786

 「786」は、ヒンディー語では「सात सौ छियासीサート サォ チヤースィー」と読む。ヒンディー語映画を観ていると、「786」という数字に特別な意味があることに気付くのではなかろうか。また、インドを旅行していても、街角の看板や自動車のステッカーなど、至る所にこの番号が記されているのを目にする。

 「786」に関してヒンディー語映画で最も有名なのは、「Coolie」(1983年)でアミターブ・バッチャンが演じたクーリー(ポーター)の主人公イクバール・カーンが、登録番号786番のバッジを付けていたことである。また、「Veer-Zaara」(2004年)では、シャールク・カーン演じるインド空軍パイロットの主人公ヴィールがパーキスターンの刑務所に入れられたとき、決して名前を明かさなかったため、囚人番号786番と呼ばれていた。さらに、「Khiladi 786」(2012年)では題名に「786」が入っている他、アクシャイ・クマール演じる主人公バハッタル・スィンの右手には「786」を象った手相がある設定になっていた。

 こうして見てみると、ヒンディー語映画界のスーパースターたちに「786」という数字が付きまとっていることが分かる。一体、「786」にはどんな意味があるのだろうか。

 実は「786」を特別視する考え方は、イスラーム教と関連がある。イスラーム教の聖典クルアーンの筆記に使われるアラビア語には、アラビア文字記数法(ヒサーブル・ジュンマル)というものがあり、全28文字の各文字に、以下のように数字が割り振られている。

数字文字読み方
1اアリフ
2بバー
3جジーム
4دダール
5هハー
6وワーウ
7زザーイ
8حハー
9طター
10يヤー
20كカーフ
30لラーム
40مミーム
50نヌーン
60سスィーン
70عアイン
80فファー
90صサード
100قカーフ
200رラー
300شシーン
400تター
500ثサー
600خカー
700ذダール
800ضザード
900ظザー
1000غガイン

 よって、アラビア語で一文を書き、そこで使われた文字をそれぞれ数字に換算し、合計すると、その文を数字で表すことができる。表記にアラビア文字を受け容れたペルシア語にも、この記数法が受け継がれている。

 これがよく使われるのは、イスラーム教建築においてである。日本の建築物にも、よく玄関などに「定礎」と書かれた碑文が埋め込まれ、建築者や竣工の時期などが分かるようになっているが、イスラーム教建築にも同様の碑文が入口の上部などに埋め込まれていることが多い。インドで見られるイスラーム教建築では、それは大体ペルシア語の韻文になっていて、建築の経緯などが記されていることが多いのだが、その韻文を記数法に基づいて計算すると、その建物の竣工年がヒジュラ暦で算出される仕組みになっている。

 「786」も、そのように算出された数字である。

 では、どの文が「786」になるかというと、それはイスラーム教徒が頻繁に口にする、アラビア語の以下のフレーズになる。一般的に「バスマラ」と呼ばれている。

بِسْـــــمِ اللهِ الرَّحْمَانِ الرَّحِيمِ
Bismillāh Ar-raḥmān Ar-raḥīm
ビスミッラー・アッラヘマーン・アッラヒーム
慈悲あまねく慈愛深きアッラーの御名において

 聖典クルアーンの第1章第1節はこの一節から開始されることもあって、イスラーム教徒たちが何か善い行いをするときに口にすることが多い。それが時を経るごとに重要度を増して行き、やがてこのフレーズそのものに何か魔法の力があるように信じられるようになった。そして、このフレーズを端的に表現するために、アラビア文字記数法を利用して「786」とだけ記載されるようになったと言う訳である。特に南アジア地域で「786」が多用されると言われている。

 余談ではあるが、アミターブ・バッチャンが「Coolie」の撮影中に瀕死の重傷を負ったのは、彼の人気絶頂期であった。インド中のファンたちが仕事を放り出して彼の回復を祈ったため、経済活動がストップしたとまで言われている。幸い、彼は一命を取り留めたのだが、命が助かったのは、彼が撮影中に付けていた「786」のバッジのおかげだとアミターブは信じているようだ。アミターブはヒンドゥー教徒であるが、もはやインドでは宗教問わず、この数字に込められた不思議な力が信じられていると言っていい。