インド映画には、汚職した政治家、官僚、警察、実業家などが、多くは悪役として、よく出て来る。インドでは権力は最大限活用するものと考えられており、権力を濫用することによって、金儲けをしたり、弱者をいじめたり、女性を手込めにしたり、不祥事をもみ消したりするのは、普通のことだ。よって、汚職した権力者に対する庶民の怒りも強く、映画がそのはけ口として使われている。
だが、汚職がインド映画において盛んに取り上げられるようになったのは、2010年代からである。その直接の原因は、社会活動家アンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動だ。
「現代のガーンディー」と呼ばれるアンナー・ハザーレーは、マハーラーシュトラ州において汚職撲滅のために活動して来た人物である。彼の名前が全国区となったのは、2011年のことだった。当時、中央の政権は国民会議派が握っていたが、2004年の政権交代以来、大規模な汚職事件が次々と明るみになり、人々の間に怒りが蓄積されていた。その怒りを背景に、ハザーレーは2011年にデリーに乗り込み、ジャンロークパール法案の制定による汚職撲滅を掲げてハンガーストライキを始めた。ジャンロークパールとは平たく言えばオンブズマンのことである。市民が参加するオンブズマン制度を立ち上げることで、政治家や官僚などの汚職を有権者が直接監視しようとしたのである。当然、政治家たちは難色を示したが、この運動には多くの賛同者が生まれた。インド映画界にもハザーレーへの支持を表明する者が少なくなかった。
ジャンロークパール法案は未だに可決に至っていないが、アンナー・ハザーレーの運動はその後の政界およびインド映画界に大きな影響を与えた。政界への影響としては、ハザーレーの弟子アルヴィンド・ケージュリーワールによる庶民党(Aam Aadmi Party/AAP)の結党が挙げられる。汚職撲滅運動の盛り上がりを受けて2012年に創設され、特にハザーレーの運動の震源となったデリーにおいて支持を集めた。そして2013年のデリー州議会議員において与党となり、以来、デリーの政権を握り続けている。
一方、インド映画界では汚職撲滅を謳った映画が多く作られるようになった。ヒンディー語映画では、以下の作品がその例として挙げられる。
- Gali Gali Chor Hai(2012年)
- Satyagraha(2013年)
- Zanjeer(2013年)
- Gori Tere Pyaar Mein!(2013年)
- Jai Ho(2014年)
- Bhoothnath Returns(2014年)
- Pied Piper(2014年)
- Ungli(2014年)
- Gabbar Is Back(2015年)
- Madaari(2016年)
- Gandhigiri(2016年)
- Aiyaary(2018年)
- Bhavesh Joshi Superhero(2018年)
- Satyameva Jayate(2018年)
- Satyameva Jayate 2(2021年)
特に、「Satyagraha」と「Satyameva Jayate 2」については、汚職撲滅のために戦う登場人物と、その後の政党結成が描かれており、アンナー・ハザーレーによる汚職撲滅運動とアルヴィンド・ケージュリーワールによる庶民党の立ち上げがそのまま映画化された形となっている。