
2025年1月10日公開のテルグ語映画「Game Changer」は、タミル語映画界で「Indian」(1996年)、「Sivaji: The Boss」(2007年/邦題:ボス その男シヴァージ)、「Robot」(2010年/邦題:ロボット)などのエポックメイキングな超大作を送り出してきたシャンカル監督が初めて撮ったテルグ語映画である。
主演は「RRR」(2022年/邦題:RRR)のラーム・チャラン。ヒロインはヒンディー語映画女優のキヤーラー・アードヴァーニー。悪役は「Jigarthanda DoubleX」(2023年/邦題:ジガルタンダ・ダブルX)のSJスーリヤー。他に、アンジャリ、シュリーカーント、スニール、ジャヤラーム、サムティラカニ、ブラフマーナンダムなどが出演している。
オリジナルはテルグ語だが、タミル語版とヒンディー語版も同時公開された。鑑賞したのはテルグ語版で、英語字幕を頼りに内容を理解した。
ヴィシャーカパトナムの県徴税官として赴任したラーム・ナンダン(ラーム・チャラン)は元々警察官僚(IPS)だったが、恋人のディーピカー(キヤーラー・アードヴァーニー)から行政官僚(IAS)にならないと結婚しないといわれ、猛勉強して国家公務員試験(UPSC)に合格し、徴税官になっていた。ラームは管轄内で違法行為を働くマフィアを一斉に呼び出し、厳罰をちらつかせて汚職や不正を一網打尽にし始める。サンド・マフィアと結託して裏金を得ていたボッビリ・モーピデーヴィ大臣(SJスーリヤー)は激怒するが、ラームには手が出せなかった。モーピデーヴィ大臣はアブダヤム党の党首にしてアーンドラ・プラデーシュ州の州首相、ボッビリ・サティヤムールティ(シュリーカーント)の養子だった。サティヤムールティ州首相の実子ボッビリ・ムニマニキャム(ジャヤラーム)と次期州首相の座を争っていた。
県徴税官になって以来、ラームはディーピカーの行方を探していた。彼女がヴィジャヤナガラムで老人ホームを運営していることが分かり会いに行く。その老人ホームには精神を患った老婆パールヴァティー(アンジャリ)が住んでいた。ラームはパールヴァティーをサティヤムールティ州首相の演説会に連れて行く。するとパールヴァティーはサティヤムールティ州首相を糾弾し始める。モーピデーヴィ大臣が止めようとすると、ラームは公衆の面前で彼に平手打ちを喰らわす。パールヴァティーを見たサティヤムールティ州首相は急に倒れ、救急搬送される。朦朧とした意識の中でサティヤムールティ州首相はラームを停職とし、モーピデーヴィ大臣を党から追放しようとする。だが、モーピデーヴィ大臣はサティヤムールティ州首相を殺してしまう。
停職になったラームはその期間中にディーピカーと結婚しようとする。だが、モーピデーヴィ大臣が州首相に就任する観測が強まり、彼は逮捕される。警察はラームを暴漢たちの中へ放り込む。サティヤムールティ州首相の死去が公表されるが、それと同時にサティヤムールティ州首相の右腕だったサバー(サムティラカニ)が、州首相が生前に録画していた動画を流す。そこで彼はラームを次期州首相に指名する。殺されそうになったラームは警察によって救い出され、ヘリコプターで州首相官邸に呼ばれる。そこで彼はサティヤムールティの葬儀を行った後、サバーから出生の秘密を聞かされる。
ラームの実の父親は、活動家でアブダヤム党の創始者アッパンナー(ラーム・チャラン)だった。だが、アッパンナーにはどもり症があり、彼は演説を若きサティヤムールティに任せた。演説のうまいサティヤムールティは民衆から熱烈に支持された。それを見たアッパンナーは彼を州首相候補にする。アッパンナーは一切金を使わない選挙を掲げていた。だが、金にくらんだサティヤムールティは企業から多額の賄賂を受け取る。それを知ったアッパンナーはアブダヤム党を解散しようとするが、その前にサティヤムールティは彼を暗殺してしまった。だが、アッパンナーの妻パールヴァティーとその息子ラームを殺し損なっていた。アブダヤム党は選挙に勝利し、サティヤムールティは州首相に就任する。また、彼は証拠隠滅のためにラームと合わせて殺した相棒の息子を養子にしていた。それがモーピデーヴィ大臣であった。
ラームは州首相に就任しようとするが、モーピデーヴィ大臣がそれを止める。ラームはIASを辞任しなければ州首相になれなかった。だが、彼に平手打ちされたモーピデーヴィ大臣が被害届を出し彼は停職処分になっていたため、辞任できない状態になっていた。ラームは仕方なくモーピデーヴィが州首相になることを認める。モーピデーヴィ州首相は早速ラームを左遷しようとするが、ラームは選挙管理者として選挙を公示する。選挙が公示されたことで州首相の権限は制限されることになり、選挙期間中はラームを左遷できなくなった。モーピデーヴィ州首相は選挙に勝ってラームに引導を渡そうとする。ラームは選挙管理者の権限をフル活用しモーピデーヴィ州首相とアブダヤム党の候補者の力を削っていく。一方、サバーはプラジャー・アブダヤム党を立ち上げ、モーピデーヴィ州首相に対抗する。
