インドでは金曜日は新作映画の公開日であり、誰よりも早く新作映画を観たいと言う根っからのインド映画ファンの僕は金曜日に映画を観ることに決めている・・・と思われることが多いのだが、実際はもっと単純である。金曜日が一番映画のチケットを取りやすいからだ。土日は混雑するので、ヒット作になるとチケット入手が困難になる。月~木は比較的容易だが、平日は予定が入ることが多い。また、もし公開後の口コミでヒット作になるような性格の映画だと、週末のハウスフル状態が平日まで延長される。また、その頃になるとレビューも出揃うので、各方面で酷評されている映画はわざわざ観に行く気が失せる。よって、金土日を逃すとその映画を見逃す可能性がグッと高くなる。もしなるべく多くのインド映画を観ようと心に決めていたら、まだ映画が公開されたばかりで評価が定まっていない、公開日の金曜日に観るのが最も確実な方法なのである。
と言うわけで2007年11月23日公開の「Dhan Dhana Dhan Goal」も公開初日の午前10時の回を観ることに決め、近所にあるPVRプリヤーへ向かった。だが、珍しいことにチケットカウンターで午前10時の回はキャンセルされたと告げられた。こんなことは初めてだ。何が理由かは分からないが、きっと何か不都合があったのだろう。よって予定を組み直し、2日後にこの映画を観ることになった。
監督:ヴィヴェーク・アグニホートリー
制作:ロニー・スクリューワーラー
音楽:プリータム
作詞:ジャーヴェード・アクタル
振付:サロージ・カーン
出演:ジョン・アブラハム、アルシャド・ワールスィー、ビパーシャー・バス、ボーマン・イーラーニー、ラージ・ズトシー、ダリープ・ターヒルなど
備考:PVRプリヤーで鑑賞。
英国の南アジア人街サウスオールのサッカーチーム、サウスオール・ユナイテッド・フットボール・クラブ(SUFC)は、万年最下位の弱小チームだった。チームは1985年に決勝戦まで到達したことがあったものの、以後は低迷の一途を辿り、今ではホームグランド喪失の危機に瀕していた。市議会から突きつけられたチーム存続の条件は、次のチャンピオンシップで優勝すること。連戦連敗のSUFCにとってそれは不可能に近かった。しかも長年に渡ってチームを支えて来たコーチが急死してしまう。その甥でキャプテンのシャーン(アルシャド・ワールスィー)は、SUFC黄金期を築いたトニー・スィン(ボーマン・イーラーニー)にコーチを頼む。また、従姉妹のルマーナー(ビパーシャー・バス)がチームドクターになる。 トニー・スィンは一目でチームのストライカー不足に気付く。ルマーナーは強豪チーム、アストンの選抜キャンプに参加していたサニー・バスィーン(ジョン・アブラハム)をトニーに紹介するが、自分のことを英国生まれの英国人だと自負するサニーはSUFCに全く興味を示さなかった。そればかりか、サニーはシャーンやSUFCのメンバーと犬猿の仲だった。 チャンピオンシップが開始されたが、やはりSUFCは連戦連敗だった。人種差別によって選抜を落とされたサニーはトニーの説得もあってSUFCに参加するが、チーム内の不協和音は増すばかりであった。トニーは彼らにマンチェスター・ユナイテッドのホームグランドを見せ、チャンピオンとは何かを見せ付ける。SUFCのメンバーの心で何かが変わった。 以後、チームワークが芽生えたSUFCは勝利を重ねるようになった。サウスオールの南アジア人コミュニティーもSUFCを応援し出し、全てがうまく回り始めていた。だが、SUFCの敗北を画策するサッカー解説者のジョニー・バクシー(ダリープ・ターヒル)は、サニーの引き抜き工作を始める。巨額のオファーを受け、宿敵アストンとの決戦を前に、サニーはSUFCから脱退してしまう。SUFCはアストンと引き分け、チャンピオンシップの勝敗は最終戦にもつれ込むことになった。対戦相手は再びアストンであった。 試合当日、サニーはサッカーファンの集うパブに赴いた。そこでサニーは父親の旧友と出会う。サニーと父親の仲は険悪で、彼は父親の過去を全く知らなかった。だが、父親の友人から、父親がかつてSUFCの大ファンであり、1985年の決勝戦前に有色人種チームを差別する白人の暴徒に襲われたトニーを救ったことを知る。トニーはこれがきっかけでサッカーを投げ出し、以後負け犬の生活を送っていたのだった。父親の過去を知ったサニーは試合会場へ急行し、チームに合流する。 試合は一進一退の展開であった。サニーは活躍するが、ジョニーの耳にサニーの弱点の情報が入る。サニーの頭蓋骨にはヒビが入っており、もし顔面に衝撃を受けたら命の危険もあった。それを知ったジョニーはアストンの監督に連絡し、サニーの顔面を狙うように入れ知恵する。サニーと恋仲にあったルマーナーは、アストンがサニーを狙っていることに気付いて彼を下がらせようとするが、サニーは試合を続けた。数度の執拗な顔面攻撃にも関わらずサニーは立ち上がり、試合終了直前に勝ち越しのゴールを決める。SUFCは歴史的な勝利を飾り、ホームグランド存続の権利も勝ち取った。
