Serious Man

3.5
Serious Man
「Serious Men」

 人口13億人の国インドにおいて、社会的地位の向上や維持のための鍵は教育にしかなく、インド人の教育熱は社会的な階層を問わず、日本とは比べ物にならないほど過熱している。その過熱ぶりから多くの問題も発生しており、映画の題材ともなってきた。教育問題を真っ向から扱った作品としては、「3 Idiots」(2009年)、「Hindi Medium」(2017年)、「Super 30」(2019年)、「Angrezi Medium」(2020年)などが挙げられる。

 2020年10月2日からNetflixで配信されている「Serious Men」は、インドの教育問題をテーマにした映画というよりは、インド社会をより広い視点から俯瞰した風刺コメディーである。だが、この映画の主軸となっている父子の関係性は、現代インド社会の過熱した教育熱を想起させるものがあり、上記の作品群と混ぜて捉えてもいいのではないかと感じる。

 「Serious Men」は、作家マヌ・ジョセフによる同名小説を映画化したヒンディー語映画である。監督は、「Hazaaron Khwaishein Aisi」(2005年)や「Yeh Saali Zindagi」(2011年)などの渋い作品で知られるスディール・ミシュラー。主演は今やヒンディー語映画界を代表する演技派男優としての地位を確立したナワーズッディーン・スィッディーキー。他に、タミル語映画界の重鎮ナーサル、マラーティー語映画界で活躍するサンジャイ・ナールヴェーカル、子役のアークシャト・ダースなどが出演している。

 映画はムンバイーの団地に住むダリト(不可触民)の家族を巡って展開する。父親のアイヤン・マニ(ナワーズッディーン・スィッディーキー)は、タミル・ナードゥ州の貧しい農村に生まれたが、幸運なことに教育を受けることができ、現在は国立基礎研究大学で助手を務めている。アイヤンは、息子のアーディ(アークシャト・ダース)に最高の教育を受けさせて貧困を脱したいと考えていたが、アーディは耳が悪く、知能も並以下に感じられた。しかし、アイヤンは、ブルートゥースを仕込んだ補聴器を使ってアーディを「天才」に仕立てあげる。メディアに取り上げられ、一躍時の人となったアーディは、地元政治家にも注目される存在となる。だが、次第に父子の秘密が周囲にばれ始める。こんなストーリーである。

 超絶な格差社会であるインドにおいて、社会的分断は映画の好材料である。「Serious Men」でも、ダリトの視点から社会の分断が観察されている。だが、これは単にダリトの不幸を嘆く映画にはなっていない。まずは、何とかして社会の階段を駆け上がろうとする男の奮闘が描かれている。そこまでは珍しくも何ともないのだが、駆け上がるその方法がとてもユニークだ。息子を「天才」に仕立てあげるのである。

 インドでは、教育熱が過熱するあまり、親が自分の子供に多くのことを期待し過ぎる傾向がある。アイヤンがアーディに強いていたことはさすがに大げさだが、その趣向は必ずしも突拍子のないものではない。アーディが子供の隠し芸大会のようなテレビ番組の収録に出されそうになるシーンがあったが、そこではアーディの他にも多くの子供たちが、親の過度な期待を受けて精いっぱい自分を「特別」に見せようとする姿が描き出されていた。

 最終的に、アーディはそのプレッシャーに耐えられなくなり、おかしくなってしまう。最愛の息子のその姿を見て、アイヤンも自分のしていたことの過ちを知り、以後はダメージコントロールに尽力する。

 インド映画の黄金ストーリーラインのひとつに、嘘を付いて成功を掴んだ人が、罪悪感に苛まれるようになり、最後にはその嘘を自分で告白して悔い改めようとする、というものがある。「Serious Men」は、大まかに見たら、このタイプの映画であった。

 また、映像の随所にBRアンベードカルの肖像が出て来た。アンベードカルは、ダリトの地位向上のために人生を捧げたダリト出身の学者・政治家である。「Serious Men」をダリト映画という観点で観る視点も外せない。アイヤンの祖父は、ブラーフマン(バラモン階級)専用の1等列車に乗り込んだために殺されたというエピソードが語られるが、アイヤンにとっての出発点はこれであった。アイヤンはダリトという出生のハンディキャップを教育によって克服しようとしていた。

 彼の考えでは、ダリトが頂点に立つためには4世代かかる。祖父から数えて4世代目はアーディになる。アイヤン自身は何とか国立大学の助手の地位にまで上り詰めた。アーディにはさらに上へ飛躍して欲しかった。劇中には、キリスト教に改宗することで宗教少数派に対する社会的な恩恵を受けられるという道も示されていたが、アイヤンは興味を示さなかった。アイヤンが選んだのは、世間を欺いてでもアーディに一流の教育を受けさせることだった。また、アーディを利用しようとした政治家もダリト出身であり、アイヤンの住む団地一帯のスラムを再開発することによって、政治力と財力を増そうとしていた。

 「Serious Men」は、ダリトの父親が子供を「天才」に仕立てあげて社会的な地位を何としてでも向上させようとする筋書きがとてもユニークな作品だった。ただ、ヒンディー語、マラーティー語、タミル語が行き交う台詞の数々は、あまりに写実的過ぎて聴き取りが難しかった上に、所々展開に飛躍があり、ストーリーの細かい部分まで追って行きにくかった。エンディングに込められた意図もはっきりしなかった。それでも、ナワーズッディーン・スィッディーキーをはじめとした俳優陣の演技は素晴らしく、社会の風刺も的確で、楽しめる作品となっていた。