インド三大祭のひとつ、ディーワーリー祭の期間は伝統的に大作映画が公開される。今年も、ディーワーリー・シーズンの2007年11月9日、「Main Hoon Na」(2004年)で初めてメガホンを取った振付師出身女流映画監督ファラー・カーン監督、シャールク・カーン主演の「Om Shanti Om」と、「Devdas」(2002年)や「Black」(2005年)のサンジャイ・リーラー・バンサーリー監督「Saawariya」(2007年)の一騎打ちとなり、大いに注目を集めている。両作によって、ヒンディー語映画界の未来を担う稀代の新人俳優3人がデビューすることも特筆に価する。まずは「Om Shanti Om」を鑑賞した。
監督:ファラー・カーン
制作:ガウリー・カーン
音楽:ヴィシャール=シェーカル
振付:ファラー・カーン
衣裳:マニーシュ・マロートラー、カラン・ジョーハル、サンジーヴ・ムールチャンダーニー
出演:シャールク・カーン、アルジュン・ラームパール、キラン・ケール、シュレーヤス・タルパデー、ディーピカー・パードゥコーン、ビンドゥー、ジャーヴェード・シェーク、サティーシュ・シャー、ニーテーシュ・パーンデーイ、ユヴィカー・チャウダリー、シャーワール・アリー、アスワリー・ジョーシー
備考:PVRベンガルールで鑑賞。
1977年、ボンベイ。オーム・プラカーシュ・マキージャー(シャールク・カーン)は大スターになるのを夢見ながら映画にエキストラ出演するジュニアアーティストだった。母親のベーラー(キラン・ケール)はそんなオームを応援していた。オームの心の恋人はスター女優シャーンティプリヤー(ディーピカー・パードゥコーン)であった。彼にとってシャーンティは完全なる高嶺の花であったが、親友パップー・マスター(シュレーヤス・タルパデー)の助けもあり、シャーンティと話をすることに成功する。そして、映画のセットで起こった火災で彼女を助けたことにより、オームはシャーンティと急速に接近する。
ところが、オームはひょんなことから、シャーンティが実は敏腕プロデューサー、ムケーシュ・メヘラー(アルジュン・ラームパール)と結婚していたことを知ってしまう。ムケーシュはインド映画史上最大の予算を投じ、シャーンティ主演の映画「Om Shanti Om」を制作中であった。だが、シャーンティが既婚であることが知れ渡ると映画の興行に影響が出るため、そのことを公表していなかった。また、スポンサーの娘との結婚話も出ており、それを聞いたシャーンティはムケーシュの愛を疑った。ムケーシュはとにかく映画が完成するまで絶対に既婚であることを伏せるように要求する。だが、シャーンティは既にムケーシュの子供を身篭っていた。それを知ったムケーシュは、シャーンティを「Om Shanti Om」のセットに呼び、セットもろとも焼き殺そうとする。そのときちょうどその場に居合わせたオームはシャーンティを救おうとするが、それは果たせず、オームは爆風によって吹っ飛ばされてしまう。ちょうどそこにスーパースターのラージェーシュ・カプール(ジャーヴェード・シェーク)の自動車が通りかかり、オームをはねてしまう。ラージェーシュはオームを病院に運ぶが、オームは息を引き取る。だが、それと同時に同じ病院でラージェーシュの妻が男の子を産む。ラージェーシュはその男の子にオームと名付けた。
30年後の2007年、ムンバイー。ラージェーシュの息子、オーム・カプール(シャールク・カーン)は、父親と同様にスーパースターになって活躍していた。その顔は、30年前に死んだオーム・プラカーシュ・マキージャーとそっくりで、母親のベーラーはオームの生まれ変わりと信じて疑わなかったが、そんなことは親友のパップーですら信じなかった。
ヒンディー語映画界で最も権威のある映画賞、フィルムフェア賞で、オーム・カプールは念願の主演男優賞を受賞する。そのときのスピーチで、なぜかオームの口からは自然に演説が流れ出た。それはかつて、オーム・プラカーシュが酔っ払ってパップーに、将来大スターになって主演男優賞を受賞した暁にする演説として聞かせたものだった。それをTVで観たパップーも、オーム・カプールがオーム・プラカーシュの生まれ変わりであることを信じるようになる。また、たまたま「Om Shanti Om」のセット跡を訪れたことで、オーム・カプールには前世の記憶が戻って来る。オームはベーラーやパップーと涙の再会をする。