2007年のヒンディー語映画界の重要なキーワードのひとつは「スポーツ」である。2001年の「Lagaan」の大ヒットがあったものの、2007年に入ってヒンディー語映画界は急に思い出したようにスポーツ映画を送り出すようになった。大半はフロップに終わったが、女子ホッケーを題材にした「Chak De! India」(2007年)の大成功や、ボクシングを取り扱った「Apne」(2007年)のスマッシュヒットは記憶に新しい。今年のスポーツ映画ブームのトリを飾ることになりそうなのが、「Rang De Basanti」(2006年)のプロデューサーであるロニー・スクリューワーラー制作の「Dhan Dhana Dhan Goal」である。テーマはズバリ、サッカーだ。
度々の日本対インド戦によって、日本人にもインドでサッカーが人気のスポーツでないこと、そしてインドのサッカーはまだまだ未熟なレベルにあることが知れ渡った。それを自覚してか、「Dhan Dhana Dhan Goal」の舞台は英国になっている。主人公は、英国の南アジア人コミュニティーの中心地となっているサウスオールのサッカーチームとそのメンバーたち。弱小チームが数々の困難を乗り越えて優勝を掴むという予定調和的なサクセスストーリーは、「Chak De! India」やその他のスポ根映画と同様で、特筆すべき点はない。むしろこの映画で見るべきなのは、南アジア人の団結と逆差別の問題である。
「Dhan Dhana Dhan Goal」はインド人によるインド映画であるが、不思議なことにインド色やインド限定の愛国主義はかなり意図的に消されている。代わりにパーキスターン人やバングラデシュ人のメンバーに比較的大きな比重が置かれ、結果として汎南アジア主義的な映画に脱皮することに成功している。映画のクライマックスの試合では、インドの国旗と同時にパーキスターンやバングラデシュの国旗もかなりデカデカと振られていた。
南アジア人同士の団結が強調されたと同時に、白人に対する逆差別的な展開が目立ったのも印象的だった。「Dhan Dhana Dhan Goal」に出て来る白人は、押し並べて有色人種を差別する下劣な差別主義者として描かれ、英国に住む南アジア人コミュニティーはそれに立ち向かって行かなければならないと説かれた。それは特にサニーのアイデンティティーの問題となって映画の展開を左右した。サニーは英国生まれ英国育ちのインド系英国人2世で、自分のことを英国人だと信じて疑わなかった。サニーは万年最下位のSUFCを「サーカス」と見下し、白人に混じってスター選手になることを夢見ていた。だが、その彼も白人から差別され、仕方なくSUFCへ行くことになる。しかもSUFCでの活躍により大手チームからオファーが来ると簡単に移籍してしまう。イシャーンはサニーの裏切り行為を、「南アジア人の誇りを傷付けた」と非難する。あたかも南アジア人だけは他の国々の人々とは違う立派な価値観を守っていると言いたげであった。結局サニーは土壇場でSUFCに戻り、イシャーンに対し、「ヒンドゥスターンを去って来たが、ヒンドゥスターニヤト(インド人性)は失っていない」とつぶやき、最大限の活躍をする。
「Lagaan」が宗教間の団結を、「Chak De! India」がインド各州の団結を裏テーマとしていたのを考え合わせると、この映画の趣旨はさらに面白く感じる。インド人はどうもチームワークのスポーツを何らかの潜在的対立を含んだコミュニティー間の団結のメッセージを伝えるための道具にして映画を作る傾向にあるようだ。
スポ根映画お約束の展開は分かっていてもそれなりに感動できるのだが、あまりに一方的な被害者意識と逆差別は疑問だったし、サッカー以外の要素、例えばサニーとルマーナーの恋愛やメンバーと家族との関係などの描写は中途半端で、最上質の映画とは言えない出来であった。また、SUFCが初の一勝を挙げた後にムジュラー風のアイテムナンバー「Billo Rani」が挿入されるのだが、全く不要であった。
ジョン・アブラハムやアルシャド・ワールスィーは相当サッカーの練習をしたようで、ボール裁きは十分合格点を与えられるほどであった。ジョンは主役兼悪役のような役割だったが、ベストの演技でこなしていた。「Munna Bhai」シリーズの印象が強くなり過ぎてしまったアルシャド・ワールスィーも、それを払拭するほどいい演技をしていた。ジョンと実生活の恋人であるビパーシャー・バスが出演するのも見所だ。二人の濃厚なキスシーンもある。一方でボーマン・イーラーニーは今一度技巧派の演技力を見せ付けていた。
英国が舞台のため、通常のヒンディー語映画に比べて英語の台詞が多めだが、メインはヒンディー語であり、ヒングリッシュ映画のレッテルを貼るまでには行っていない。登場人物の出身地に従って、パンジャービー語なども登場していた。
「Dhan Dhana Dhan Goal」は、インド映画には珍しいサッカーを題材にした映画と言うことで注目を集めそうだが、それよりも、インドという枠を越えた汎南アジア主義映画の時代の到来を告げる映画であることの方が重要に思える。もちろん、まだ南アジア各国の人々の微妙な心情を描き出すまでには行っていないが、ヒンディー語映画の将来を占うには興味深い題材となるだろう。また、南アジア主義の台頭が、安易なアンチ白人主義に結び付いてしまっていることは懸念材料と言える。