
2025年9月25日公開のテルグ語映画「They Call Him OG」は、日本で「サムライ」の術を学んだインド人がインドに帰り、暴れ回るアクション映画である。随所に日本関連のモチーフが見受けられ、日本人には特にうれしいインド映画だ。
監督は「Saaho」(2019年/邦題:サーホー)のスジート。音楽はタマンS。主演はテルグ語映画界の「パワースター」、パワン・カリヤーン。テルグ語映画界の「メガスター」、チランジーヴィーの弟であり、「RRR」(2022年/邦題:RRR)の主演ラーム・チャランの叔父にあたる。パワンは地方政党ジャナセーナー党(JSP)の創始者・党首でもあり、現在アーンドラ・プラデーシュ州の副州首相を務める政治家である。
テルグ語に加えて、タミル語、カンナダ語、マラヤーラム語、ヒンディー語のバージョンも同時公開された。特筆すべきは、ヒンディー語映画界の人気スター、イムラーン・ハーシュミーが悪役で起用されていることである。また、テルグ語映画でありながらテルグ語圏は舞台になっておらず、主な舞台はボンベイのコラバであり、他にはインド国内ではマドゥライやナーシク、インド国外では日本、イスタンブール、ドバイなどの地名が出て来る。汎インド映画の条件を兼ね備えた作品である。鑑賞したのはヒンディー語版である。
その他のキャストは、プラカーシュ・ラージ、プリヤンカー・モーハン、シュリヤー・レッディー、スバーレーカー・スダーカル、ラーフル・ラヴィンドラン、スデーヴ・ナーイル、アビマンニュ・スィン、アルジュン・ダース、タージ・サプルー、ウペーンドラ・リマエー、ヴィンセント・アショーカンなどが出演している。
さらに、この映画には、日本人俳優の北村一輝がヤクザ役で出演している。「Sumo」(2025年)の田代良徳に続く快挙だ。「オンリー・ゴッド」(2013年)主演で知られるタイ人俳優ヴィタヤ・パンスリンガムも日本人役で起用されている。また、スジート監督の前作「Saaho」と同じユニバース扱いらしく、同作でナランタク・ロイ・ナンダン役を演じたジャッキー・シュロフが一瞬だけ顔を見せる。ナランタクは、本作に登場するサティヤナーラーヤナ(プラカーシュ・ラージ)の兄という設定だ。ネーハー・シェッティーが「Kiss Kiss Bang Bang」にアイテムガール出演している。
第二次世界大戦で敗戦した日本ではヤクザの支配が始まり、それまで権勢を誇っていたサムライが次々に駆逐されていった。サムライの残党は富士山に隠れ住み、研鑽に励んだ。だが、1970年にはその隠れ家もヤクザに見つかり、襲撃を受け、オージャス先生(ヴィタヤ・パンスリンガム)を含め、皆殺しにされた。だが、一人だけ生き残った者がいた。それは、終戦時に日本に滞在していたインド人の息子であり、名前をオージャス・ガンビーラー、通称OG(パワン・カリヤーン)といった。OGはインドに渡る船の中でサティヤナーラーヤナ・ロイ・ナンダン、通称サティヤ・ダーダー(プラカーシュ・ラージ)と出会う。サティヤ・ダーダーは大量の金塊をボンベイに運搬していた。サティヤ・ダーダーはOGの実力を見抜き、彼を片腕に抜擢する。ボンベイに着いたサティヤ・ダーダーは金塊とOGの戦闘力を駆使してボンベイのコラバに港を建設し、富を手中に収めた。
時は1993年。10年以上前にOGは家族内のいざこざに巻き込まれボンベイを去っていた。OGのことを知る者も少なくなってきた頃だった。与党の政治家ヴァルドマーン・ミラージカル(テージ・サプルー)の息子ジミー(スデーヴ・ナーイル)は、国際マフィアのデーヴィッド(ヴィンセント・アショーカン)から指令を受け、ボンベイに大量のRDXが入ったコンテナを運び入れようとしていた。海上警備隊の監視を避け、ジミーは貨物船をサティヤ・ダーダーの港へ入れる。サティヤ・ダーダーの息子パルドゥが制止するが、ジミーは彼を殺す。騒動が起きたため、ジミーはコンテナを残したまま逃げ去る。
ミラージカルの息子がサティヤ・ダーダーの息子を殺したこの事件はボンベイを震撼させた。抗争を望まないサティヤ・ダーダーは沈静化を図るが、ジミーは何とかコンテナを手に入れようとする。サティヤ・ダーダーはコンテナの中身がRDXであることを知り、秘密の場所に隠すが、ジミーはそれを見つけ出そうとする。
一方、ボンベイを去ったOGはマドゥライに滞在し、道場を開いていた。そして、医師のカンマニ(シュリヤー・レッディー)と結婚し、妊娠をきっかけにナーシクに移った。二人の間にはターラーという娘が生まれた。カンマニは密かにサティヤ・ダーダーと文通をしていた。サティヤ・ダーダーは、OGの助けが必要になったと感じ、カンマニに会いにナーシクを訪れる。ところがジミーもサティヤ・ダーダーを追ってナーシクに来ていた。ジミーはカンマニを殺し、逃げ出したサティヤ・ダーダーを追う。そこへ現れたOGはジミーを惨殺する。
ボンベイにRDXを送ったのは、ジミーの兄オーミー(イムラーン・ハーシュミー)であった。なかなかRDXが見つからないことに業を煮やしたオーミーは自らボンベイに上陸する。そして、コラバの港を襲撃し、サティヤ・ダーダーの弟チャクリーの妻ギーター(スバーレーカー・スダーカル)など労働者たちを誘拐する。そして、RDXを奪い返し、ボンベイの9ヵ所で同時に爆弾を爆発させるテロを計画する。