また、主演男優賞受賞記念のパーティーで、オーム・カプールはムケーシュ・メヘラーと出会う。ムケーシュはシャーンティの死と「Om Shanti Om」制作中止の後、ハリウッドに渡って映画を制作していた。だが、30年振りにインドに帰り、オーム・カプールを主演に新しい映画を制作しようと考えていた。オームはシャーンティを殺したのがムケーシュであることに気付き、彼に復讐をすることを決意する。そのために、オームはムケーシュに、30年前に制作中止となった「Om Shanti Om」の再制作を提案し、承諾させる。
ムケーシュが米国に行っている間に、オームはシャーンティ役の女性を探す。その中で見つけたのが、シャーンティに瓜二つのサンディー(ディーピカー・パードゥコーン)であった。オームはベーラーやパップーと協力してサンディーをシャーンティに仕立て上げる。だが、ムケーシュにはシャーンティの役として別の女性ドリー(ユヴィカー・チャウドリー)を紹介する。また、ロケ地はわざと、かつて同映画が撮影される予定だった場所を選んだ。新「Om Shanti Om」の制作がスタートした。
オームはサンディーを幽霊のように見せ、ロケ見学や試写を見に来たムケーシュを度々驚かす。ムケーシュはシャーンティの幽霊を見て肝を冷やすが、密かに生身の女性がシャーンティの幽霊を演じていることを突き止めてしまう。オームがムケーシュへの復讐の最後の場として選んだのは、シャーンティが殺された豪華邸宅セット跡であった。だが、もはやシャーンティの幽霊が偽者であることを知っていたムケーシュは怖がらなかった。裁判で自分がシャーンティを殺したことを立証することはできないと開き直り、シャーンティの幽霊、つまりサンディーを攻撃しようとする。だが、実はそれは本物のシャーンティの幽霊であった。シャーンティはムケーシュに復讐を果たし、オームに微笑んで消えて行く。
世界に女流映画監督は少なくないが、徹底して娯楽映画志向の女流映画監督はファラー・カーンぐらいしかいないのではなかろうか?女性監督というのは得てしてシリアスな映画ばかりを作ったり、「女性ならではの視点」にやけにこだわったりするものだ。だが、ファラー・カーンは全く違う。彼女の映画にそのような要素は微塵も感じられない。彼女は映画が娯楽の王様としてあるべき姿をよく理解しており、観客を徹底的に楽しませると同時に、自身も楽しんで映画を作ることを知っている。しかも、驚くべきことに、彼女の娯楽映画のセンスは、インド娯楽映画界の名だたる男性監督を凌ぐものがある。前作「Main Hoon Na」もインド映画のエッセンスが詰まった傑作であったが、今作「Om Shanti Om」はそれを上回る娯楽大作に仕上がっている。これはもはやインド映画賛歌と言ってもよい。「Om Shanti Om」は、インド娯楽映画の面白さを理解できる人全てが楽しめる映画だと断言していい。
「Om Shanti Om」の前半は1977年のボンベイが舞台となる。登場人物の服装はいわゆる70年代ファッション。スバーシュ・ガイー監督、リシ・カプール主演の「Karz」(1980年)のミュージカル「Om Shanti Om」の映像をはじめとした、当時の映画の映像を利用または再現したシーンが頻繁に登場する。この時代のインド映画が好きな人には堪らない演出であろう。また、デーヴ・アーナンドやマノージ・クマールのそっくりさん男優が出演する他、本物か偽者か分からないがゴーヴィンダーの芸名の由来もちょっとだけ出て来て、インド映画ファンにはニンマリのシーン続出である。さらに前半では、タミル語TV界で一世を風靡した「Quick Gun Murgan」のパロディーも登場し、爆笑は必至である。
後半ではフィルムフェア賞の授賞式があり、最近のヒット作のパロディーが出て来る。例えば「Dhoom 5」とか、「Phir Bhi Dil Hai N.R.I.」とか、「Main Bhi Hoon Na」など。安っぽいパロディーではあるが、やはりインド映画ファンは腹を抱えて笑ってしまうだろう。
