Sherdil: The Pilibhit Saga

3.5
Sherdil: The Pilibhit Saga
「Sherdil: The Pilibhit Saga」

 2022年6月24日公開の「Sherdil: The Pilibhit Saga」は、ウッタル・プラデーシュ州ピーリービートで2017年に実際に起こった事件をもとに作られた映画である。ピーリービートはネパールに接しており、国境地帯にはピーリービート虎保護区に指定された森林が広がっている。虎保護区に接した村に住む貧しい農民が、野生虎に殺されると政府から出される100万ルピーの補償金を目当てにして森の中に入るという事件が発生した。インドでは、絶滅が危惧される虎は手厚く保護されるが、人間よりも虎の方が優先される現状を批判する内容になっている。

 監督は「Begum Jaan」(2017年)のスリジト・ムカルジー。主演は演技派男優パンカジ・トリパーティー。他に、サヤーニー・グプター、ニーラジ・カビーなどが出演している。

 題名の「Sherdil」とは、「Sher」と「Dil」から成る熟語である。「Sher」とは、ヒンディー語で「ライオン」や「虎」を指す言葉であり、「Dil」は「心」を意味する。ライオンや虎はインドにおいては勇敢な人間を形容する言葉になっており、題名は「虎の心」、つまり「勇気」という意味になる。それと同時に、虎を扱った内容を暗示する仕掛けの題名になっている。

 ウッタル・プラデーシュ州ピーリービート県ジュンダーオ村の村長ガンガーラーム(パンカジ・トリパーティー)は、隣接する森林に住む野生動物により農作物が荒らされる現状を訴えに町に出て来ていた。役人は助けてくれなかったが、役所でとある貼り紙が目に留まる。農作業中などに、虎保護区に生息する虎に殺された場合、100万ルピーの補償金が遺族に支払われるとのことだった。

 ガンガーラームはその情報を村に持ち帰る。そして、誰かを森の中に送って虎に殺させ、その遺体を畑に持ってきて、農作業中に虎に殺されたことにして、100万ルピーを手にする計画を披露する。そして、自らがその役割を務めることを志願する。ガンガーラームはガンを宣告されており、余命あと3ヶ月であった。ガンガーラームは妻のラッジョー(サヤーニー・グプター)を説得し、単身森の中へ入っていく。

 ところが、なかなか虎には出くわさなかった。虎以外の動物に殺されないように気を付ける必要もあった。ある晩、彼は豹に襲われるが、それを助けたのが密猟者のジム・アハマド(ニーラジ・カビー)であった。ジムは虎の密猟に来ていた。ガンガーラームはジムの助けを借りて虎を探すことにする。そして、まずは自分が虎に食べられ、次にジムが虎を撃ち殺すという約束をする。

 一方、ジュンダーオ村では、ガンガーラームのガンが嘘だったことが発覚する。彼は、村を助けるため、ガンを患ったと嘘を付いて虎に殺される役に志願したのだった。村人たちは森林局に出向いてガンガーラームの捜索願を出す。

 森林に入って10日目、遂にガンガーラームとジムは虎と遭遇する。だが、虎は満腹で、ガンガーラームを襲おうとしなかった。そこへ森林局の局員が駆けつけ、ジムは殺され、ガンガーラームは逮捕される。この森林は虎保護区であり、一般人の立ち入りは禁止されていた。

 裁判の場でガンガーラームは村の窮状を訴え、虎に殺されるために森に入ったことを明かす。それが記者によって報道され、SNS上で話題になる。世論の支えもあり、ガンガーラームは無罪となる。ガンガーラームは一躍有名人になり、TVCMに出演したり、自伝を出版したりする。だが、ある日ガンガーラームは虎に食べられてしまう。

 「Haathi Mere Saathi」(2021年/邦題:ハーティー 森の神)や「Sherni」(2021年)など、近年インドでは野生動物の保護を主題にした映画が増えてきた。これは、SDGsなどへの関心の高まりを背景にした、エコの映画のトレンドのひとつと捉えていいだろう。「Sherdil」も、虎を主題にし、密猟者が登場する映画であり、一見すると「Haathi Mere Saathi」や「Sherni」と似た映画に見える。

 しかし、「Sherdil」はどちらかといえば、虎ばかりを保護し人間の生命や生活が蔑ろになっている現状を訴えており、環境保護などとは逆ベクトルへ向かう映画であった。広い意味での農民の自殺を扱った映画であり、その点では「Peepli Live」(2010年)と似た雰囲気の映画だといえる。

 監督が下手だと、おそらく非常に退屈になり得た映画であった。サリスカー虎保護区やランタンボール虎保護区などでタイガー・サファリをしたことがあるが、何日も森林を巡っても、虎に出合えるとは限らない。広大な森林地帯で、数頭しかいない虎を探し出すのは至難の業なのだ。映画の大半は、虎を求めて森林を彷徨う様子が描かれているだけで、下手すると無為に時間だけが過ぎていくところだった。しかし、スリジト・ムカルジーは有能な監督であり、編集によってストーリーを前後させてサスペンス性を出したり、密猟者ジムを登場させてストーリーに起伏を持たせたりして工夫していた。よって、決して退屈な映画ではなかった。

 ジムは、多くの人食い虎を撃ち殺した英領時代の有名な英国人ハンター、ジム・コーベットから名付けられたという設定であった。やたら哲学的なことをつぶやく人物で、天然ボケの主人公ガンガーラームといい凸凹コンビであった。彼らのやり取りが面白かったことが、映画が退屈にならなかった最大の理由だっただろう。

 また、ガンガーラームを演じたパンカジ・トリパーティーと、ジムを演じたニーラジ・カビーは、ヒンディー語映画界を代表する演技派俳優である。彼らの競演が面白くないはずがない。ガンガーラームの妻ラッジョーを演じたサヤーニー・グプターも、ニッチな役を演じることができる有能な女優だ。

 シャンタヌ・モイトラによる音楽も良かった。中世の詩人カビールの詩が使われており、ジムの存在とも相まって、哲学的な深さのある映画を醸し出すのに一役買っていた。

 「Sherdil: The Pilibhit Saga」は、実際の事件にもとづいた、虎保護区のそばの村に住む貧しい農民が、政府からの補償金目当てに、虎に殺されるために森の中に入っていくという物語であった。監督や俳優たちが巧みに作り上げたおかげで、一見単調に見えながら面白い映画になっていた。地味ではあるが、佳作である。