
インドでも動画配信サイトとしてはYouTubeが一番人気だ。インドは人口13億人の大国であり、インド人視聴者に限定したコンテンツであっても潜在的な視聴数は莫大なものとなる。現時点で人口世界一の中国がYouTubeへのアクセスを遮断しているため、インドはYouTubeにとって世界最大の市場だと言って過言ではない。
現に、YouTubeのチャンネル登録者数世界一はインドの音楽配給会社T-Seriesであり、2021年4月現在でその数は1.8億人に達している。
では、インド発のコンテンツでもっとも再生回数の多いものは何か。調べてみると、いくつか興味深いことが分かった。
YouTubeの世界では、10億回以上再生されたコンテンツは「ビリオン・ビュー・クラブ」と呼ばれる。最初にこのクラブに入ったのは、韓国のミュージシャンPSYの「Gangnam Style」で、2012年のことであった。その後、多くの動画が後に続いた。現在の1位は、80億回以上の再生回数を誇る、韓国の教育番組Pinkfongの「Baby Shark Dance」となっている。
インド発の動画に目を転じてみると、10億回以上再生のものがいくつか見つかる。1位はインドの教育番組ChuChu TVの「Phonics Song with Two Words」で、再生回数は37億回以上である。他にも教育コンテンツが多数上位にランクインしている。これは世界的な傾向かもしれない。子どもは気に入った動画を何度も再生すること、また、親が子どもを教育する目的で(または泣き止ませたり静かにさせたりする目的で)YouTubeを見せていることなどが、その理由として挙げられそうだ。
インドならではなのは、宗教音楽がビリオン・ビュー・クラブに入っていることだ。例えば、ハヌマーン賛美歌「Hanuman Chalisa」が16億回再生を達成している。こちらは逆に、年配の視聴者の貢献が大きそうだ。
では、映画音楽はどうか。インドでは伝統的に映画音楽が音楽シーンを支配しており、YouTube時代になってもその傾向に大きな違いはないと予想される。実際に、現代でも多くのヒット曲が映画から生まれている。ヒンディー語映画では、「Satyameva Jayate」(2018年)の「Dilbar」や、「Simmba」(2018年)の「Aankh Marey」が10億回以上再生を達成している。どちらもT-Series配信である。
Dilbar
Aankh Marey
T-Seriesは、同じ曲を複数配信していることがある。オリジナルバージョンと、歌詞の入ったバージョンと言った具合だ。それらを合計すると再生回数はもっと多くなり、再生回数10億回以上の動画ももっと増える。
南インド映画はヒンディー語映画よりも市場が限られているはずだが、YouTubeでの再生回数でヒンディー語映画音楽を越えているものがある。タミル語映画「Maari 2」(2018年)の「Rowdy Baby」は11億回以上の再生回数だ。
Rowdy Baby
それでも、いくら人口14億人の国でも、10億回以上再生された動画はそれほど多くない。5億回以上再生の動画くらいになると、数は一気に増える。ヒンディー語映画では、「Baaghi」(2016年)の「Cham Cham」が9億回、「Badrinath Ki Dulhania」(2017年)の「Badri Ki Dulhania (Title Track)」が7億回、「Sonu Ke Titu Ki Sweety」(2018年)の「Bom Diggy Diggy」が7億回などとなっている。
Cham Cham
Badri Ki Dulhania
Bom Diggy Diggy
ざっと見てみると、上位に入っている曲はパンジャービー語のダンスナンバーが多い傾向にあると気付く。さすがに悪い曲はないが、もっといい曲、もっといいダンスもあるのに、とも思ってしまう。例えば、女優中心のダンスナンバーならば、個人的には以下の動画あたりがヒンディー語映画の最高峰だと考えている。それぞれ1億回は越えているが、上に挙げた動画ほどは再生回数が稼げていない。過去5年以内ぐらいに公開された映画の音楽が有利のようである。
Sheila Ki Jawaani
「Tees Maar Khan」(2010年)より
カトリーナ・カイフ
Lovely
「Happy New Year」(2014年)より
ディーピカーパードゥコーン
Kajra Re
「Bunty Aur Babli」(2005年)より
アイシュワリヤー・ラーイ
Kaahe Chhed Mohe
「Devdas」(2002年)より
マードゥリー・ディークシト
Munni Badnaam Hui
「Dabangg」(2010年)
マライカー・アローラー
古い曲は再生回数を稼ぎにくいと仮定すると、「Dil Hai Tumhara」(2002年)の「Dil Laga Liya」が6億回の再生回数を誇っているのは不思議に思える。「Dil Hai Tumhara」はフロップに終わった映画のはずだ。ただ、個人的にこの曲は好きだ。僕と同じ趣向を持った人が再生しまくったのか。他にも、意外に再生回数の多い過去の曲があるかもしれない。
Dil Laga Liya
これまではYouTubeで再生回数の多いヒンディー語映画音楽を主にピックアップして来た。だが、実はインドにおいて再生回数の多い動画で目立つのが、地方言語の曲である。例えば、パンジャービー語歌手ジャス・マーナクの「Lehanga」は12億回、パンジャービー語映画「Laung Laachi」(2018年)のタイトルソングは12億回、パンジャービー歌手グル・ランダーワーの「High Rated Gabru」は10億回、ハリヤーンヴィー語歌手プラーンジャル・ダーヒヤーの曲「52 Gaj Ka Daman」は8億回の再生回数となっている。巨大な市場を誇るヒンディー語映画音楽に全く引けを取らない再生回数である。
Lehanga
High Rated Gabru
Laung Laachi
52 Gaj Ka Daman
映画音楽ではないヒンディー語の曲でも、人気のものがある。例えば歌手ドヴァニ・バーヌシャーリーの「Vaaste」は11億回再生である。
Vaaste
果たしてインド人はYouTubeを視ているのか、聴いているのか、ということだが、上位にランクインしている動画から推測する限り、聴いている人が大半なのではないかと感じる。視覚的にダンスが優れた曲というよりも、アップテンポのダンスナンバーだったり、歌詞が美しいバラードだったりする。通勤・通学中や作業中に聴いたり、音楽に合わせて踊ったりしているのではないかと想像される。
ちなみに、今回挙げた多くの動画はT-Seriesが配信している。T-Seriesが世界一のチャンネル登録者数を誇るのは、映画の力だけでなく、インドのあらゆる音楽ジャンルを網羅しているからだと言える。今後もT-Series及びYouTubeでのインドの音楽シーンについて注視して行きたい。