
2025年3月14日公開の「The Diplomat」は、パーキスターン駐在のインド人外交官JPスィンが主人公の、実話にもとづく映画である。2017年にインド人女性ウズマー・アハマドはマレーシアで出会ったパーキスターン人男性と恋仲になり、ワーガー国境からパーキスターンに入国するが、入国した途端にアフガーニスターンとの国境地帯にあるカイバル・パクトゥーンクワー州ブーネールに連行され、銃で脅されて結婚を強要され、そのまま監禁される。ウズマーは何とか口実を付けて首都イスラーマーバードのインド大使館へ行き、庇護を求める。JPはウズマーの帰国に尽力した外交官であり、「The Diplomat」はこの事件を映画化したものである。
監督は「Bhaag Johnny」(2015年)や「Naam Shabana」(2017年)のシヴァム・ナーイル。プロデューサーと主演を務めるのがジョン・アブラハムで、彼がJPスィンを演じる。ウズマー役を演じるのは「Shikara」(2020年)でデビューしたサーディヤー・カティーブ。他に、クムド・ミシュラー、シャリーブ・ハーシュミー、レーヴァティー、アシュワト・バット、ベンジャミン・ギーラーニー、ジャグジート・サンドゥー、ヴィシャール・ヴァシシュタなどが出演している。
ちなみに、ウズマーの事件が起きたときの外相はインド人民党(BJP)のスシュマー・スワラージが務めていた。スワラージ外相はJPスィンと連携を取ってウズマーの帰国を支援しており、映画の中にも彼女は実名で登場する。レーヴァティーがスワラージ外相役を演じており、映画の最後には彼女自身の映像も使われている。スシュマー・スワラージに謝意も表明されているが、これはちょうど同じ時期に公開された「Thandel」(2025年/邦題:タンデール 君の声を聴きたくて)と共通している。BJPのモーディー政権が3期目に入っている中、2019年に亡くなったスシュマー・スワラージを持ち上げるような作品が立て続けに公開されたことに何らかの意図を感じずにはいられない。
2017年、イスラーマーバードのインド大使館にウズマー・アハマド(サーディヤー・カティーブ)と名乗る自称インド人女性が駆け込んでくる。在パーキスターンのインド大使館公使を務めていたJPスィン(ジョン・アブラハム)は、2008年にカーブルのインド大使館で起こった爆発事件のことを思い出しつつも、彼女を大使館にかくまう決断をする。JPは大使館員にウズマーの身辺調査や身体検査をするが、怪しい部分は見つからなかった。
ウズマーは、カイバル・パクトゥーンクワー州ブーネールに住むパーキスターン人男性ターヒル(ジャグジート・サンドゥー)にだまされてパーキスターンに入国し、無理やり結婚させられ、監禁され拷問を受けていると訴える。彼女の身体には傷の跡も確認できた。JPはパーキスターンの外相(ベンジャミン・ギーラーニー)と連絡を取り、人道的な措置として穏便に彼女をインドに帰国する手はずを整えるが、パーキスターン政府は彼女をスパイだと断定し、諜報機関ISIのマリク局長(アシュワト・バット)はターヒルと結託して彼女の帰国を妨害しようとする。パーキスターン人男性と結婚したインド人女性がインド大使館に幽閉されているというニュースをメディアにリークし、彼女の問題は印パ間の外交問題に発展する。
JPはインドのスシュマー・スワラージ外相(レーヴァティー)の後方支援を受けながらウズマーの帰国を実現させようとする。インド大使館の外に出ることを渋るウズマーを説得し、彼女を裁判所まで連れて行って証言をさせる。裁判長も公正な判断を下し、ウズマーの帰国を許可する。だが、マリク局長の妨害を予想したJPはすぐさま彼女を連れてワーガー国境まで行く。案の定、ターヒルとその仲間たちがウズマーを殺そうとやって来るが、JPは自ら自動車を運転して逃げ切る。そしてJPは悔しそうに見守るマリクを背にウズマーをインド側で待つスワラージ外相に引き渡す。
