Mr. & Mrs. Mahi

3.5
Mr. & Mrs. Mahi
「Mr. & Mrs. Mahi」

 クリケットの世界で「マーヒー」といえば、2007年から2017年までインド代表チームのキャプテンを務めたマヘーンドラ・スィン・ドーニー選手のことだ。しかしながら、2024年5月31日公開のクリケット映画「Mr. & Mrs. Mahi」は、ドーニー選手の伝記映画ではない。たまたま「マーヒー」というニックネームを持つ夫妻の二人三脚の物語だ。しかも、クリケット選手の夫を妻が支えるという従来ありがちなプロットではなく、その逆で、クリケット選手の妻をコーチを兼ねた夫が支えるという逆内助の功物語である。ちなみに、ドーニー選手の伝記映画としては既に「M.S. Dhoni: The Untold Story」(2016年)がある。

 プロデューサーはカラン・ジョーハルなど。監督は「Gunjan Saxena」(2020年/邦題:グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて)のシャラン・シャルマー。主演はラージクマール・ラーオとジャーンヴィー・カプール。他に、ラージェーシュ・シャルマー、クムド・ミシュラー、ザリーナー・ワハーブ、アリジト・タネージャーなどが出演している。

 ラージャスターン州ジャイプル在住のマヘーンドラ・アガルワール、通称マーヒー(ラージクマール・ラーオ)は、クリケット選手になることを夢見ていたが叶わず、父親ハルダヤール(クムド・ミシュラー)の経営するスポーツ用品店で店員をしていた。マヘーンドラは、医者のマヒマー・グプター、通称マーヒー(ジャーンヴィー・カプール)とお見合い結婚する。マヒマーはマヘーンドラの誠実な人柄に惹かれ、結婚を承諾したのだった。

 結婚後、マヘーンドラはマヒマーが大のクリケット好きであることを知り、意気投合する。マヘーンドラは妻の後押しもあり、再びクリケット選手になる夢を追おうとするが、コーチのベニー・ダヤール・シュクラー(ラージェーシュ・シャルマー)から現実を突き付けられる。マヘーンドラは平均的な選手でしかなかった。

 しかしながら、マヘーンドラはマヒマーにクリケット選手としての才能を見出す。マヒマーは親から医者になることを強要されてたため医者になったが、実は天性の打者であった。マヘーンドラはマヒマーのコーチになることを決め、彼女にクリケット選手の道を目指させる。

 マヒマーは州代表チームに選ばれ、夫婦の二人三脚はうまく行っているかのように見えた。ところがマヒマーだけ有名になったことでマヘーンドラは嫉妬し、彼女に非協力的になる。マヒマーは、マヘーンドラに寄せていた信頼を打ち砕かれ、スランプに陥る。

 それでも、マヘーンドラは母親ギーター(ザリーナー・ワハーブ)から、幸せは有名になることで得られるものではないと諭され反省する。マヘーンドラはマヒマーを応援に行き、彼女に謝る。マヒマーはなかなかマヘーンドラを受け入れようとしなかったが、彼の助言によりスランプを脱し、二人は仲直りする。その活躍によりマヒマーはインド代表に選ばれる。

 クリケット選手の妻を夫がコーチとして支えるという、一昔前では考えられなかった筋書きの映画である。だが、それ故に現代の世相をよく反映した映画でもある。ヒンディー語映画界において女性中心映画の潮流は2010年代に始まったが、2020年代にもそれは衰えを見せず、むしろ男性をサポート役に追いやることでますます強化されている。「Mr. & Mrs. Mahi」は、夫が妻を理解し、支えるだけでなく、コーチの役割まで果たす点が目新しかった。

 だが、スポーツ映画の大きな弱点は、ハッピーエンドに持って行こうとすると、必ず主人公の成功が約束されてしまうことだ。マヒマーがクリケット選手になり、若干のスランプを経験しながらも、インド代表に選ばれるほどに活躍する後半は、よくあるスポーツメロドラマのそれである。鑑賞後の爽快感はあるものの、普通の映画になってしまったという印象は否めなかった。

 むしろ、この映画の美点は前半にある。クリケット選手として大成せず、父親の経営する店を手伝うマヘーンドラと、親の言いなりになって医学を修め医者になっていたマヒマーがお見合い結婚し、結婚後にクリケットという共通の好みを見つけ、急速に仲を深めていく。二人の人間関係の深化がとても丁寧に描かれており、非常に好感が持てた。何より、二人ともスターらしいスターではなく、どちらかといえば負け犬に属するキャラであったのが良かった。

