Lokah Chapter 1: Chandra (Malayalam)

4.0
Lokah Chapter 1: Chandra
「Lokah Chapter 1: Chandra」

 インドの各映画産業の中でも、ケーララ州で作られ楽しまれるマラヤーラム語映画は、低予算で地味ながら優れた脚本にもとづいた芸術性の高い作品で知られてきた。だが、近年はマラヤーラム語映画からも汎インド映画の野望を抱きつつあるのを感じる。具体的には、ヒンディー語映画やテルグ語映画顔負けの娯楽作品が飛び出すようになったのだ。その先駆けといえるのがスーパーヒーロー映画「Minnal Murali」(2021年/邦題:ライトニング・ムラリ)であり、SF映画「Gaganachari」(2024年)などが続いたが、2025年8月28日公開のマラヤーラム語映画「Lokah Chapter 1: Chandra」は、当初から数部作構成で企画された、さらに壮大なスケールのスーパーヒーロー映画である。「Lokah」とは「世界」という意味だと思われる。

 プロデューサーは、マラヤーラム語映画界のスーパースター、マンムーティーの息子ドゥルカル・サルマーン。彼はこの映画に出演もしているが、「Chapter 1」ではカメオ出演に留まっている。もちろん、次回作以降では確実に重要な役で出演することになるだろう。そういう役柄だった。監督はドミニク・アルン。音楽はジェイクス・ビジョイ。

 題名に「Chapter 1」とあることからも分かるように、2時間半あるこの作品は「Lokah」の第1章に過ぎない。「Chapter 1」の主人公はチャンドラーという女性である。そのチャンドラー役を演じる主演は、プリヤダルシャン監督の娘カリヤーニー・プリヤダルシャン。マラヤーラム語映画を中心に、タミル語映画「Maanaadu」(2021年)などにも出演しており、南インドの各映画界で成功を収めつつある。

 他に、ナスレン、サンディー・マスター、アルン・クリヤーン、チャンドゥー・サリーム・クマール、ラグナート・パレーリー、ヴィジャヤラーガヴァン、ジャイン・アンドリューズ、シヴァジート・パドマナーバン、サラト・サバー、ニシャーント・サーガル、サム・モーハン、サニー・ウェイン、トヴィノ・トーマス、アンナー・ベン、ヴィシャク・ナーイル、ソウビン・シャーヒル、シャーンティ・バーラチャンドラン、アハーナー・クリシュナ、バールー・ヴァルギーズ、ヴィジャイ・メーナンなどが出演している。また、マンムーティーが声のみ出演している。

 オリジナルのマラヤーラム語版に加え、ヒンディー語、タミル語、テルグ語、カンナダ語の吹替版も同時公開された。「Chapter 1」の主な舞台は、ベンガルールを意識したカルナータカ州の架空の都市ということになっており、マラヤーラム語映画でありながらカンナダ語のセリフが多い。この辺りも汎インド映画の条件を備えている。鑑賞したのはヒンディー語版である。

 「Chapter 1」を鑑賞する上で、ケーララ州の民間伝承を集めた「アイティヒヤマーラー(伝説の花輪)」や、その中の収められた「カッリヤンカットゥ・ニーリ」の物語について少しだけ知っておいた方がいいだろう。

 「アイティヒヤマーラー」は、日本でいえば「今昔物語集」のようなもので、ケーララ州に伝わるさまざまなジャンルの説話が収められているが、その中にはヤクシャやヤクシーと呼ばれる精霊(夜叉)が登場する怪奇物語も含まれている。「Lokah」シリーズは、ケーララ州の民間伝承に登場する妖怪の類を現代人向けにスーパーヒーローとして蘇らせた、「アベンジャーズ」的なアクション映画になりそうだ。

 「Chapter 1」では特に、「カッリヤンカットゥ・ニーリ」に登場するニーリが軸になっている。伝承によると、チョーラ朝の王の娘として生まれたニーリは、夜な夜な家畜を殺して血を飲む吸血鬼のようなヤクシー(夜叉)であった。王に捨てられたニーリは行く先々で恐怖を巻き起こしたが、最後には大樹の下に落ち着き、女神として信仰されるようになったという。主人公チャンドラーは、このニーリという設定である。ただ、彼女のその常人離れした状態には一応科学的な説明が添えられていた。大昔、とある洞窟に生息するコウモリに噛まれたニーリは未知のウイルスに感染し、不老不死の吸血鬼になって、現代まで生き続けているということになっていた。とはいっても弱点はある。まず、直射日光に当たると火傷してしまう。また、どんなケガをしても血液を摂取することで驚異的な回復をするが、心臓を破壊されると死んでしまうようである。ウイルスは感染性で、吸血鬼に噛まれた人間は同じく吸血鬼になってしまう。