主演ジョン・アブラハムは筋肉派の男優であり、アクション映画を得意としている。だが、「The Diplomat」ではあえて肉弾戦を避けている。なぜなら彼が演じるのは外交官だからだ。彼の演じるJPスィンは、パーキスターンというインド人外交官にとってもっとも困難な土地において、あらゆる外交チャンネルを駆使してパーキスターンに囚われたインド人女性を帰国させようと尽力する。いつものジョンなら暴れ出すところで暴れ出さず、終始冷静に事態を収拾しようとする姿が新鮮で、おかげで緊迫感ある展開が続いた。ジョンの真骨頂である。
ウズマーをインド国境まで送り届ける終盤のミッションもスリルあるものだったが、もっとも緊張感を生んでいたのは、ウズマーの正体が途中までよく分からなかった点である。もしかしたらウズマーはインド人女性を装ってインド大使館に飛び込んできた自爆テロリストかもしれない。もしそうだったら、大使館員の命を危険にさらしてしまう。だが、もし彼女が本当にインド国民であったら、彼女を庇護し、無事に母国に送り届けるのは外交官の義務となる。JPはリスクと義務の間で板挟みになりながらも、ウズマーを信じる選択肢を採る。
パーキスターンの再現度も高いと感じた。もちろん、このようなパーキスターンを敵地として描く作品がパーキスターンで撮影できるはずがない。イスラーマーバードとして出て来た風景も別の場所で撮られたのだろうし、パーキスターンとアフガーニスターン国境のカイバル峠近くとされる光景も、実際に当地で撮影されたものであるはずがない。ウズマーの夫ターヒルはパターン人であり、パシュトー語を話していた。言語的に考証がしっかりしていたかの判定はできないが、いかにもパターン人という感じのしゃべり方をしていた。
ただ、実話にもとづく物語であるためなのか、疑問に感じた部分もあった。もっとも気になったのはウズマーの娘ヌールに関する事柄だ。ヌールはサラセミアという遺伝性の疾患を患っており、ウズマーがパーキスターンを訪れたのも娘の治療が目的であった。だが、彼女がパーキスターンに入国したときにヌールを連れておらず、彼女がブーネールに監禁された後もヌールと連絡を取ろうとしていなかった。ヌールは実在しており、おそらく彼女の素性がばれないようにあえて情報を制限したのだろうが、そのせいで映画としてスッキリしない部分が出て来てしまっていた。
ウズマーの帰国が決まった後、JPは即座にワーガー国境を目指すが、この強行突破もサプライズであった。今まで慎重かつ冷静に事を進めてきただけに、ほとんど周到な準備もなく夜のパーキスターンを大した護衛もなしに突っ走るのは違和感が半端なかった。だが、パーキスターンにおいてインド人外交官は四六時中監視下に置かれており、当局を出し抜くにはあえてこのような無謀な行動が必要だったのかもしれない。
主演ジョン・アブラハムは気付けば20年以上業界にとどまっており、俳優のみならずプロデューサーとしても成功している。デビュー当初、彼がこれほど息の長い成功者になると誰が想像しただろうか。「The Diplomat」において彼はあえて自分の得意とするアクションを封じ、沈着冷静な外交官を演じることで、ますます引き出しの数を増やした。今後の活躍にも期待したい。
ウズマー役を演じたサーディヤー・カティーブも好演していたし、脇役陣も適材適所で物語を盛り上げていた。
「The Diplomat」は、筋肉派のジョン・アブラハムがあえて筋肉を封印し、頭脳を巡らせて問題解決を図る外交官を演じる外交ドラマである。実話にもとづいている点で勉強にもなるし、また弱みもあったが、総じてスリリングな展開を楽しむことができる作品だ。なにしろパーキスターンに駐在するインド人外交官の物語なのである。必見の映画である。