インドが誇る宗教家にスワーミー・ヴィヴェーカーナンダがいる。ヴィヴェーカーナンダは1893年にシカゴで開催された万国宗教会議にて、あらゆる宗教はひとつであるとし、普遍宗教のコンセプトを説いた。
2015年8月5日公開の「Bangistan」は、そんなヴィヴェーカーナンダの講演を思い出させてくれるような、宗教対立がテーマのコメディー映画である。監督は新人のカラン・アンシュマン。主演はリテーシュ・デーシュムクとプルキト・サムラート。他に、クムド・ミシュラー、チャンダン・ロイ・サーンニャール、トム・アルター、シヴクマール・スブラマニアム、メーグ・パントなどが出演している。また、ジャクリーン・フェルナンデスが特別出演している。
架空のバンギスターンは、北バンギスターンと南バンギスターンに分かれ争っていた。北バンギスターンはイスラーム教を信仰しており、南バンギスターンはヒンドゥー教を進行していた。北バンギスターンのイマーム(トム・アルター)と南バンギスターンのシャンカラーチャーリヤ(シヴクマール・スブラマニアム)はSkypeで交流するほど仲が良かったが、北バンギスターンのハーティム(メーグ・パント)と南バンギスターンのグルジー(クムド・ミシュラー)は対立していた。 ポーランドのクラクフで世界宗教会議が開催されることになった。イマームとシャンカラーチャーリヤはこの会議で平和のメッセージを送ることを決める。ところが、ハーティムとグルジーは宗教対立が続くことを望んでいた。そこでハーティムは、コールセンターで働いていたハフィーズ・ビン・アリー(リテーシュ・デーシュムク)を自爆テロリストとしてポーランドに送り込む。また、グルジーは三文役者プラヴィーン・チャトゥルヴェーディー(プルキト・サムラート)を同じように自爆テロリストとしてポーランドに送り込む。ハフィーズはヒンドゥー教徒の格好をし、イーシュワルチャンド・シャルマーを名乗った。プラヴィーンはイスラーム教徒の格好をし、アッラー・ラカー・カーンを名乗った。 クラクフの空港でハフィーズとプラヴィーンは出会い、同じ下宿先の上と下の部屋に住むことになる。これら上下の部屋は大きな穴でつながっていた。ハフィーズはヒンドゥー教徒に変装するためにヒンドゥー教の聖典などをじっくり読み込んでおり、一方のプラヴィーンはイスラーム教徒に変装するためにクルアーンを読み込んでいた。知らず知らずの内に彼らはお互いの宗教に影響を受けており、それを相手にも披露していた。 あるとき、ハフィーズとプラヴィーンはお互いが自爆テロリストで、同じ目的のためにポーランドに来たことを知る。そして二人で自爆テロを行うことにする。だが、宗教を偽っていたことがお互いに分かってしまい、喧嘩になる。誤って爆弾が爆発し、二人は警察に逮捕される。 自爆テロ失敗と考えたハーティムは別の自爆テロリストを送り込み、ハフィーズを殺そうとする。ハフィーズとプラヴィーンは病院から脱走する。ハフィーズは自爆テロはいけないことだと考えるようになり、二人は世界宗教会議で爆弾が爆発するのを止めようとする。爆弾は爆発するが、二人の活躍によって負傷者は出ず、二人は英雄となる。また、現場に居合わせたハーティムとグルジーは逮捕される。
バンギスターンという架空の地域が舞台の映画だったが、明らかに北バンギスターンはパーキスターン、南バンギスターンはインドがモデルになっていた。そして、異なる宗教同士がいがみ合うことの無益さをコメディータッチで訴える内容となっていた。
この映画のミソとなっているのは、ヒンドゥー教徒のプラヴィーンがイスラーム教徒に変装して自爆テロを行おうとし、イスラーム教徒のハフィーズがヒンドゥー教徒に変装して自爆テロを行おうとしているところだ。変装するにあたって、周囲から疑われないように、プラヴィーンはクルアーンを勉強し、ハフィーズはヒンドゥー教の聖典を研究する。そのため、プラヴィーンはイスラーム教に詳しくなり、ハフィーズはヒンドゥー教に詳しくなっていた。
ハフィーズは、「ジハードは自分との戦い」と喝破するプラヴィーンの言葉に感化される。また、プラヴィーンは、「クリシュナがアルジュナに示したのは、悪に対する善の戦いである」と本質を突くハフィーズの言葉に感銘を受ける。自分が何となく信仰してきた宗教の本質を、一夜漬けで学んだ相手から指摘されるというのは何とも皮肉なことではあるが、世の中の真実なのかもしれない。
9/11事件以来、世界中で「イスラーム教徒=テロリスト」というイメージが広まってしまっている。ハフィーズも、コールセンターでの仕事中に顧客から「テロリスト」呼ばわりして憤っていた。プラヴィーンはイスラーム教徒に扮してポーランドに入国しようとするが、イスラーム教徒であるがために念入りにチェックをされる。それを横で見ていたハフィーズは、自身はヒンドゥー教徒に扮していたためにノーチェックで通されたものの、イスラーム教徒が差別される現状を見かねてプラヴィーンを助けるために声を上げる。そんな行き違いがおかしい映画だった。
また、ポーランドで爆薬を調達した先にも工夫が見られた。ヒンドゥー教徒に扮したハフィーズが調達先にしたのがロシアであり、イスラーム教徒に扮したプラヴィーンが調達先にしたのが中国だった。これは、インドとロシアが親しく、パーキスターンと中国が蜜月である世界情勢の風刺であろう。中国人が、お辞儀をし出したハフィーズに対して、「中国人はお辞儀なんてしない」と言って日本に憎悪を露にしていたシーンもあったが、日中の関係悪化をよく反映したシーンであった。
主演のリテーシュ・デーシュムクとプルキト・サムラートは無難な演技をしていた。中肉中背、マスクも平均並みのこの二人の相性は悪くなかった。ジャクリーン・フェルナンデスが特別出演していたが、これは親しい間柄のリテーシュから誘いがあったのだろう。
大半がポーランドを舞台としており、実際にポーランドでロケが行われたようである。北バンギスターンの風景はラダックにて、南バンギスターンの風景はヴァーラーナスィーにて撮影が行われている。デリーのジャーマー・マスジドも一瞬だけ登場した。
世界宗教会議には、ヒンドゥー教やイスラーム教だけでなく、キリスト教、ユダヤ教、スィク教など、様々な宗教の姿が見えた。中には「スター・ウォーズ」のコスプレをしている人々もいた。そういえば、同映画に登場する「ジェダイ」の信者は世界中に数十万人いるというニュースを目にしたことがある。そういう意味では、彼らも世界宗教会議の立派な一員なのだろう。
「Bangistan」は、バンギスターンという架空の地域を舞台にして、世界中のあらゆる宗教が融和することを訴える、メッセージがはっきりした風刺映画だ。特別優れたところはないのだが、よくまとまっている。