ビハール州などでは、花婿を誘拐して無理矢理結婚させてしまう「パカルワー・シャーディー」などと呼ばれる略奪結婚の一種が横行しており、これまでヒンディー語映画でも度々取り上げられてきた。2020年1月3日公開の「Sab Kushal Mangal(全ては安寧に)」もパカルワー・シャーディーを中心に展開するラブコメ映画である。
監督は新人のカラン・ヴィシュワナート・カシヤプ。「Bunty Aur Babli」(2005年)や「Chak De! India」(2007年)などで助監督を務めた人物である。主演を務めるのは新人の2人。プリヤーンク・シャルマーは往年の女優パドミニー・コーラープレーの息子、リヴァー・キシャンはボージプリー語映画のスーパースター、ラヴィ・キシャンの娘である。他に、アクシャイ・カンナー、サティーシュ・カウシク、スプリヤー・パータク、ラーケーシュ・ベーディー、ジャヤー・オージャー、ムルナール・ジャイン、ユヴィカー・チャウダリーなどが出演している。また、シュリヤー・サランがアイテムナンバー「Naya Naya Love」でアイテムガール出演している。
舞台はビハール州のカルナルガンジ。バーバー・バンダーリー(アクシャイ・カンナー)は地元で権力を握る悪党上がりの政治家で、花婿を誘拐して無理矢理結婚させるパカルワー・シャーディーの総元締めだった。カルナルガンジ出身で、デリーのTV局でニュース番組のリポーターをして人気のパップー・ミシュラー(プリヤーンク・シャルマー)は、バーバーの悪事を暴きTVで糾弾する。 ディーワーリー祭の休暇にパップーはカルナルガンジに戻ってきた。父親のミシュラー(サティーシュ・カウシク)や母親(スプリヤー・パータク)に会う前にパップーはバーバーの手下に誘拐され、無理矢理誰かと結婚させられることになる。結婚式の日までパップーは幽閉される。 パップーは、マンディラー(リヴァー・キシャン)という勝ち気な女性の結婚相手として選ばれていた。自分の結婚相手が決まったと聞いたマンディラーは密かに幽閉された花婿を盗み見に行く。マンディラーはパップーの後輩であり、学生時代から彼のことを知っていた。最近TVで有名人になっていたパップーとの結婚は、マンディラーの望むものであった。マンディラーは食事を届けに行く振りをしてパップーに会いに行く。マンディラーは、彼の結婚相手の妹だと名乗った。パップーもマンディラーを見て、こんな女性の姉となら結婚してもいいかもしれないと思い始める。だが、パップーが女好きだと知ったマンディラーは、彼をわざと逃がす。パップーに逃げられてしまったバーバーは困り果てるが、このときマンディラーを初めて見て一目惚れし、自分が彼女と結婚しようと思い立つ。ちなみにバーバーには14年間付き合ってきたニールー(ユヴィカー・チャウダリー)という女性がいた。 バーバーはマンディラーとの結婚を進めようとするが、そこへパップーが戻ってくる。パップーがいると自分とマンディラーとの結婚に支障が出ると考えたが、マンディラーから、パップーのような都会的な男性が好みだと言われ、自分もパップーから都会的な立ち振る舞いを学ぶことになる。一方、パップーはマンディラーと密かに会い、愛を確かめ合うと同時に、何とかしてバーバーとマンディラーの結婚を阻止しようとする。 バーバーとマンディラーの結婚式の日。マンディラーは貯水タンクの上に立ち、自殺をほのめかす。焦ったバーバーは、マンディラーとパップーの結婚を認める。こうしてめでたくパップーとマンディラーは結婚することになった。
パカルワー・シャーディーによって無理矢理結婚させられそうになった男女がお互いに惹かれ合ってしまうという導入部である。それだけならそのまま結婚すればめでたしめでたしだったのだが、いろいろな行き違いから、その結婚は頓挫する。そして今度は、パカルワー・シャーディーの総元締めである悪徳政治家がその花嫁に横恋慕してしまい、三角関係が生まれるというストーリーであった。
前半はテンポ良くストーリーが進み、こんがらがるだけこんがらがって、面白い展開だった。この映画でデビューしたプリヤーンク・シャルマーとリヴァー・キシャンの演技やスター性にはまだ疑問符が付くが、アクシャイ・カンナーやサティーシュ・カウシクといったベテラン俳優たちが盛り上げ、隠れた名作の雰囲気を醸し出していた。
しかし、後半になると急速に失速する。パップー、マンディラー、バーバーの三角関係が形成されたはいいのだが、彼らが何をしているのかよく分からなくなってくる。結局、ラストは伝説的な名作「Sholay」(1975年)から使い古されてきた、いわゆる「タンキー(貯水タンク)シーン」の焼き直しで終わってしまっていた。マンディラーのような小娘に恋してしまったバーバーの威厳が失墜して全く怖い存在ではなくなってしまったことも、後半失速の原因であろう。
パップーを演じたプリヤーンク・シャルマーは、いかにも都会的なインド人といった外見であるが、スター俳優になるに値するルックスとは思えない。ヒロインのリヴァー・キシャンも、ごくごく一般的なインド人女性の風貌をしていて、彼女を見た瞬間に2人の男性が一目惚れしてしまうというストーリー展開を容易に咀嚼することができなかった。無名の女優でもいいから、誰が見ても美人といえる女性を起用した方が映画の説得力が増しただろう。
音楽監督はベテランのラージュー・スィンである。ビハール州が舞台ということで、土臭い音楽が多いが、このような地味な映画の中で比較的優れた楽曲が揃っていたと感じた。結婚式の一儀式サンギートの曲「Zamana Badal Gaya(時代は変わってしまった)」は、男尊女卑社会が変化しつつあることを示唆する内容になっていて興味を引かれた。「Naya Naya Love」でのシュリヤー・サランのアイテムガール出演も意外性があった。
「Sab Kushal Mangal」は、必ずしも全てが結果オーライという映画ではなかった。パカルワー・シャーディーを取り上げた映画としてはチェックすべきだが、後半の失速が前半の面白さを相殺してしまっていた。この映画でデビューした2人の2世俳優たちも、現時点では将来性を感じない。決してつまらない映画ではないのだが、特筆すべきものがない凡庸な作品である。