Jahangir National University

2.5
Jahangir National University
「Jahangir National University」

 筆者は2001年から2013年までインドに住んでいたが、その内の2003年から13年までは首都デリーの南部に位置するジャハーラルラール・ネルー大学(JNU)の学生であり、2005年から13年までキャンパス内の寮に住んでいた。JNUは小学校の6年間よりも長い時間を過ごした教育機関であり、自分のインド経験の礎となっている。

 日本ではインドの大学というととかくインド工科大学(IIT)がもてはやされるが、インドの教育制度上ではIITは「Institute」、つまり単科大学であり、複数の学部学科を擁する総合大学「University」とは厳密に区別されている。日本語にするとどちらも「大学」になってしまうので、日本人にはその違いが分かりにくい。また、デリー大学(DU)など学士号(Bachelor)が取れる一般的な大学の年限は3年であり、日本の大学に当てはめると教養課程に近い。インドでは「Under Graduate(UG)」と呼ばれる。一方、日本の大学の専門課程と似た立ち位置にあるのが、修士号(Master)以上が取れる大学院大学になる。こちらは「Post Graduate(PG)」と呼ばれる。

 1969年に創立されたJNUは、全寮制を基本とした国立総合大学である。主にPG向けの学部学科で構成されるが、一部UG向けのコースも用意されている。総合大学としてはインドで一二を争う名門校である。日本の最高学府である東京大学と比肩しうるのは、実はIITではなくJNUの方である。

 学問や研究以外の話題でもJNUはよく名を知られている。キャンパスは自由な雰囲気で知られており、インドでは例外的に男女の間の垣根が低い。かつて、男女が手をつないで歩いているのを見られるのはインド広しといえどJNUだけといわれていた。また、北インドの貧しい地域から多くの学生が来ることから伝統的に左翼の勢力が強く、「レッド・キャンパス」の異名を持つ。学生運動が非常に盛んな大学であり、国家的な事件が起きると学生たちがすぐにデモ活動を始める。学生自治会の選挙では、大学内の細かいことよりも国政のことで論戦が交わされる。

 2014年に中央でモーディー政権が樹立して以降、JNUでは全国的な注目を集める事件がいくつも起こった。2016年にはキャンパス内で学生政治家たちによってカシュミールの独立など反国家的なスローガンが連呼されて物議を醸し、2020年には暴徒がキャンパスに侵入して左翼系学生たちに暴行を働いた。

 これだけ有名な大学であるため、映画において直接または間接的に取り上げられることも多く、その数はIITに次ぐ。「Raanjhanaa」(2013年)の後半で舞台になる大学は、ロケ地は異なるものの、JNUそのものであるし、「The Kashmir Files」(2022年)でもJNUをもじったANUが重要な舞台になっていた。

 さて、2024年6月21日公開の「Jahangir National University」は、JNUの映画だといっても過言ではない。まず、題名の頭文字がそのまま「JNU」である。「ジャハーンギール」と聞いて真っ先に思い浮かぶのはムガル朝第4代皇帝である。モーディー政権下のインド各地ではイスラーム教所縁の地名をヒンドゥー教的な名称に変更する動きが活発化しているが、意味深な題名だ。映画に登場する大学はあくまで架空の「ジャハーンギール国立大学」であって実在するJNUとは関係ないという体裁だが、明らかに実在のJNUをほぼ名指しして映画にしている。2013年から20年までJNUキャンパス内で起こった事件を潤色した内容だが、完全にヒンドゥー教右派の立場に立っており、モーディー首相が礼賛され、左翼政党がおとしめられている。2024年の下院総選挙に合わせて作られたプロパガンダ映画の一種に違いないが、公開は選挙終了後であり、選挙の大局には影響がなかった。