投票が行われ、開票作業が始まった。モーピデーヴィ州首相は開票所を襲撃するが、ラームはそれを迎え撃つ。最後はラームとモーピデーヴィ州首相の一騎打ちとなり、ラームがモーピデーヴィ州首相を倒す。選挙でプラジャー・アブダヤム党が勝利し、ラームは貧しい民衆のための誠実な政治を行うことを約束する。
雑な映画だった。それがシャンカル監督の持ち味といえば持ち味なのだが、従来の彼の作品では理屈を押さえ込むほど圧倒的な空前絶後の映像力があったため、雑さを雑に感じない面白さがあった。だが、「Indian 2: Zero Tolerance」(2024年)の後にシャンカル監督が送り出したこの「Game Changer」はいってみれば少し派手な政治劇止まりであり、スケールの大きさを感じなかった。期待作でありながら大コケした映画であるが、インド人観客のその評価は正しい。
インド最高の頭脳である行政官僚(IAS)が州首相になるという展開は、シャンカル監督自身の「Nayak」(2001年)の焼き直しに感じた。しかも、主演ラーム・チャランの演じるラームは悪事を見ると身体が勝手に動いて成敗してしまうような実直なキャラであった。2010年代に流行した汚職撲滅映画の一種とも捉えられるが、この映画でラームの実行する世直しはどれも表層的なものに過ぎなかった。しかも、一度に多くの問題に触れすぎで消化不良を起こしていた。セクハラ、パワハラ、資源の乱掘、政治腐敗、選挙不正など、ベルトコンベア式に諸問題が流れていく。その点はアトリー監督の「Jawan」(2023年/邦題:JAWAN ジャワーン)にも似ていた。
無理に2時間30分内に収めようとしたのか、ストーリーはものすごいスピードで進んでいく。その割にはアクションシーンやダンスシーンにたっぷり時間が割かれており、アンバランスに感じた。まるで「ストーリーはどうでもいいからアクションとダンスだけ楽しんでおいてくれ」と言っているかのようである。
シャンカル監督の作品としては期待外れの出来だったのだが、面白く感じたのは主人公ラームと悪役モーピデーヴィが法律を駆使して相手を潰し合おうとすることである。IASのラームは県徴税官(District Collecter)としてヴィシャーカパトナムに赴任するが、やり取りの中で県徴税官の持つ権限や制限がひとつひとつ説明されていた。その中には選挙を公示する権限もあり、それが終盤で重要な役割を果たす。この映画の説明通りだとすれば、県徴税官には強力な権限が与えられており、大臣や州首相の脅迫に屈することはないことが分かる。もしかしたらインド全国のIASに、政治家を恐れずに法律を執行すればインド社会は改善することを伝えたかったのかもしれない。県徴税官は別の管轄区域に行くときに当該地域の県徴税官から許可が要るということも説明されており、それは初耳であった。ただ、あくまで娯楽映画での説明であるため、IASに関しての情報がどこまで本当なのか不明である。
主演のラーム・チャランは一人二役を演じていたが、特にアッパンナー役の演技が注目される。資源乱掘に反対する活動家として登場し、人々から持ち上げられる形で政党を立ち上げて選挙に挑む。だが、どもり症があり、演説に不安があった。アッパンナー役を演じているときのラーム・チャランの演技は、「Rangasthalam」(2018年/邦題:ランガスタラム)を思わせるものだった。
ヒロインのキヤーラー・アードヴァーニーはほとんど添え物で、彼女の起用は単にヒンディー語圏の市場を狙っただけだと感じた。映画の冒頭だけは舞台がウッタル・プラデーシュ州とされていたのも同じ理由であろう。悪役のSJスーリヤーはオーバー気味のエキセントリックな演技を見せ、全く同情の余地のない悪党になりきっていた。ラーム・チャランに十分対抗できるだけのインパクトを残していた。
「Game Changer」は、シャンカル監督初のテルグ語映画ということで話題を呼んでいた。主演も「RRR」の世界的な成功で一躍「グローバルスター」に躍り出たラーム・チャランであり、失敗する気がしない。だが、それでも大失敗に終わってしまった。シャンカル監督の前作「Indian 2」も大コケしたため、これで2本連続の失敗になる。数々のヒット作を送り出してきたシャンカル監督も既に還暦を迎えており、もしかしたら最盛期は過ぎたのかもしれない。シャンカル監督のことが心配になる出来の映画だった。