Coolie No.1 (2020)

2.0

 ヒンディー語映画界で「コメディーの帝王」の名を恣にする監督の一人デーヴィッド・ダワンは、1990年代から2000年代にかけて、毎年のように映画を作り、多くのヒット作を飛ばして来た。2010年代に入り、かつてほどのペースで映画をリリースしなくなったが、まだまだ健在である。2020年12月25日にAmazon Prime Videoで配信開始となった「Coolie No.1」は、彼自身が1995年に作った同名コメディー映画のリメイクだ。1995年版ではゴーヴィンダーとカリシュマー・カプールが主演であったが、2020年版では、自身の息子ヴァルン・ダワンを主演に据え、ヒロインにサラー・アリー・カーンを起用している。

 題名の「Coolie」とは駅やバス停などで働くポーターのことである。「クリー」と読む。元々はトルコ語のようである。日本語に労働者を指す「苦力」という言葉があるが、これはこの「クリー」が由来となっている。ムンバイーのポーターは赤い服が目印で、インド映画でもよくその姿を見る。アミターブ・バッチャンがクリーを演じた「Coolie」(1983年)がもっとも有名だ。ちなみに、「Coolie No.1」(2020年)の主人公のラージューは、アミターブが「Coolie」で演じたクリー、イクバール・カーンに育てられたことになっている。

 ヴァルン・ダワンが父親の映画で主演を務めるのは、「Main Tera Hero」(2014年)と「Judwaa 2」(2017年)に次いで3作目だ。また、デーヴィッド・ダワン監督の兄アニル・ダワンも端役で出演しているが、デーヴィッドとアニルが共演するのはこれが初だ。他に、パレーシュ・ラーワル、ジャーヴェード・ジャーフリー、 ラージパール・ヤーダヴ、ジョニー・リーヴァル、マノージ・ジョーシーなど、ヒンディー語映画界を代表するコメディアン俳優たちを配置している。

 ラージュー(ヴァルン・ダワン)は幼い頃に親と生き別れになり、子供の頃からムンバイーの駅でクリーとして働いていた。たまたま駅を訪れたパンディト(僧侶)、ジャイ・キシャン(ジャーヴェード・ジャーフリー)が持っていた写真を見て、彼はサラー(サラー・アリー・カーン)に一目惚れする。サラーは、ゴアの大金持ち、ジャフリー・ロザリオ(パレーシュ・ラーワル)の二人娘の一人だった。ジャイ・キシャンは傲慢なジャフリーに一泡吹かせる誓いを立てており、ラージューをサラーと結婚させることを思い付く。ジャフリーは、金持ちとしか娘を結婚させないと豪語していた。

 ジャイ・キシャンは、ラージューを、シンガポールの大富豪マヘーンドラ・プラタープ・スィン(アニル・ダワン)の息子ラージに仕立てあげ、ジャフリーと引き合わせる。ジャフリーはすぐにラージューを気に入り、娘の婿にしようとする。こうしてまんまと罠にはまったジャフリーは、サラーをラージューと結婚させてしまう。

 ところが、結婚後、サラーがムンバイーにあるラージューの家に来ることになった。サラーは、ラージューが豪邸に住んでいると勘違いしていた。嘘がばれるのを防ぐため、ラージューは父親から家を追い出されたことにし、二人は下町のアパートで質素な生活をし始める。

 ラージューは、駅でクリーとして働いているところをジャフリーに目撃されてしまう。ラージューは、ラージの双子の弟ラージューということにする。ジャフリーはその嘘を信じ込み、ラージューをもう一人の娘アンジャリーと結婚させようとする。ラージューは、一人二役を演じなくてはならなくなる。 

 基本的には1995年の「Coolie No.1」のストーリーに沿った展開である。当時は大ヒットした映画だが、現在、その焼き直しの映画を観てみると、やはり古さが目立つ。デーヴィッド・ダワン監督の作品なだけあって、コメディーの質は最高である。爆笑シーンが2時間強の上映時間の中で何度も訪れるのは保証する。だが、それ以外の部分では現代のヒンディー語映画のスタンダードに合っていない。そもそも、ラージューが一人二役を演じていることに長らく気付かない父娘は全く現実的ではなく、映画の世界に入り込むことができなかった。

 90年代の価値観を引きずって作られたため、クリーという仕事に対する偏見を助長するような内容になっていたことも懸念であった。確かにラージューがクリーとして英雄的な行動を取るシーンがいくつかあったが、基本的にクリーは底辺の労働者として乗客たちから蔑まれる存在として描かれており、クリーの尊厳を高めるような内容にはなっていなかった。その癖、大富豪の娘2人の内、1人をクリーと、もう1人をメカニックとゴールインさせる結末になっていて、飛躍があり過ぎた。

 総じて、映画の各所に点在する、当代一流のコメディアン俳優たちによるコントシーンの数々を除けば、あまり観る価値のない作品になってしまっていた。デーヴィッド・ダワン監督の作品は当たり外れが大きく、当たれば非常に完成度の高いコメディー映画となるのだが、外れると救いようがない。残念ながら「Coolie No.1」(2020年)は後者のタイプの映画である。

 ヒンディー語映画界の2020年は、スシャーント・スィン・ラージプートの自殺に端を発した血統主義批判が吹き荒れた1年となった。ヴァルン・ダワンもサラー・アリー・カーンも二世俳優であり、血統主義の恩恵を受けて映画界に入った口である。それが裏目に出て、「Coolie No.1」(2020年)は批判の対象にもなった。作品の質も低かったことから、本作は多くの批評家から酷評されることになった。OTT作品(配信スルー)となったため、興行成績は不明であるが、劇場公開されていたらフロップとなっていたことだろう。

 「Coolie No.1」は、ダワン一族の3人が初めて揃った作品で、デーヴィッド・ダワン監督による1995年の同名作品のセルフリメイクであるが、残念ながらほとんどうまく行っていない。パレーシュ・ラーワルらコメディアン俳優たちの繰り出すコント劇を部分的に楽しむ以外は見所のない作品である。