 監督は新人のヴィナイ・シャルマー。本業は俳優であるが、それほど実績のある人物ではない。彼が監督をしている時点で何らかの力が働いた作品のように感じられてならない。

 キャストは、スィッダールト・ボードケー、ウルヴァシー・ラウテーラー、シヴジョーティ・ラージプート、ジェニファー・ピチナート、アトゥル・パーンデーイ、クンジ・アーナンド、ウマル・シャリーフ、ラシャミー・デーサーイー、ラヴィ・キシャン、ヴィジャイ・ラーズ、ピーユーシュ・ミシュラーなどである。

 脇役陣に実力派が揃っており、若い主役級俳優たちの中では「Hate Story 4」(2018年)に主演のウルヴァシー・ラウテーラーがもっとも有名だ。主演のスィッダールト・ボードケーは「Drishyam 2」(2022年)などに出演していた俳優である。

 2013年、ウッタル・プラデーシュ州出身のサウラブ・シャルマー(スィッダールト・ボードケー)はジャハーンギール国立大学(JNU)に入学する。JNUは、左派学生団体の統一組織が支配権を確立しており、教授にもシンパが多かった。ヒンドゥー教右派の学生団体は左派団体と激しく対立していた。サウラブは左派団体の活動に違和感を感じ、右派団体に接近する。右派団体には、アキレーシュ・パータク、通称バーバー(クンジ・アーナンド)やリチャー・シャルマー(ウルヴァシー・ラウテーラー)などがいた。サウラブは学生自治会の選挙に立候補して勝利し委員になる。バーバーの心をもてあそんだ左派学生団体リーダーのサーイラー・ラシード(シヴジョーティ・ラージプート)はセクハラ防止委員会委員長に立候補するが落選する。折しも国会では下院総選挙が行われ、それまでグジャラート州の州首相を務めていた政治家ヴィール・ナレーンドラ・モーディーが勝利して、ヒンドゥー教右派政権が誕生する。

 2016年の学生自治会でサウラブは書記に立候補し当選する。だが、このとき他の役職は左派団体が席巻し、サウラブのライバルであるクリシュナ・クマール(アトゥル・パーンデーイ)は会長に、サーイラーはセクハラ防止委員会委員長に当選する。クリシュナはキャンパス内で反国家的なスローガンを連呼し、その動画が炎上したことで、警察に逮捕される。だが、すぐに保釈され、政治力を得た。

 2019年、サウラブはJNUの教授になっていた。キャンパス内では暴徒による暴行事件が起き、左派団体に属する学生たちが警察に通報するが、駆けつけた警官、ラームキシャン(ラヴィ・キシャン)とラヴィンドラ・トーカシュ(ヴィジャイ・ラーズ)は学長からの許可がないと入れないと言って門の前でのんびり過ごす。一方、バーバーはキャンパス内でクリケットの試合を開催し、愛国心の醸成に努めていた。

 映画としてはB級以下の出来であった。興行的に失敗に終わったのもうなずける。あからさまにモーディーを持ち上げ左翼をけなしたこの映画がヒットしなかったからといって、それをヒンドゥー教至上主義への反感とか倦怠と結びつけるのは早計である。映画として面白くないのでヒットしなかっただけだと断定できる。ただ、映画の中で表象されている事柄は非常に興味深く、分析する価値がある。

 まず、この映画がターゲットにしているのは左派的なイデオロギーおよび左翼思想に染まった人々である。左派学生団体のリーダーたちはとかく「平等主義」を唱える。だが、それは実際には少数派の過度な優遇であり、多数派の迫害でもあった。JNUでは、指定カースト(SC)、つまり不可触民の学生たちのために英語の補講が行われていた。英語が苦手なガウラヴ・シュリーワースタヴはその補講を受けようとするが、不可触民でないことを理由に教室から追い出される。「シュリーワースタヴ」姓の人はカーヤスト・カーストに属し、上位カーストとされている。英語ができなくて教授から馬鹿にされ、英語の補講すら受けさせてもらえないガウラヴは悲観して自殺してしまう。