 ただ、前半に既にすれ違いの種は撒かれていた。マヘーンドラはマヒマーにクリケット選手になるように説得するが、マヒマーはそれを無私の勧めと捉えていた。それほどマヒマーは夫を信頼していた。だが、マヘーンドラは有名になりたいという強い承認欲求を持っており、クリケット選手としてその実現ができないと悟った今、妻のコーチとして名声を獲得したいという欲求に駆られていた。このすれ違いが後半に顕在化し、二人の関係には大きな亀裂が走ることになる。前半、あれほど仲睦まじかった二人が、後半になって仲違いしてしまう様を見るのは辛かった。

 この映画が発信していたメッセージは、自分のやりたいことをやれ、ということだ。マヘーンドラもマヒマーも、それぞれ事情は異なっていたものの、現在の自分がやっていることに満足していなかった。マヘーンドラは父親に強制されて店番をしていたが、全くやる気が湧かず、失敗もし、父親から叱られてばかりいた。マヘーンドラの自尊心はズタズタに傷付けられていた。一方、マヒマーも医者になりたくてなったわけではなく、ボーッとしていることが多くて、上司の医者から叱られてばかりいた。二人は似た者同士だった。

 マヒマーは、子供の頃に父親によって無理矢理封印されていたクリケット選手の夢をマヘーンドラによって呼び覚まされ、実際にクリケット選手になることで、自分のやりたいことをやる幸せを得ることができた。より複雑な自己実現をしたのはマヘーンドラだった。彼は、妻ばかりが有名になるのを見て一時的には嫉妬をする。だが、自分が有名になることだけが幸せを得る道でないことを母親から教えられる。その後の彼は妻の活躍を素直に受け止められるようになり、彼女の真のパートナーになる。「Mr. & Mrs. Mahi」は、二人の若者がそれぞれの形で幸せを見つける物語だとまとめることができる。

 マヘーンドラと対比されていたのが、彼の兄スィカンダルだった。スィカンダルは芸能界で活躍する有名人であり、傍から見たら成功者だった。前半では、夢破れたマヘーンドラの負け犬振りを引き立てる役割を果たしていた。マヘーンドラが有名になることにこだわっていた理由のひとつも兄の存在だっただろう。父親は兄ばかりを自慢の息子だと考えていたのだ。だが、セレブとして生きることは必ずしも幸せとはイコールではないと見抜いていたのも母親だった。スィカンダルの幸せにはゴールがなかった。どこまで有名になっても彼は満足が得られず、さらなる高みを目指して焦燥感を捨てられなかった。そんな果てしない競争よりも、自分の関わる人の成功を自分の幸せに変換する生き方もあるということ母親はマヘーンドラに教えたのだった。

 ラージクマール・ラーオは昔から弱さやずるさのある男性役がうまい俳優であり、今回もそのイメージを踏襲していた。注目なのはジャーンヴィー・カプールだ。シュリーデーヴィーの娘として鳴り物入りのデビューを果たしたが、まだ代表作と呼べるものがない。今回はクリケット選手役なので、クリケットのフォームをしっかり練習して撮影に臨んだ。スポーツ選手らしい外見をしているわけではないが、特に前半の控えめかつ自信なさげな演技に彼女の本領が隠されているように感じた。着実に成長しているのが感じられた。

 音楽がとてもいい映画だった。「Dekhha Tenu」は、カラン・ジョーハル監督の大ヒット作「Kabhi Khushi Kabhie Gham」(2001年/邦題:家族の四季 愛すれど遠く離れて)の「Say Shava Shava」をリメイクした曲だ。「Agar Ho Tum」や「Roya Jab Tu」など、映画の雰囲気に合った音楽が流れ、映画を盛り上げていた。

 インドに女子スポーツを題材にした映画は多いが、そこで決まって描かれるのは、男子スポーツに比べて女子スポーツが受けている差別的な待遇だ。そもそもインドでは女性がスポーツを仕事にすること自体、世間の理解がない。インドの女子スポーツ選手は、そんな逆風に立ち向かっていかなければならない宿命を背負っている。しかしながら、「Mr. & Mrs. Mahi」では女子クリケットの惨状についてほとんど言及がなかった。むしろ、女子クリケットであれ、インド代表のクリケット選手になったマヒマーにはバラ色の人生が約束されているかのような終わり方であった。もしかしたら現在のインドにおいて女子スポーツの地位がかなり向上しているのかもしれないが、本筋とは離れる要素だったために割愛されただけかもしれない。

 「Mr. & Mrs. Mahi」は、クリケットを題材にし、コーチの夫が選手の妻を支えるという構造の、いかにも現代的な感動作である。妻がクリケット選手として軌道に乗る後半よりも、そこに到達するまでの前半にこの映画の美しさが見出せた。観て損はない映画である。