
難病や障害を持つ人物を主人公にして感動を呼び起こそうとする作品はインドに限らず世界中に数多くある(参照)。第一、映画の題材にしやすいし、感動作になるに決まっている。個人的にはそのような安易に感動を売る映画は手放しで評価しておらず、一定の距離を置いて観るようにしている。2025年7月18日公開の「Tanvi the Great」は、自閉症の女性を主人公にした映画であり、どうしても先入観を持って扱ってしまう。自閉症といえば、シャールク・カーン主演の「My Name Is Khan」(2010年/邦題:マイ・ネーム・イズ・ハーン)が過去にあった。
監督はアヌパム・ケール。ヒンディー語映画界で個性派俳優として知られる人物であり、過去に「Om Jai Jagadish」(2002年)を撮ったことがある。本作は彼の監督第2作になる。また、彼はインド人民党(BJP)とナレーンドラ・モーディー首相の熱烈な支持者であり、昨今彼の出演する作品は愛国主義的、かつ親BJP的な映画が多い。「Tanvi the Great」は、自閉症に愛国主義をミックスしており、そこに目新しさがある。また、アヌパムの姪が自閉症であり、彼女から着想を得て原案が作られたようである。
プロデューサーもアヌパムが務めているが、他にインド中央政府情報放送省下の国立映画開発公社(NFDC)から出資を受けている。インド陸軍を礼賛する内容であるために政府の協力が得られたのだと思われるが、政治的なコネも疑ってしまう。
作曲はMMキーラヴァーニ、作詞はカウサル・ムニール。主演を務めるのは新人のシュバーンギー・ダット。アヌパムが経営する俳優学校の卒業生のようである。アヌパム・ケール自身も重要な脇役で出演している。また、アルヴィンド・スワーミー、ボーマン・イーラーニー、ジャッキー・シュロフ、パッラヴィー・ジョーシー、カラン・タッカル、ナーサルなどが出演している。
映画の中にはシアチェン(Siachen)という地名が登場する。これはインド最北部、パーキスターンとの最前線に位置する氷河の名前である。標高6,000m前後あり、しばしば「世界最高所の戦場」と呼ばれる。インド陸軍の軍人にとっては憧れの駐屯地であるらしい。
自閉症の21歳女性タンヴィー・ラーイナー(シュバーンギー・ダット)は、インド陸軍の軍人だった父親サマル大尉(カラン・タッカル)がシアチェン氷河に向かう途中に地雷によって殉死した後、母親ヴィディヤー(パッラヴィー・ジョーシー)と共にデリーに住んでいた。ヴィディヤーはタンヴィーを大切に育てると同時に自閉症の研究にも従事し、米国で世界自閉症基金(WAF)が主催する9ヶ月間のプログラムに参加することになった。ヴィディヤーはタンヴィーを、ウッタラーカンド州の陸軍駐屯地ランズダウンに住む祖父プラタープ大佐(アヌパム・ケール)に預けることにする。プラタープ大佐は、息子と妻を相次いで失い、自閉症の孫娘とも距離を置いて一人で暮らしていた。音楽好きのタンヴィーはランズダウン滞在中、音楽家ラザー(ボーマン・イーラーニー)に音楽を習うことになる。
プラタープ大佐は当初タンヴィーの扱いに慣れておらず、彼女の機嫌を損ねることも少なくなかった。タンヴィーは父親の遺物が保管された部屋に入り残されていたビデオを観たことで、シアチェン氷河でインド国旗に敬礼をするという父親の夢を思い出し、自分も陸軍に入隊すると言い出す。陸軍のルールでは、自閉症の者の入隊は禁止されていた。それを知っていたプラタープ大佐はタンヴィーを止めようとするが、それがますます彼女の反発を招く。とうとうプラタープ大佐も折れ、ヴィディヤーの勧めもあって、夢に向かって突進する彼女を止めないことにする。
タンヴィーは、シュリーニヴァーサン少佐(アルヴィンド・スワーミー)が教えるアカデミーに入学する。シュリーニヴァーサン少佐は過去にサマル大尉に命を救われたことがあり、タンヴィーの入学を断れなかった。タンヴィーは持ち前の集中力を発揮して訓練に真剣に打ち込む。卒業間近に彼女はシュリーニヴァーサン少佐の命令に背いて、崖から落ちそうになったラザーを救った。これがきっかけでアカデミーから追放されてしまう。
