
アーディティヤ・クリパラーニー監督の「Not Today」は、2021年5月31日に英国アジア映画祭でプレミア上映された作品である。自殺防止ヘルプラインの新人相談員が主人公の映画だ。同監督の前作「Devi Aur Hero」(2019年)ではセラピストが主人公だったので、構造は似ている。インドでは劇場一般公開されておらず、2024年8月30日にYouTubeで配信された。
キャストは、ルチャー・イナームダール、ハルシュ・チャーヤー、ヴィバーワリー・デーシュパーンデーなど。1時間30分ほどの映画だが、ほぼ全編に渡ってルチャー演じるアーリヤーと、ハルシュ演じるアシュウィンの電話による会話で進行する特殊な構成である。
また、主人公のアーリヤーは「ダーウーディー・ボーラー派」と呼ばれるコミュニティーに属するムスリム女性であった。ダーウーディー・ボーラー派とは、イスラーム教の2大宗派のひとつシーア派の中でもイスマーイール派の一派に位置づけられている少数派である。イスラーム教徒の中でも特殊な教義を順守しており、独自の指導者を置いている。教育や社会福祉に熱心で、一般的にダーウーディー・ボーラー派女性の教育水準は高い。女性は「リダー」と呼ばれるカラフルなブルカーを着用しており、映画の中でも言及があった。グジャラーティー語をベースにしたリサーン・アッダーワトという言語を話す。ダーウーディー・ボーラー派が取り上げられる映画は稀である。
ムンバイー在住、24歳のダーウーディー・ボーラー派女性アーリヤー・ルーパーワーラー(ルチャー・イナームダール)は、知人タスニームの自殺をきっかけに、「Hum Sunenge(私たちは聞きます)」という自殺防止ヘルプラインで働き出す。初日に彼女が担当することになったのがアシュウィン・マートゥル(ハルシュ・チャーヤー)だった。アシュウィンは15年間、別の自殺防止ヘルプラインで勤務した経験があり、内情をよく知っていた。上司のマムター・クルカルニー(ヴィバーワリー・デーシュパーンデー)は経験豊富な相談員に交代させるが、アシュウィンはすぐに電話を切ってしまう。
アーリヤーは、マムターから禁じられてはいたが、個人的にアシュウィンに連絡を取り、彼と会話を始める。そして、彼から自殺の理由を聞き出そうとする。アシュウィンは彼女の個人情報を聞き出そうとし、アーリヤーはそれに応える。
アーリヤーは12歳まで孤児院で育てられた。彼女の孤児院時代は、タスニームという憧れの職員のおかげで幸せに満ちていた。だが、ある日タスニームは突然いなくなり、アーリヤーはルーパーワーラー夫妻に引き取られた。その後、タスニームが自殺したことを知り、アーリヤーは自殺防止ヘルプラインで働こうと決意したのだった。
アーリヤーの身の上話を聞いたアシュウィンは、自分の過去も打ち明け始める。彼の母親は早くに亡くなり、アルコール依存症の父親に育てられた。アシュウィンの子供時代は父親のせいで不幸なものだった。成長したアシュウィンは広告代理店に就職し、ラティという女性とも出会って、彼女と共に独立する。だが、父親の死をきっかけにアシュウィンも酒を飲むようになり、やがてアルコール依存症になる。ラティは妊娠するが、アシュウィンが酒を止めなかったため、出て行ってしまった。二人の間にはアヌパマーという娘が生まれたが、アシュウィンはほとんど会わせてもらえなかった。アシュウィンは自殺防止ヘルプラインで働き出し、15年働いた。チャンディーガルの実家に戻っていたラティは亡くなり、アヌパマーとも音信不通になった。アシュウィンは独立して「Not Today」という自殺防止ヘルプラインを始める。ある日、彼のところに非通知のビデオコールが掛かってくる。それはアヌパマーだった。そして、彼の目の前で手首を切って自殺する。アシュウィンは鬱状態になり、オフィスにも出られなくなって、彼のヘルプラインは閉鎖寸前になっていた。
そこまで話したアシュウィンは飛び降り自殺をしようとする。アーリヤーは必死で彼に電話を掛ける。アシュウィンは飛び降りようとするができず、アーリヤーに電話をする。
