー。ネパール生まれのバンティーは、高級車ばかりを狙う手口、番犬を手なずける技術、泥棒の目撃者をまんまと騙す言い訳、そして警察から逃げ出す方法などで有名な泥棒で、スーパーチョールの名をほしいままにしていた。もう一人はスバーシュ・クマール。彼は南デリーで550件もの盗難事件に関わった人物で、共働きの家庭を狙って、宝石、ノートPC、高級腕時計などを盗んでいた。これら二人の実在のスーパーチョールが、「Oye Lucky! Lucky Oye!」の主人公ラッキーのモデルになったことは間違いない。バンティーとスバーシュ・クマールにまつわるエピソードがそのままストーリーに盛り込まれていた。例えばもっとも顕著なのが、ラッキーがミュージックシステムを盗み出すシーンである。ラッキーは早朝、ジョギングに出掛けた若い女性の家からミュージックシステムを盗み出すが、それを運んでいるときに当の本人に見つかってしまう。女性は「どうして私のミュージックシステムを運んでいるの?」と質問する。だが、ラッキーは顔色一つに答える。「部屋に行って、君のお父さんが何を買ってくれたか見てごらん。お誕生日おめでとう。」そしてラッキーは悠然と去って行く。この咄嗟の返答はバンティーが実際に使ったもので、彼の英雄譚のひとつとなっている。

 名優パレーシュ・ラーワルが一人三役で出演していた。彼が演じたのはどれも、ラッキーの保護者的役割の人物である。一人は実の父親、一人は裏社会にコネを持つ歌手、一人は野心家の獣医である。三人ともいろいろな意味で腹黒い人物で、汗水流して一心に泥棒をするラッキーの、一種のすがすがしい勤勉振りと対比されていた。

 パレーシュ・ラーワル演じる三人の人物から社会批判的なメッセージを抜き出すことも可能であるが、ディバーカル監督はそういう方向へ行き過ぎないようにうまくバランスを取っているようにも思えた。あくまでこの映画は、スーパーチョールの天才的な泥棒技術を見せて観客を爽快な気分にさせることを目指しており、深く考える必要はないだろう。

 アバイ・デーオールは、デビュー当初はその軟弱な外見から将来性を感じなかったのだが、徐々に芸風を確立しつつあり、案外このまま業界に定着して行くかもしれない。今回のラッキーもはまり役であった。彼は、善人に見えてずる賢い人物を演じさせたらかなりはまる。ヒロインのニートゥー・チャンドラは、「Traffic Signal」(2007年)における売り子役など、従来のヒロイン女優とは一線を画した一風変わった役を演じることが多く、不思議な方向性を持った女優である。今回も泥棒の恋人・妻という変な役を演じていた。だが、やはりこの映画で獅子奮迅の活躍をしていたのは一人三役出演のパレーシュ・ラーワルであろう。現在ヒンディー語映画界でもっとも実力のある男優である。

 ポップな雰囲気の映画ではあったが、ダンスシーンはなかった。別にダンスを入れても雰囲気が損なわれることはなかっただろうが、それも監督のこだわりなのかもしれない。

 「Oye Lucky! Lucky Oye!」は、実在の天才的泥棒をモデルにしたコメディー映画である。ただし、一般のヒンディー語コメディー映画とはかなり趣を異にしている。そのひとつの理由はデリーが舞台になっていることであろうが、大部分はディバーカル・バナルジー監督のユニークなストーリーテーリングにある。同監督の前作「Khosla Ka Ghosla!」と同様に、口コミが効果的に作用すれば、ヒットすることもありうるだろう。