9ヶ月のプログラムを終え、ヴィディヤーがインドに帰ってきた。ヴィディヤーは見違えるように立派になったタンヴィーを見て喜ぶ。だが、タンヴィーは陸軍入隊の夢を諦めていなかった。彼女は入隊テストを受けて一次・二次試験に合格し、面接まで進む。だが、面接官のKNラーオ准将(ナーサル)から自閉症の者は入隊できないと拒絶され、不合格になる。
父親の夢を叶えるためにシアチェン氷河に行きたいというタンヴィーの思いを知ったプラタープ大佐は彼女をベースキャンプまで連れて行く。だが、タンヴィーの最終目的地は最前線のバーナー・ポストであった。なぜなら死ぬ直前に父親の赴任が決まった場所だったからだ。しかし、一般市民の立入は厳禁であった。万事休すの状態であったが、そこへプラタープ大佐の友人ジョーシー准将(ジャッキー・シュロフ)がヘリコプターに乗って現れ、事情を知ったインド陸軍がタンヴィーにバーナー・ポスト入域の特別許可を出したと知らせる。タンヴィーは軍人と共にバーナー・ポストまでたどり着き、インド国旗を立てて敬礼する。自閉症の女性がバーナー・ポストまで到達したというニュースはインド中を駆け巡る。
自閉症のタンヴィーは、他の人々とは言動や思考が異なっていた。誰かから言われたことを文字どおりに捉え、それを忠実に守ろうとするし、思い通りに行かないと癇癪を起こすこともあった。歩き方、走り方も変だし、場の空気を読むこともできなかった。つまり、「普通」ではなかった。「普通」ではないということは、一般的には「異常」ということになるが、この映画の副題「Different… But No Less(違う、でも劣っていない)」が示す通り、それは決して他人にできることができないというようには捉えようとしていなかった。むしろ、「普通」の対義語は「並外れた」であり、だから「Tanvi the Great」なのである。
タンヴィーの母親ヴィディヤーは最初からタンヴィーの才能を認めていた。自閉症の人の成長にとってもっとも大切なのは家族の理解と支えであり、ヴィディヤーはそれを十分にタンヴィーに与えていた。だが、タンヴィーももう21歳になっており、自立の時期が来ていた。ヴィディヤーは次の段階として、タンヴィーに自立を教えようとする。そのいい機会がやって来た。ヴィディヤーは自身のキャリアアップのため米国で開催される自閉症研究者のプログラムに参加することにしたのである。期間は9ヶ月だった。その間、ヴィディヤーはタンヴィーをプラタープ大佐の家に預けることにする。プラタープ大佐はヴィディヤーの夫サマルの父親であり、タンヴィーの祖父であった。だが、プラタープ大佐は自閉症のタンヴィーと距離を置いていた。タンヴィーもその距離感を敏感に感じ取り、プラタープ大佐を「お祖父ちゃん」とは呼ばず、「大佐」と他人行儀に呼んでいた。
退役軍人のプラタープ大佐は規律第一の人生を送ってきたため、好き勝手に生きているように見えるタンヴィーに我慢がならなかった。彼はタンヴィーの両親の教育が悪かったからだとも考えていた。タンヴィーを預かったプラタープ大佐は、タンヴィーを「操る(handle)」または「何とかする(manage)」と発言するが、ヴィディヤーはタンヴィーを「発見(discover)」してほしいと頼む。その言葉の通り、この9ヶ月間はプラタープ大佐にとってタンヴィー発見の期間になった。
この期間、当初は音楽を習っていたタンヴィーであったが、父親の思い出に触れたことで、シアチェン氷河でインド国旗に敬礼するという父親の夢を思い出す。シアチェン氷河には軍人にならなければ行けないことから、彼女は突発的にインド陸軍への入隊を宣言する。それがまたプラタープ大佐を困らせるのだった。インドでも女性軍人はもはや珍しくないが、ネックになっていたのは彼女の自閉症である。インド陸軍のルールでは、自閉症の者は入隊できないことになっていた。
