Safed

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Safed
「Safed」

 2023年12月29日からZee5で配信開始された「Safed(白)」は、インド社会の最底辺に位置づけられるヒジュラー寡婦を同じ土俵に乗せて論じた、1時間ほどの短い長編映画である。

 監督はサンディープ・スィン。ジャーナリストやラジオ番組プロデューサーなどを経て、著名な映画監督サンジャイ・リーラー・バンサーリーと共に映画のプロデュースを始め、やがて独立して「Aligarh」(2016年)や「Sarbjit」(2016年)などを作った。この「Safed」は彼にとって監督デビュー作になる。

 キャストは、アバイ・ヴァルマー、ミーラー・チョープラー、バルカー・ビシュト、チャーヤー・カダム、ジャミール・カーンなど。アバイは「Super 30」(2019年/邦題:スーパー30 アーナンド先生の教室)に端役で出演しており、本作が本格デビューとなる。ミーラーは「1920: London」(2016年)や「Section 375」(2019年)などに出演していた女優である一方、バルカーは「1920: Horrors of the Heart」(2023年)などに出演していた女優である。

 1990年、ヴァーラーナスィー。落ちこぼれのヒジュラー、チャーンディー(アバイ・ヴァルマー)は、ヒジュラーとして生きるのが嫌になり、自分を押し倒そうとしてきた男に反撃した後、女性の衣服やカツラなどを脱ぎ捨てて逃げる。そしてガンガー河に身を投げようとする。だが、そこでチャーンディーは先に身投げをしていた寡婦カーリー(ミーラー・チョープラー)に救われる。カーリーは寡婦が集住するヴィドワーガルに住んでいたが、寡婦としての人生に嫌気が指し、河に身を投げたのだった。

 陸に上がった二人は一緒に身体や衣服を乾かし、ともに歩き始める。カーリーに名前を聞かれたチャーンディーは、「チャーンド」という男性名を名乗る。その後、チャーンディーとカーリーは一緒に外出するようになる。ヴィドワーガルの女将アンマー(チャーヤー・カダム)は二人を見守る。チャーンディーと仲が良かったヒジュラー、ラーダー(バルカー・ビシュト)は、チャーンディーが男性の格好をしてカーリーと出歩いているのを見て驚く。だが、彼女は二人を祝福する。

 カーリーと共にホーリー祭を祝ったチャーンディーは、個室で二人きりになり、彼女から誘惑を受ける。だが、自分の身体を見せるのが怖くなったチャーンディーは逃げ出す。その後、チャーンディーはやはりヒジュラーとして生きることを決め、女性の格好をしてラーダーと共にヴィドワーガルを訪れる。カーリーは初めてチャーンドがヒジュラーのチャーンディーであることを知る。

 チャーンディーは酔っ払って自暴自棄になる。だが、アンマーはカーリーに、チャーンディーと再婚することを勧める。花嫁衣装になってチャーンディーの元を赴いたカーリーは、チャーンディーと共にガンガー河に入水し心中する。

 一口に「ヒジュラー」といっても種類がある。我々がインドの街角で見掛ける大半のヒジュラーは、実は性転換者もしくはその予備軍だとされている。だが、本来のヒジュラーは両性具有者のコミュニティーである。男性器と女性器の両方を持つか、それとも男性とも女性ともつかない不完全な性器を持つかして生まれてきた人々のことだ。そして、この映画の主人公チャーンディーも両性具有者のヒジュラーのようだった。ただ、性自認は男性のようである。よって、ヒジュラーとして生きることに疑問を感じており、ヒジュラーとしては落ちこぼれだった。

 そんなチャーンディーはある日、ヒジュラーとしての人生に嫌気が指し、長髪のカツラや女性の衣服をかなぐり捨て、逃げ出す。そして最終的に河に身を投げて死のうとするが、そこで出会ったのが寡婦のカーリーであった。

 ヒジュラーは、畏怖もされるが侮蔑もされる存在である。結婚式や出産祝いなど、生殖に関わる場面においてヒジュラーの祝福を受けることが重要視されるが、一般的には厄介者扱いされている。そのヒジュラーと同じくらい社会の最底辺に位置しているのが寡婦、つまり夫に先だたれた女性たちである。かつては、荼毘に付される夫と共に自殺するサティー(寡婦殉死)という習慣があったが、現在それは既に行われていない。だが、寡婦は世の中のあらゆる楽しみから切り離され、着飾ることや御馳走を食べることも許されない。一般的に寡婦は白いサーリーを着て過ごす。さらに、寡婦はしばしば不吉な存在と見なされ、忌み嫌われてきた。しかも、女性の再婚は長いこと認められてこなかった。

 とはいっても、なぜか「Safed」の中では寡婦の再婚をタブー視する風潮は感じられなかった。舞台となっているヴァーラーナスィーには、寡婦の集住するヴィドワーガルがいくつもあり、カーリーもその内のひとつに住んでいたが、そこの女将であるアンマーは、カーリーの再婚をむしろ後押ししていた。

 寡婦という点では、ヒジュラーも一種の寡婦だとされる。マハーバーラタ戦争を戦った英雄アルジュナの息子アラヴァーンは、戦争での勝利を祈願して自らを生け贄に捧げる。だが、独身だったアラヴァーンは死ぬ前に結婚したいと言う。アルジュナの御者を務めていたクリシュナはモーヒニーという女性となってアラヴァーンと結婚する。アラヴァーンは死に、モーヒニーは寡婦となった。ヒジュラーはこの神話に自らを重ね合わせており、自分たちをアラヴァーンの寡婦だと考えている。終盤でヒジュラーたちが寡婦の格好をして泣き叫ぶシーンがあるが、これはアラヴァーンの殉死を祈念する祭礼を示している。

 全体的に映像が美しく、詩的であり、名作の雰囲気は十分に出ている。シルパー・ラーオの歌うホーリー曲「Rang Rasiya」やレーカー・バールドワージの歌う「Rootha Yaar」など、名曲も多い。この辺りはサンジャイ・リーラー・バンサーリーの作風を受け継いでいるように感じた。だが、冗長と思われるシーンも多く、構成が下手に感じた。チャーンディーとカーリーが入水自殺する最後も合点がいかなかった。

 「Safed」は、ヒジュラーと寡婦が出会い、恋に落ち、そして心中するという一風変わった物語である。着想は素晴らしく、映像や楽曲も美しいが、あまりに詩的に演出しすぎたために、肝心のストーリーが空っぽであった。残念な作品である。


Safed - Hindi Full Movie - Meera Chopra, Abhay Verma, Barkha Bisht, Chhaya Kadam, Jameel Khan