数だけを見ればインドは世界有数の自殺大国である。一説によると世界の自殺者の2割ほどをインド人が占めるとされている。ただ、このような統計では常に当てはまることだが、インドは世界一の人口を誇る国であり、単純に数の多さだけを見て物事を決め付けるのは適切ではない。自殺者の数を人口で割った自殺率でいえば日本を下回ることになり、世界でも標準的なレベルになる。ただ、それでも自殺するインド人が少なくないのは確かであり、たとえば受験生、農民、女性の自殺の多さはたびたび社会問題として取り上げられる。
「Not Today」も基本的には自殺を巡る問題意識と共に作られた作品だと思われる。自殺防止ヘルプラインを通して知り合った、自殺願望のある中年男性アシュウィンと、新米相談員の20代女性アーリヤーが電話などで会話し、お互いに身の上話を打ち明ける中で、悲しみを共有し合い、最終的にはアシュウィンは自殺を思いとどまるという展開になっている。
ポイントになっていたのは、アシュウィンもアーリヤーも、身近な人を自殺で亡くしていたことであった。アシュウィンは娘のアヌパマーを失い、アーリヤーは孤児院で親しかった職員タスニームを失っていた。アヌパマーは、半ば復讐のような形でアシュウィンに見せつけるように自殺をし、タスニームはアーリヤーには知らせずこっそりと自殺をした。だが、どちらの自殺も残された人の心に大きな傷痕を残した。アヌパマーの死はアシュウィンを自殺に追いやる最大の動機になっていたし、タスニームの自殺はアーリヤーに「彼女の喜びの一部にはなれたが悲しみの一部にはなれなかった」という絶望を与えていた。もしかしたら自殺で楽になるのは本人だけなのかもしれない。本人が楽になる代わりに、周囲の人々にはとてつもない精神的負担を強いてしまう。果たしてその選択は正しいのか、「Not Today」は説教ではなく物語の力によって、人々に問い掛けている。
ただ、自殺だけでなく、アシュウィンとアーリヤーの会話では、さらに多くの問題について触れられていた。たとえば、アシュウィンには父親がいた一方、アーリヤーは孤児だった。普通に考えたら、母親を失ってはいたが父親がまだいたアシュウィンの方が幸せな子供時代を送れるはずである。だが、世の中はそう単純ではなかった。アシュウィンの父親はアルコール依存症で、彼に暴力も振るっており、アシュウィンの子供時代は決して幸せなものではなかった。一方、アーリヤーは孤児院での生活を楽しんでおり、里親が現れるのをむしろ恐れていた。彼女が孤児であることに幸せを感じていたのは、職員のタスニームの存在が大きかった。どうやらタスニームはアーリヤーの姉的存在だったようで、音楽や映画など、さまざまなことを教えてくれた恩人だった。12歳の頃にタスニームはいなくなり、アーリヤーはルーパーワーラー家に引き取られた。里親との生活に不満があったわけではないが、タスニームが急にいなくなったことは彼女を落ち着かなくさせていた。そして、どんどん彼女の顔を忘れていく自分に腹が立っていた。後に彼女は、タスニームがいなくなったのは自殺したからだということを知らされる。アーリヤーには見せていなかったが、タスニームは何らかの悩みを抱えていたと思われる。どんな環境に生まれても、人は幸せにもなるし、不幸にもなるということが、二人の人生から浮き彫りにされていたといえる。
アシュウィンについては、アーリヤーよりも長く生きているだけあって、より多くの苦しみや悲しみを経験しているようだった。アシュウィンはアルコール依存症の父親を嫌っていたが、父親の死をきっかけに酒を飲むようになり、ラティの妊娠を機にアルコール依存症に転落して、結局父親と同じ状態になってしまった。もっとも嫌っていた人物にいつの間にか自分がそっくりになっているということは、人生でありえないことではない。また、彼は父親が自分に何もしてくれなかったと不満を抱いて生きてきたが、父親の死後にふと、彼自身が父親に何もしてあげられなかったことに気付く。自殺に限らず、もっと広範な死というものについて、「Not Today」は思考を要求してくる。
