ヌメロロジー

 ヒンディー語映画のタイトルや俳優の名前などのアルファベット表記が、時々変な綴りになっていると思ったことはないだろうか。それは大半の場合、ヌメロロジー(Numerology)が関係している。

 ヌメロロジーは占いの一種である。インド人は占い好きで知られ、特にインド文明において占星術は古代から非常に重視されてきているが、それに対してヌメロロジーは比較的新しい占いに分類される。とはいっても、ヒンディー語映画業界でヌメロロジーが流行してだいぶ時間が経っており、既に定着してしまったといっていいだろう。映画のタイトルや人名のアルファベット表記が変な綴りになっているのは、ヌメロロジー上で吉になるように調整するためである。

 ヌメロロジーとは、数字からその人の運命を占おうとする占いである。生年月日から算出するライフパス・ナンバーもあるのだが、狭義のヌメロロジーは、人や事物の名前を数字化した、デスティニー・ナンバーまたはパーソナリティー・ナンバーと呼ばれるものである。

 英語のアルファベットにそれぞれ数字が割り振られており、まずは名前をアルファベットで書いて、それらを換算して合計する。もし合計した値が10以上になったら、各桁を足す。数字が1から9のどれかになるまでその計算を繰り返す。そして算出された数字が、その人や事物のデスティニー・ナンバー及びパーソナリティー・ナンバーとなる。

 各アルファベットの数値は以下の通りである。また、各数字には天体が紐付けられている。

1A I Q J Y太陽
2B K R
3C G L S木星
4D M T天王星/ラーフ
5E H N X水星
6U V W金星
7O Z海王星/ケートゥ
8P R土星
9火星

 例えば「アジャイ(Ajay)」という名前なら、全て「1」になるため、「1+1+1+1=4」になる。「アイシュワリヤー(Aishwarya)」なら、「1+1+3+5+6+1+2+1+1=21」になるが、10以上であるため、再び足し算をし、「2+1=3」となる。この計算をフルネームで行うのが一般的のようだ。

 1-9の中で特に成功するとされるのが1, 3, 5, 6の4つであるが、その他の要因によってもラッキーナンバーは変わる。生年月日は変えられないが、名前なら変えられるというのがヌメロロジーのコンセプトであり、名前のアルファベット表記を調整することで、これらラッキーな数字にするのを助言するのがヌメロロジストと呼ばれる人々の仕事となる。企業名や映画名などならなおのこと簡単に変更が可能である。

 ヌメロロジーの第一人者であるジューマーニー・ブラザーズによると、ヒンディー語映画界でヌメロロジーが流行するきっかけとなったのは、「Kaho Naa… Pyaar Hai」(2000年)だったという。元々この映画のタイトルは「Kaho Na… Pyar Hai」だったのだが、ヌメロロジー的にいい名前ではなかったため、「a」を2つ追加し、「Kaho Naa… Pyaar Hai」とした。果たしてこの映画はスーパーヒットとなったため、以後、ヒンディー語映画界にヌメロロジーを信じる人々が急増したようである。

 カタカナ表記してしまうと違いが分からないのだが、ある日突然アルファベット綴りが変わった映画俳優は何人もいる。例えば、ラーニー・ムカルジー(Rani Mukherjee→Rani Mukerjee)、リティク・ローシャン(Rithik Roshan→Hrithik Roshan)、カリシュマー・カプール(Karishma Kapoor→Karisma Kapoor)、カリーナー・カプール(Kariena Kapoor→Kareena Kapoor)、アジャイ・デーヴガン(Ajay Devgan→Ajay Devgn)、アーユシュマーン・クラーナー(Ayushman Khurana→Ayushmann Khurrana)などである。

 ただ綴りを変えるだけでなく、名前の大幅な変更をした俳優もいる。イルファーン・カーン(Irfan Khan→Irrfan)やラージクマール・ラーオ(Rajkumar Yadav→Rajkumar Rao)などである。

 確かに綴りを変えた後にキャリアが上向いたように見える俳優もいるが、ちっとも効果がなかった俳優もいる。その筆頭がヴィヴェーク・オーベローイである。2002年に鳴り物入りでデビューし、当時のトップ女優アイシュワリヤー・ラーイを恋人にして飛ぶ鳥を落とす勢いだったが、その後急速に失速し、今では過去の人になってしまっている。彼もヌメロロジーの熱心な信者だったようで、名前を「Vivek Oberoi」から「Viveik Oberoi」に、そして「Vivek Anand」に変えて風向きを変えようと努力したのだが、鳴かず飛ばずであった。

 トゥシャール・カプールもヌメロロジストに助言に従って「Tushar Kapoor」から「Tusshar Kapoor」になったのだが、俳優として成功したとはいいがたい。

 ヒンディー語映画のタイトルについては、ヒンディー語の単語のアルファベット表記にもヌメロロジーは適用されるものの、外国人の観客にとっては、英単語の綴りが気になることだろう。スペリングミスと思われてしまいがちだが、ヌメロロジー上の必要があって、敢えて間違った綴りになっているのである。

 例えば、「Heyy Babyy」(2007年)、「Singh Is Kinng」(2008年)、「Action Replayy」(2010年)、「I Hate Luv Storys」(2010年)、「Once Upon Ay Time in Mumbaai Dobaara!」(2013年)、「Guest iin London」(2017年)、「Good Newwz」(2019年)など、枚挙に暇がない。

 過度のヌメロロジー熱に対しては、ヒンディー語映画業界内にも批判の声がある。ラージクマール・ヒラーニー監督の傑作「Lage Raho Munna Bhai」(2006年)では、ボーマン・イーラーニー演じるラッキー・スィン・クラーナーが、サウラブ・シュクラー演じる占い師バトゥク・マハーラージの助言に従って自分の名字「Khurana」を「Kkhurana」にして酷い目に遭っており、暗にヌメロロジー批判が行われていた。だが、むしろこの映画の公開後にヌメロロジーがさらに流行しているところを見ると、ヒラーニー監督の警鐘はほとんど効果がなかったようだ。

 もっとも、このような背景があるという前知識を持っておけば、ヒンディー語映画のタイトルや人名で変な綴りを見ても驚かなくなるだろう。