それでも、父親の戦友だったシュリーニヴァーサン少佐の協力もあって彼女は訓練を受けることができ、自閉症特有の集中力も手伝って、メキメキと上達する。プラタープ大佐も、愛国よりも富や名声を優先するいまどきの若者よりも、誇らしげに「ジャイ・ヒンド(インド万歳)」と敬礼するタンヴィーの方に愛着を感じるようになり、彼女を応援するようになる。ただ、シュリーニヴァーサン少佐はタンヴィーが自閉症であることを知っており、入隊テストを受けても合格できないこともよく理解していた。タンヴィーの心を傷付けないように、頃合を見計らって、彼女が夢を諦めるように仕向けようとしていた。実際、彼は命令違反をしたタンヴィーをアカデミーから追い出す。
それでもタンヴィーは諦めず、独自に入隊テストを受けることにした。筆記試験や体力テストは合格するものの、面接で自閉症であることが面接官に分かってしまい、不合格になる。だが、このときまでにタンヴィーの強力なサポーターになっていたプラタープ大佐は、彼女を自らシアチェン氷河まで連れて行くことにする。
ランズダウンまでのストーリーは、インド映画らしく歌と踊りを効果的に織り交ぜながら、テンポよく進む。リアリズムとファンタジーの調合もちょうど良く、タンヴィーのおかしくも憎めない行動や発言にクスッと笑いながら楽しく鑑賞できる。ただ、舞台がシアチェン氷河に飛ぶと、途端に低予算映画としての限界が見えてしまい、多少興ざめする。そもそも一般市民がシアチェン氷河まで簡単に行けてしまうことが信じがたい。それでも、高揚感ある終わらせ方をするためには必要な飛躍だったとも感じる。
「Tanvi the Great」には、この種の映画によくありがちな、啓蒙主義的な要素が色濃い。観客が楽しみながら自閉症の理解を深めることができるような構成になっており、アヌパム・ケール監督がこの映画を作った第一の動機も啓蒙にあったことは間違いない。「インドではまだ自閉症の理解が進んでいない」といったセリフも聞こえてきた。その一方で、タンヴィーを軍人一家に所属させることで、愛国主義と軍人礼賛を盛り込もうともしている。非常に贅沢な盛り合わせである。この類い稀な混ぜ合わせは一定の成功を収めている。とにかく泣ける映画だが、それは自閉症のみから来る涙ではない。国を愛し、国を守るために命を捧げる兵士たちへの敬意がまぶしくて溢れて来る涙もある。タンヴィーのように軍隊に入隊したくなる効果も認められ、募兵映画と表現してもいいかもしれない。ひとつの石でいくつもの鳥を落とそうと狙った野心的な作品である。
孫娘に対する思いが劇的に変化するプラタープ大佐役を演じたアヌパム・ケールは、またひとつ素晴らしい演技を見せていた。主演タンヴィー役を演じたシュバーンギー・ダットも、さすが彼に認められただけあって、新人ながら申し分ない才能を持った役者であった。脇役にも、アルヴィンド・スワーミー、ジャッキー・シュロフ、ナーサルなど、南北から著名な俳優が起用されており、映画の質を高めていた。もちろん、ボーマン・イーラーニーやパッラヴィー・ジョーシーも好演していた。
MMキーラヴァーニ作曲、カウサル・ムニール作詞の楽曲からは新しさを感じた。基本的にはポップな音楽が多く、歌詞にはヒンディー語と英語の斬新なミックスが見られた。歌詞とストーリーの親和性も高かった。
ちなみに、撮影監督は日本人の中原圭子である。「Mary Kom」(2014年)や「Tanhaji」(2020年)などで知られている。映画の中でもジャッキー・シュロフが架空の「日本人哲学者」として彼女の名前を使っていたような気がする。
「Tanvi the Great」は、いってみれば低予算映画ではあるが、自閉症啓蒙、愛国心高揚、そして募兵といった多くのアジェンダを一度に実現しようとする野心的な映画でもある。下手するとごった煮になってしまうそうなところを、見事なバランス感覚で調和させており、完成度の高い感動作に仕上がっていた。アヌパム・ケール監督の姪が自閉症ということもあって、個人的な思いのこもった作品にもなっていた。必見の映画である。