 左派の人間は多様性の尊重を訴え、宗教的少数派であるイスラーム教徒の地位向上にも力を注ぐ。左派団体に属するアマル・マリク(ウマル・シャリーフ)はイスラーム教徒であったが、ヒンドゥー教徒のナーイラー(ジェニファー・ピッチナート)と恋仲になり、結婚を考えるようになった。だが、アマルは当然のようにナーイラーをイスラーム教徒に改宗させようとし、ナーイラーの失望を買う。また、左派はフェミニズムも取り込んで女性の権利拡大のために活動するが、あるとき左派のシンパである教授が左派の女子学生をレイプする事件が起きる。左派団体は身内の犯罪には甘く、被害者に口止めをして、事件を必死で隠そうとする。このようなダブルスタンダードがひとつひとつ批判の対象になっていた。

 JNUの左派団体が主催したマヒシャースル殉死記念日は実際にあった出来事だ。マヒシャースルとはドゥルガー女神によって退治された悪魔である。ヒンドゥー教三大祭のひとつ、ダシャハラー祭には、ドゥルガー女神がマヒシャースルを退治した出来事を祝う意味合いも込められている。だが、左派団体はマヒシャースルを虐げられてきた者の象徴と位置づけし直し、ドゥルガー女神による退治ではなくマヒシャースルの「殉死」を祝う行事を提案し、実行した。だが、だからといってドゥルガー女神を冒涜するのは、逆にヒンドゥー教徒の宗教感情を傷付けることにはならないか。そんな当たり前の疑問が呈されていた。

 左派団体はキス・デーなるものの主催していた。これは、右派の過激派が公共の場でいちゃつくカップルに暴行を加える事件が相次いだことを受けて、それへの抗議としてキャンパス内で企画したものだ。公衆の面前でキスをすることで、キスは普通のことだとアピールしているのである。表向きはいかにも好意的に描かれていたが、通常のインド人がこれを見たら引いてしまうだろう。とにかく左派の人間は性的にふしだらだというイメージが拡散されていた。

 左派団体の学生たちは、2014年の下院総選挙でモーディーが首相になることを何としてでも阻止しようとしていた。モーディーが首相候補として選挙を戦うことが決まる前に彼らの間で交わされる会話はとてもリアルである。「ゴードラー事件の記憶が薄れていない中、勝てるはずがない」「グジャラート州を捨てて中央に打って出るはずがない」というようなことが語られ、左派の人間がいかにモーディーを恐れていたかが示される。そしてモーディーの首相就任は右派団体の学生たちによって盛大に祝われる。完全なるモーディー礼賛映画である。

 ちなみに、クリシュナ・クマール、アマル・マリク、サーイラー・ラシードのモデルは明確である。2016年の反国家スローガン事件のときにJNUの学生自治会の中心人物だったカナイヤー・クマール、ウマル・カリード、シェヘラー・ラシードだ。カナイヤーは国民会議派(INC)の政治家に、ウマルは引き続き活動家として活動しており、シェヘラーは地元カシュミールで政治家になった後、急にインド人民党(BJP)寄りの発言をして世間を驚かせている。

 いくらJNUをモデルにした大学が舞台といえど、実際のJNUでロケが行われたわけではない。JNUに似た別の大学がロケ地になったと思われる。ただ、シーンとシーンの間に実際のJNUで撮った画像が挟まれるので、JNUを知る者としては懐かしい光景を目に出来る。雰囲気もなるべくJNUのものを再現しようとしている努力がうかがわれた。

 「Jahangir National University」は、下院総選挙に合わせて作られた親BJPのプロパガンダ映画である。「レッド・キャンパス」の異名を持つ国立総合大学ジャワーハルラール・ネルー大学(JNU)で実際に起きた事件をなぞりながら、左翼のダブルスタンダードが糾弾され、結果的にヒンドゥー教至上主義のイデオロギーを支持する内容になっている。映画としての完成度は低く、プロパガンダに流されないように注意して観る必要もあるが、世相を反映した映画の一本として資料的な価値がある作品だ。