Roohi

3.5
Roohi
「Roohi」

 インド初のゾンビ・コメディーとして大々的に売り出され、日本でも「インド・オブ・ザ・デッド」の邦題と共に一般公開された「Go Goa Gone」(2013年)は、力技で観客を怖がらせることに終始していたインド製ホラー映画を新たなレベルに引き上げた。ホラー映画をコメディータッチで料理することで、歌と踊りが入ったり、様々な娯楽要素を詰め込んだりするインド映画の伝統的フォーマットに適した形となった。「Go Goa Gone」を送り出したプロデューサーがディネーシュ・ヴィジャーンであった。

 ディネーシュ・ヴィジャーンは、その後もホラーとコメディーを融合させた作品を続けて送り出そうとしているようだ。「Stree」(2018年)に続き作られ、2021年3月11日に公開された映画が「Roohi」であった。監督はハールディク・メヘター。あまり知らない監督だが、グジャラーティー語映画出身のようである。主演はラージクマール・ラーオ、ジャーンヴィー・カプール、ヴァルン・シャルマーなど、今勢いのある若い俳優たちだ。題名の「Roohi」とは、主人公の女性ルーヒーの名前である。

 物語の舞台となるのは架空の町バーガルプルである。バーガルプルでは、意中の女性を誘拐して結婚する略奪婚の習慣があった。バウリー(ラージクマール・ラーオ)とカタンニー(ヴァルン・シャルマー)は、表向きは新聞記者をしながら、裏では花嫁誘拐業をしていた。ある日、バウリーとカタンニーはボスからルーヒー(ジャーンヴィー・カプール)の誘拐を命じられる。二人はルーヒーを首尾良く誘拐するが、結婚がキャンセルとなり、しばらく彼女を森の隠れ家に匿うことになる。

 ところが、ルーヒーは解離性同一障害と思われる症状を発症しており、時々人格が入れ替わった。普段のルーヒーは臆病で繊細な女性だったが、人格が入れ替わると、恐ろしい形相となり、声も低くなり、足が反対向きとなって、怪力を振るった。その状態のときはアフザーと名乗った。あろうことか、バウリーはルーヒーに恋し、カタンニーはアフザーに恋してしまった。

 バウリーはルーヒーの症状を治すため、彼女を、霊に取り憑かれた人たちが治療を受ける密教の町チマッティープルへ連れて行く。だが、チマッティープルではウルターパイリー(足が反対向きの人)は入域禁止であった・・・。

 インドでは、幽霊の足は反対向きに付いていると信じられている。よって、映画の中で「ウルターパイリー」と呼ばれる者は、本当は幽霊と同義と考えていいのだが、この映画では幽霊とは別の、さらに恐ろしい存在として扱われていた。よって、ここでも「ウルターパイリー」と呼ぶことにする。

 映画の終盤で明らかにされたところでは、ウルターパイリーは結婚願望を持ちながら不幸な死に方をした女性の霊魂であり、結婚直前だったルーヒーに取り憑いて、果たせなかった夢を果たそうとしている。だが、取り憑いてから1年が期限であり、1年の内に結婚できなかったらルーヒー共々死ぬ運命にある。このような設定となっている。

 「Go Goa Gone」でも主人公とゾンビの恋愛めいたシーンが一瞬だけ描かれ、「Stree」でもロマンス要素が入って来ていたが、「Roohi」ではさらに押し進んで、ウルターパイリーを巡る2人の親友――バウリーとカタンニー――の三角関係が描かれていた。しかも、バウリーはルーヒーに恋した一方、カタンニーは、ルーヒーの肉体に取り憑いたアフザーに恋してしまった。よって、ルーヒーの状態のときはバウリーが言い寄り、アフザーの状態のときはカタンニーが言い寄るという、コメディーチックな展開が度々繰り返される。

 ウルターパイリーの方も、自分を怖がらず、むしろ積極的にアプローチして来るカタンニーに好意的であった。ウルターパイリーは次の満月の夜までに結婚せねばならず、カタンニーを結婚相手に決める。だが、バウリーは、ルーヒーの肉体からウルターパイリーを追い出した上で、ルーヒーとの結婚を望んでいた。そこで妙案を思い付く。それは、ウルターパイリーと結婚する前に別の結婚をし、彼女を2番目の妻とすることで苦しめ、ルーヒーから追い出すのである。そのためにバウリーはまず雌犬と結婚する。インドでは時々、不運を払ったりする目的で、人間以外の動物や植物と結婚したというニュースが報道される。だから、犬との結婚もインドでは全く変な出来事ではない。

 ルーヒーまたはアフザーを巡るバウリーとカタンニーのロマンスはコメディータッチだが、自分に取り憑いたアフザーに支配されようとし、彼女との決着を付けようとするルーヒーの視点から「Roohi」を観ると、それは女性の自立の物語となる。通常、このような映画では、ヒーローによって問題が解決され、助けられたヒロインはヒーローと結婚する。だが、「Go Goa Gone」、「Stree」と、ユニークなホラー映画を送り出して来たディネーシュ・ヴィジャーンの映画が、そのような通り一遍の結末を迎えるはずがない。ルーヒーは、誰かと結婚して問題を解決しようとするのではなく、最後には別の道を歩む。題名が「Roohi」であるのも納得の結末であった。ホラー映画のはずだが、最後はホラー映画らしくない、清々しさまで感じる結末である。

 ラージクマール・ラーオの演技はいつもの通り見事だ。彼は平均的なインド人顔をしているのだが、その平均的なインド人の役をやらせたら彼の右に出る者はいない。バウリーははまり役だった。「Fukrey」(2013年)でデビューし、「Chhichhore」(2019年/邦題:きっと、またあえる)などで好演しているヴァルン・シャルマーも良かった。ただ、ジャーンヴィー・カプールは果たして適役だったかどうか疑わしい。ルーヒーの状態のときの演技は悪くなかったが、アフザーになったときの容貌はどこかあどけなさが残り、あまり怖くなかった。ロマンスの方向に持って行くホラー映画なので、怖くないので正解なのかもしれないが、まだジャーンヴィーには早すぎる映画だったのかもしれないと感じた。

 ちなみに、「Roohi」の中で描かれていた略奪結婚は、インドで現実にある。女性が誘拐されて無理矢理結婚させられる例もあるが、男性が誘拐されて無理矢理結婚させられる例も多いようで、それはパカルワー・シャーディーなどと呼ばれ、ウッタル・プラデーシュ州東部やビハール州西部の風物詩となっている。パカルワー・シャーディーを題材にした「Antardwand」(2010年)という映画がかつてあった。

 「Roohi」は、「Go Goa Gone」、「Stree」などの延長線上にある、コメディータッチのホラー映画であり、今回はロマンス要素もかなり色濃い。インド映画がインド映画の枠組みの中でどうホラーというジャンルを料理するかという実験はここ20年ほど行われて来たが、ようやく成功のフォーマットを見つけた感がある。インド製ホラー映画の発展を語る上で外せない映画になりそうだ。