インド映画において輪廻転生は、他の国の映画にはなかなか見られない重要なテーマである。輪廻転生がストーリーに組み込まれた映画は、ビマル・ロイ監督の「Madhumati」(1958年)が先駆けとなり、スッバー・ラーオ監督の「Milan」(1967年)、ラーム・マーヘーシュワリー監督の「Neel Kamal」(1968年)、シャクティ・サーマンタ監督の「Mehbooba」(1976年)、チェータン・アーナンド監督の「Kudrat」(1981年)、グルザール監督の「Lekin…」(1990年)、ラーケーシュ・ローシャン監督の「Karan Arjun」(1995年)に引き継がれた。また、「Om Shanti Om」でパロディー化された「Karz」も輪廻転生をテーマにした映画である。こう見ると、50年代以来、全ての年代において輪廻転生のインド映画が作られて来ていることが分かる。21世紀に公開された輪廻転生復讐劇「Om Shanti Om」は、それらの伝統を受け継ぐ作品と言える。
ホラー映画的な要素をうまくストーリーに組み込んでいたことも高く評価できる。「Bhool Bhulaiyaa」(2007年)の映画評でも書いたが、ホラー映画という新たなジャンルに挑戦し始めたインド映画界が達成しなければならなかった最終的な課題は、ホラー映画のテクニックを、あらゆる情感の詰まったインド映画の手法に完全に吸収することである。「Bhool Bhulaiyaa」でそれは一応の完成を見たが、「Om Shanti Om」はそれ以上に巧みに吸収していた。
豪華特別出演俳優陣もインド映画ファンには嬉しい限りだ。ヒンディー語映画界のありとあらゆる俳優たちがチョイ役で映画に出演する。特にタイトル曲「Om Shanti Om」のダンスシーンで大量の人気男優・女優が出演し、その豪華さにはただただ圧倒されてしまう。はっきり言って、「Om Shanti Om」に出演した俳優を挙げるより、出演しなかった俳優を挙げる方が早いくらいである。覚えている範囲、認識できた範囲で、特別出演俳優などを挙げて行くと、ダルメーンドラ、リシ・カプール、スバーシュ・ガイー、ラーケーシュ・ローシャン、サンジャイ・ダット、サルマーン・カーン、アビシェーク・バッチャン、アクシャイ・クマール、リティク・ローシャン、サイフ・アリー・カーン、ゴーヴィンダー、ボビー・デーオール、スニール・シェッティー、アルバーズ・カーン、ザイド・カーン、ディノ・モレア、リテーシュ・デーシュムク、アーフターブ・シヴダーサーニー、トゥシャール・カプール、カラン・ジョーハル、レーカー、シャバーナー・アーズミー、ジューヒー・チャーウラー、カリシュマー・カプール、ラーニー・ムカルジー、プリーティ・ズィンター、カージョル、タブー、シルパー・シェッティー、ウルミラー・マートーンドカル、プリヤンカー・チョープラー、ラーラー・ダッター、ディーヤー・ミルザー、アミーシャー・パテール、ヴィディヤー・バーラン、アムリター・アローラー、マラーイカー・アローラー・カーンなどである。また、ファラー・カーン監督自身も映画中にカメオ出演しているし、「Main Hoon Na」と同様にスタッフ一同が最後に登場する。
主演のシャールク・カーンはリラックスした演技を見せていた。踊りも頻繁に披露しており、当然のことながら、シャールク・ファンには必見の映画となっている。70年代ファッションのシャールクも面白い。だが、大半の観客の視線は新人女優ディーピカー・パードゥコーンに注がれることだろう。ディーピカーは世界チャンピオンにも輝いた偉大なインド人バドミントン選手プラカーシュ・パードゥコーンの娘であり、カンナダ語映画「Aishwariya」(2006年)で既に映画デビュー済みながら、ヒンディー語映画界ではこの「Om Shanti Om」がデビュー作となる。その美貌とオーラから、新世代のアイシュワリヤー・ラーイに目されている。果たしてその演技力はどんなものかと思っていたが、表情の幅が広く、踊りも下手ではなく、噂通りの期待の新人だと感じた。順調にヒット作を重ねて行けば、ヒンディー語映画界の新たな女神に君臨できるのではないかと思う。
シュレーヤス・タルパデーやアルジュン・ラームパールと言った俳優たちがシャールク・カーンと共演するのは当初違和感を感じていたが、二人ともベストの演技を見せており、とても良かった。特に、今までなかなか波に乗れなかったアルジュンが、悪役として見事に羽ばたいた姿を見ることができて感無量であった。
音楽はヴィシャール=シェーカル。「Dard-E-Disco」、「Om Shanti Om」など、ノリノリのダンスナンバーが揃っており、サントラCDはお買い得だ。
「Om Shanti Om」は、ディーワーリー公開作の名に恥じない傑作娯楽映画である。これぞインド映画の真髄。インド映画を愛する全ての人に観てもらいたい。