ところで、チャクリーとギーターの息子アルジュン(アルジュン・ダース)は、父親をOGに殺されたと信じ込んでおり、OGへの復讐心を燃やしていた。OGがボンベイに戻ったことで絶好のチャンスだと感じたアルジュンは、ターラーを誘拐し、彼女の目の前でOGを殺そうとする。ところがターラーはオーミーの部下たちによって再度誘拐される。また、ギーターからは、チャクリーを殺したのはアルジュン自身だったという事実を聞かされる。OGはその罪をかぶってボンベイを去ったのだった。
OGはターラーを取り返すため、オーミーの待ち構えるタワーに突入する。そしてオーミーの部下たちを次々になぎ倒し、オーミーと対峙する。当初はターラーを人質に取っていたオーミーの方が有利で、OGは圧倒される。だが、アルジュンがターラーを救出し、OGの足かせが外れた。カンマニを殺したのは、ジミーではなくオーミーだったことも発覚する。さらに、オーミーがボンベイ各地に仕掛けた爆弾は爆発しなかった。OGの仲間たちが爆発を未然に防いでいたのである。OGに捕まったオーミーはタワーと共に爆死する。
オーミーのボス、デーヴィッドのもとには、ヤクザの親分ユキムラ・シンゾウ(北村一輝)が訪れていた。ヤクザはOGを追っていたが、ヤクザだけではOGにかなわないと悟り、提携先を探していた。デーヴィッドはOGに対抗するためユキムラと協力することにする。
日本のモチーフを使ったインド映画は諸刃の剣だ。日本人としては日本びいきされているようでうれしいのだが、日本人の目から見るとどうしても奇妙な点も見えてきてしまう。たとえば日本語がおかしいとか、日本文化の描き方がずれているとか、そういった類のものだ。「They Call Him OG」の冒頭でも横浜港が登場する。いや、日本語では確かに「横浜港」と書かれているのだが、英語ではなぜか「Shimizu Port」と書かれている。しかも、その下には「このモニュメントは、横浜という地名の『米』を視覚的に引き立てることを目的として制作され、世界中からの人々を歓迎する歓迎のスタイルを取り入れています。安らかに眠る」という意味不明の説明書きがある。生成AIで作り出したものであろうか。日本人俳優の起用はあるものの、例によって例のごとく日本人による考証チェックはなかったようで、日本人としては細部がどうしても気になってしまう。終戦後の日本で起こったヤクザとサムライの抗争という背景説明も日本人にはクエスチョンマークでしかない。ただ、インド映画に日本が登場した場合は毎回のように繰り返される事態であり、いまさらすぐに改善するものでもなかろう。日本人が映像作品にインドのモチーフを使うときにも同じことは起こっている。
重要なのは映画として、アクション映画として、面白かったかどうかということだ。最近はアクション映画に食傷気味になっているのだが、そんな倦怠期においてもこの「They Call Him OG」はとても楽しめた。まずはアクションシーンが秀逸であった。テルグ語映画特有の、手や首が飛ぶようなグロテスクシーンはあったものの、迫力あるアクションが目白押しだった。主人公OGはサムライの道場で修行をして術をマスターしたという設定であり、日本刀やヌンチャクを使って戦うが、そういうシーンでも違和感はなく、純粋に楽しむことができた。ちなみに、主演のパワン・カリヤーンは空手の黒帯とのことであり、武術の心得がある。さらに、編集がうまく、物語がリニアに進んでいくことも没入感を強めた。常におどろおどろしい音楽が流れ気分を盛り上げているのもプラスに働いた。
1993年という年、ボンベイという場所、そして同時爆破テロ計画という3点が示すのは、1993年3月12日に発生したボンベイ同時爆破テロだ。その首謀者はマフィアのドン、ダーウード・イブラーヒームだとされるが、映画の中での首謀者はデーヴィッドという名前で、これも明らかにダーウードをモデルにしていた。ただ、映画はこの事件そのものを再現しているわけではなく、あくまでモチーフにしたに過ぎない。そもそもボンベイ同時爆破テロ事件は発生した事件であるが、「They Call Him OG」の中ではOGの活躍によってテロは未然に防がれた。
続編「They Call Him OG II」の存在も明らかにされている。次回はヤクザの親分、ユキムラ・シンゾウがメインの悪役になることが予想される。そうなると、さらに日本のモチーフが盛り込まれることになるだろう。興行的には成功しており、企画倒れに終わることはなさそうだ。ただ、パワン・カリヤーンが政界で重責を担っているので、すぐに企画が動き出す可能性は低いかもしれない。
「They Call Him OG」は、テルグ語映画界のパワースター、パワン・カリヤーン主演の、日本モチーフたっぷりなアクション映画である。日本での上映を意識していると思われるが、日本人には奇妙に映る部分も少なくない。それらを配給会社がどう判断するだろうか。それは差し引いても、アクション映画として面白く、パワンのヒーロー振りも素晴らしかった。アクション映画全盛の現在にあっても埋もれることにない魅力がある作品である。
