Naam Tha Kanhaiyalal

2.5
Naam Tha Kanhaiyalal
「Naam Tha Kanhaiyalal」

 2022年11月29日にMX Playerで配信開始された「Naam Tha Kanhaiyalal(名前はカナイヤーラールだった)」は、1930年代から80年代にかけてヒンディー語映画界で活躍した脇役俳優カナイヤーラールのドキュメンタリー映画である。カナイヤーラールは「Mother India」(1957年)で悪辣な高利貸しスキーラーラーを演じたことでよく知られている。

 監督はパワン・クマールとムケーシュ・スィン。どちらも無名の人物である。カナイヤーラールの娘ヘーマー・スィンがプロデューサーを務めており、自身も出演して父親の思い出を語っている。

 カナイヤーラールは1982年に亡くなっており、彼自身のインタビュー映像などは存在しない。代わりに、彼のことを知る著名な映画人たちのインタビューで映画は構成されている。インタビューに応えたのはヒンディー語映画界の重鎮ばかりだ。

  • アミターブ・バッチャン
  • アヌパム・ケール
  • ボーマン・イーラーニー
  • ボニー・カプール
  • ゴーヴィンダー
  • ジャーヴェード・アクタル
  • ジョニー・リーヴァル
  • ナスィールッディーン・シャー
  • パンカジ・トリパーティー
  • パインタル
  • ランディール・カプール
  • サリーム・カーン

 ただ、21世紀において実はカナイヤーラールを知る人は少なくなっている。映画の冒頭において、インタビュアーがムンバイーやヴァーラーナスィーで人々にカナイヤーラールのことを聞くが、彼を知っている人はほとんどいない。特に若者は全く知らないといっていい。その代わり、ある程度年配の人に聞くとカナイヤーラールをよく知っている確率が上がる。

 現在、ヒンディー語映画界ではマノージ・バージペーイーやパンカジ・トリパーティーといった個性的な演技派俳優たちが活躍しているが、カナイヤーラールはその走りといっていい人物である。彼がメヘブーブ・カーン監督の「Aurat」(1940年)やそのセルフリメイクの「Mother India」で演じたスキーラーラーはあまりに迫真の悪役振りだったため、映画を観た人々がカナイヤーラールの家に投石をし始めたほどだったといわれている。だが、カナイヤーラールはそれこそが自分の演技への賞賛だと考え、投げ込まれた石を大切に取っていたと語られていた。

 カナイヤーラールは1910年にヴァーラーナスィーで生まれた。父親は劇団を運営しており、彼はそこで演技や脚本作りを学んだ。父親の死によって劇団も解散し、彼は先にボンベイに出て俳優をしていた兄を追って映画の都を訪れる。当初彼は監督や脚本家を目指していたのだが、偶然、欠席した役者の代わりを務めたことで演技の才能を見出され、「Aurat」や「Mother India」などでの演技によって全国的に名の知られた俳優になった。

 「Naam Tha Kanhaiyalal」は決してカナイヤーラールの良い面ばかりを並べるだけのドキュメンタリー映画ではなかった。カナイヤーラールの弱点は酒で、撮影現場にも酔っ払って来ることもあったという。だが、どんなに酔っ払っていてもカメラが回り始めると途端に人が変わり、完璧な演技をしてみせたそうだ。

 このドキュメンタリー映画がユニークだったのは、カナイヤーラールを例にしながら、最盛期を過ぎた俳優たちのその後の姿にも焦点を当てていたことだ。現世代がカナイヤーラールをほぼ忘れてしまっていることからも分かるように、よほどの大俳優でなければ、俳優たちはスクリーンに登場しなくなった途端に忘れ去られてしまうインドの悲しい現実がある。かつて名を成した俳優たちが、晩年、人々からほとんど忘れ去られ、孤独な人生を送っていることがよくあるようだ。そういえば、サティーシュ・カウシク主演の短編映画「The Comedian」(2023年)はちょうどそんな内容の物語だった。

 1時間13分の映画だが、所々で不必要な映像と音楽が差し挟まれており、それさえなければもう少しコンパクトにまとめられたのではないかと感じた。ドキュメンタリー映画の作りとしては決して上出来ではない。

 「Naam Tha Kanhaiyalal」は、人々に忘れかけられつつある個性派俳優の先駆けカナイヤーラールの偉業に迫ったドキュメンタリー映画である。アミターブ・バッチャンやナスィールッディーン・シャーといった映画界の重鎮たちによるインタビューで構成されており、見応えがある。カナイヤーラールの名前を永遠にインド映画史に残そうという娘ヘーマー・スィンの目的はある程度達成されている。ただ、蛇足な部分も散見され、ドキュメンタリー映画としての完成度は高くない。