アーリヤーがマリンドライブでアシュウィンとビデオコールしながら煙草を吸うシーンも印象的だ。ダーウーディー・ボーラー派では喫煙は厳禁だ。だが、どうやらアーリヤーは里親に内緒で煙草を吸っていたようであった。リダーを着用していたのも彼女の趣味ではなく、里親を安心させたいからだった。そういう裏表のある生き方について、アーリヤーは意外に割り切った考えを持っていた。自分は自分だが、自分に家を与えてくれた里親への恩を仇で返すことはできない。だから、せめて外見だけでも里親の安心する形にしたいというのが彼女の気持ちだった。だから、彼女は里親の前で決して喫煙しなかったし、必ずリダーを着用していた。
アーリヤーが勤めた「Hum Sunenge」という自殺防止ヘルプラインでは、相談員が自分の個人情報を相談者に話すのは禁じられていた。だが、まだ初日だったアーリヤーは、何とかアシュウィンを助けたいと思い、アシュウィンに個人的に連絡を取って自身の本名や年齢などを明かす。もしかしたら一般的な相談者は通り一遍の対応で自殺を思いとどまるのかもしれない。だから相談員が個人情報まで明かして相談に乗る必要はないのかもしれない。だが、アシュウィンは自身が自殺防止ヘルプラインの相談員として長い経験を持っており、一筋縄では行かなかった。自殺する前に「Hum Sunenge」に電話をしたのも、本当に困っていたからというよりは、相談員の経験者として、相談員に1回だけチャンスを与えてみようという道徳的・義務的な動機からだった。だから、むしろ経験豊富な相談員では彼の自殺を思いとどまらせることはできなかったかもしれない。
「Not Today」が、現在の自殺防止ヘルプラインの手法を批判しているわけではないだろう。相談員が個人情報を相談者に明かすことを禁じるルールはまっとうなものである。アシュウィンの話の中で、彼がかつて自殺から命を救ったヘンリーという青年のエピソードが出てきた。ヘルプラインは現行の方法で人の命を救うことができるということであろう。それでも、アーリヤーのように相談者に親身になって、自分のこれまでの人生を開けっぴろげにしてまでとことん付き合おうとする態度も捨てがたいように思える。一人の人間がこれから命を絶とうとしているときに、それを止めるためには多くのエネルギーが要るはずである。
アシュウィンが自殺を思いとどまったのも、自分の自殺がまたアーリヤーの人生に影響を与えることを恐れたからではなかろうか。アーリヤーは、自殺したタスニームに、二度と誰かを自殺させないと誓って、相談員の仕事を始めていた。その初日で自殺を止めることに失敗したら、アーリヤーも自殺してしまうかもしれない。自殺の効果について熟知するアシュウィンだからこそ、身の上話まで明かしてくれたアーリヤーに危害を加えられなかったのである。
アシュウィン役のハルシュ・チャーヤーは「Kill」(2023年/邦題:KILL 超覚醒)などに出演の俳優である。一線で活躍しているわけではないが、渋い演技をする俳優だ。アーリヤー役のルチャー・イナームダールは「Children of War」(2014年)などに出演していたが、まだ知名度はない。ほぼ電話だけで進むこのユニークな物語の進行役としてしっかりと役割を果たしていた。
「Not Today」は、ほぼ電話での会話だけでストーリーが進行していくという変わった構成の映画であり、アイデアの勝利だ。しかも、これから自殺しようとしている、自殺防止ヘルプラインで長年の勤務経験のある中年男性と、今まさに自殺防止ヘルプラインで相談員として働き出したばかりの若い女性が主人公である。それぞれに暗い過去を抱えており、それが徐々に明かされていくことで観客の関心を引き付けることに成功している。低予算だが、お金を掛けなくても面白い映画は作れるという好例だ。さらに、自殺が残された周囲の人々に与える影響の重さについても自発的に理解できる内容になっており、自殺防止に一定の貢献ができそうな作品だ。地味だが良作である。