 チャンドラー(カリヤーニー・プリヤダルシャン)は、スウェーデンからインドのカルナータカ州の都市に降り立ち、集合住宅地で生活を始める。彼女の部屋の向かいの部屋に友人たちと同居するサニー(ナスレン)はチャンドラーを見初めるが、同時に彼女の行動を不審に思う。最近、臓器密売マフィアが横行しており、サニーはチャンドラーがその一味ではないかと疑う。ある晩、夜道を歩くチャンドラーをサニーは尾行する。サニーは臓器密売マフィアに襲われ、眠らされる。サニーがチャンドラーを助けようとしたが、目を覚ましたチャンドラーは異常な力を発揮し、暴漢たちの首筋に噛みついて殺してしまった。サニーは、チャンドラーが吸血鬼ニーリであることを知る。

 暴漢たちの遺体が発見され、警察官ナチヤッパー・ゴウダー警部補(サンディー・マスター)が捜査を開始した。ナチヤッパーは元々チャンドラーに目を付けており、この事件の容疑者も彼女だと考えた。ナチヤッパー警部補はチャンドラーの留守中に彼女の家に侵入し証拠を探す。だが、そこへチャンドラーが現れる。ナチヤッパーはチャンドラーに噛まれるが助かる。一方、ナチヤッパーの撃った弾は駆けつけたサニーに当たってしまう。サニーの友人ナイジル(アルン・クリヤーン)とヴェーヌ(チャンドゥー・サリーム・クマール)はチャンドラーの指示に従ってサニーを廃墟と化した病院「マイケルの診療所」に連れて行く。サニーは治療を受け、何とか一命を取り留める。

 チャンドラーとサニーはテロリストとして指名手配される。彼らは警察官に急襲されるが、チャンドラーの仲間マイケル(トヴィノ・トーマス)に助けられる。一方、チャンドラーに噛まれたナチヤッパーにはウイルスが伝染し、彼も吸血鬼になった。ナチヤッパーは、他にも同じような吸血鬼が世界中に存在するはずだと考え、そのリーダーに会うため、ホーリー・グレイル・カフェに避難していたチャンドラーを襲う。チャンドラーは死闘の末にナチヤッパーを倒し、地下に封印する。

 「Chapter 1」だけではまだ全貌が見えない作品だ。第1章では確かにチャンドラーが主人公なのだが、さらに多くのキャラクターが背後に控えており、さらに壮大なストーリーが用意されているのは間違いない。これはその序章に過ぎない。プロデューサーのドゥルカル・サルマーンが限定的にしか登場していなかったこともその証拠だ。既に続編「Chapter 2」の製作も発表されているが、今度はトヴィノ・トーマス演じるマイケルが主人公になるようで、やはり次回もドゥルカルは脇役に回りそうである。そうなると、一体何部構成のシリーズになるのであろうか。

 スーパーヒーロー映画ではあるが、主人公チャンドラーが吸血鬼ということもあって、ホラー映画の要素もあった。さらに、チャンドラーは何者かに命を狙われている上に警察から指名手配も受けるが、彼女と行動を共にしていたサニーもそれに巻き込まれてしまう。サニーはごく一般的な男性であり、彼とその友人たちはコミカルな役割を担っている。つまり、スーパーヒーロー映画とホラーコメディー映画を掛け合わせたような味付けになっているが、それらは決して失敗していない。壮大さと安っぽさが不思議な同居をしている。ただし、ダンスをしているシーンはあるが、インド映画で一般的な、振付された群舞のようなものはない。

 アクション映画として観ても、他の言語のアクション映画と比べて遜色ない出来である。長回しを使った独創的な戦闘シーンもあり、迫力があった。女性のアクションヒーローというのもポイントが高い。カリヤーニー・プリヤダルシャンのクールな演技がたまらなかった。

 「Lokah Chapter 1: Chandra」は、マラヤーラム語映画界が総力を結集して送り出した壮大なスケールのスーパーヒーロー映画シリーズの序章である。ケーララ州に伝わる民間伝承をモチーフにしており、ローカル色が出ている一方で、その仕上がりは汎インド映画として他の地域に住むインド人たちにもアピール力がある。ヒンディー語映画「Brahmastra Part One: Shiva」(2022年/邦題:ブラフマーストラ)やテルグ語映画「Kalki 2898 AD」(2024年/邦題:カルキ 2898-AD)に勝るとも劣らないシリーズに成長していく予感がする。もはやマラヤーラム語映画を地味とは呼ばせない。そんな強烈なメッセージが込められた、マラヤーラム語映画史の転換点にもなるエポック・メイキングな作品である。