Aafat-e-Ishq

3.5

 ヒンディー語映画のタイトルで時々「○○-e-○○」というものがある。「Mughal-e-Azam」(1960年/2004年)、「Jaan-e-Mann」(2006年)、「Salaam-e-Ishq」(2007年)、「Daawat-e-Ishq」(2014年)などがある。この真ん中の「-e-」とは、英語の「of」に似た言葉で、「~の」という意味になる。ただし、後ろから前を修飾する。これはイザーファトと言い、元々はペルシア語の格助詞になるが、ヒンディー語でも限定的に使われる。イザーファトを使うと、何となく雅な雰囲気が出る。

 2021年10月29日からZee5で配信開始されたヒンディー語映画「Aafat-e-Ishq」も、その種類のタイトルを持つ映画だ。「○○-e-Ishq」というタイトルの映画がいくつか並んでいるが、特に続編という訳ではなく、相互に無関係だ。ちなみに、「○○-e-Ishq」とは「恋愛の○○」という意味になり、「Aafat-e-Ishq」は、「恋愛の災厄」という意味である。ブラックコメディーに分類される。

 監督は「Aagey Se Right」(2009年)のインドラジート・ナットージー。キャストは、ネーハー・シャルマー、ディーパク・ドーブリヤール、イラー・アルン、ナミト・ダース、アミト・スィヤール、ダルシャン・ジャリーワーラーなどが出演している。

 舞台はウッタル・プラデーシュ州ラクナウー近郊のダリヤーバード。ラッロー(ネーハー・シャルマー)は20歳の頃に養女となり、バフージー(イラー・アルン)の家で暮らしていた。バフージーは足を悪くしており、ラッローはバフージーの世話をよく見ていた。ラッローは文学好きの世間知らずで純粋な女性であった。また、ラッローには、携帯電話に取り憑いた霊アートマラーム(ナミト・ダース)が見えていた。孤独なラッローにとって唯一の友人であった。

 ラッローが30歳になったとき、バフージーはベッドから落ちて亡くなる。遺言により、家はラッローのものとなる。ラッローは空き部屋を貸部屋とする。そこに賃借人として住むようになったのが、ヴィクラム巡査部長(ディーパク・ドーブリヤール)であった。ヴィクラムは、ラッローの周辺で死人が続出していることを不審に思い、捜査のために住み始めたのだった。バフージーの後、同じ建物に住むプラタープ、ラッローが出会い系サイトで出会ったスニールなど、ラッローに関わった男性は次々と怪死していた。

 ラッローは、自分は「ラール・パリー(赤い妖精)」なのではないかと疑い出す。ラッローが屋根裏部屋で見つけた本「ラール・パリー」には、近づいた男が次々と死ぬ呪いを掛けられたラール・パリーの物語が書かれていた。その呪いを解くためには、真実の愛が必要だった。

 ラッローは、バフージーの甥プレーム(アミト・スィヤール)が自分に真実の愛をしてくれていると信じるが、彼もラッローの目の前で死んでしまう。ラームダヤール警部補(ダルシャン・ジャリーワーラー)はラッローが事故と見せかけて今まで殺人をして来たのではないかと疑うが、それを否定したのがヴィクラム巡査部長であった。

 自宅に戻ったラッローは睡眠薬を飲んで自殺しようとする。だが、死の間際に彼女は、ラッローを殺して我が物にしようとしていたアートマラームが全ての元凶だったことを知る。そこへヴィクラム巡査部長が踏み込んで来てラッローを救う。ヴィクラム巡査部長こそがラッローに真実の愛をし、そしてラッローも彼のために自己を犠牲にする覚悟を持っていた。そして、ラール・パリーの呪いを解くためには、お互いの無私の愛が必要だったのである。

 近づく男が皆死んでしまうという呪いに掛かった女性が主人公の、奇妙奇天烈なブラックコメディー映画であった。どの方向へ向かうのか全く先の見えないストーリーを純粋に楽しむタイプの娯楽作で、控えめなローラーコースターに乗っているかのような体験であった。インド映画らしさはないが、インド人は意外とこういう物語を作るのに長けている。

 主人公のラッローは、「不思議ちゃん」と呼んでもいいほど世間知らずな女性だ。両親は亡く、孤児院で育ち、20歳の頃に養女となった。男性経験は全くなく、バフージーの面倒を見るために外出することもあまりなかった。だが、文学少女であり、小説のような恋に憧れていた。ラッローが見初める男性は、ことごとく変なタイプの男性ばかりだ。だが、あまりに世間知らずなので、その男性が変であることに全く気付かず、やたらと胸をときめかせる。だが、彼女に接近した男性は次々と怪死して行く。近づく男が皆死んで行く呪いを掛けられた女性が主人公の「ラール・パリー」という小説を読んだラッローは、これはラール・パリーの呪いだと信じ込む。

 また、ラッローには、アートマラームという一人の男性の幽霊が見えた。元々彼は歌手で、27、8歳のときに滑って頭を打って死んだのだが、そのときそばにあった携帯電話に魂が乗り移ってしまい、それを拾ったラッローに付きまとうようになった。孤独なラッローにとって、アートマラームは唯一の友人であった。だが、最終的には、アートマラームがラッローを手に入れるために近づく男たちを殺していたことが分かる。

 ヘンテコなストーリーにヘンテコなキャラのオンパレードだったが、小道具などの細部にも監督の凝り性振りが発揮されていた。例えば、ラッローは「マックナウー(McNow)」というハンバーガー店が好きだった。これはもちろん、マクドナルドの捩りであろうが、それにウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウー(Lucknow)も掛けてあると思われる。ラッローが古本屋で手に入れたレシピ本には、オクラと魚のカレー、ゴマとマトンの団子など、独創的なレシピが載っていた。また、バフージーの旦那が趣味だった蛾の標本も、何かいかにも物言いたげに映し出されていたし、画面に映る様々なアイテムがとても個性的で、ミステリー性を増幅していた。

 主演ネーハー・シャルマーは「Tum Bin 2」(2016年)などに出演している女優であり、清楚かつ溌剌とした表情などが魅力だ。「Aafat-e-Ishq」で彼女が演じたラッローはかなり変な役だったが、彼女の清廉な容姿と明るい演技のおかげで、ダークにならずに済んでいた。女優中心の映画でもあり、彼女のキャリアにとって重要な一作となった。

 それに対して、ラッロー周辺には複数の男性が周回しており、誰が最終的にラッローの相手役に落ち着くのが最後まで観ないと見通せないところがあったのだが、男優陣の中ではもっとも格上のディーパク・ドーブリヤールがやはりその座を獲得していた。曲者俳優として、今まで多くの名脇役を演じて来たが、今回は主役級の役柄であった。

 「Aafat-e-Ishq」は、近づく男性が次々に怪死する呪いに掛かった純朴な女性を主人公にしたブラックコメディー映画である。設定、キャラ、ストーリーなど、あらゆる要素がヘンテコであり、その先の読めない展開を素直に楽しむ、映画らしい映画、だが、インド映画らしくない映画だ。好き嫌いがはっきり分かれるかもしれないが、個人的には、主演ネーハー・シャルマーの魅力もあって、とても楽しめた作品だった。