Upstarts

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Upstarts
「Upstarts」

 インドにおいて「スタートアップ企業」とは、インドを拠点とし、創立から10年以内で、年間売上高が10億ルピー未満の企業のことを指す。これまで、Paytm、Byju、Ola Cabs、Nykaa、OYO Roomsなどのスタートアップ企業がユニコーン企業に成長してきた。インド政府はその流れを後押しするため、2016年に「スタートアップ・インディア」キャンペーンを打ち出し、スタートアップ企業の積極的な支援を始めた。以降、インドでは毎年1,000社以上のスタートアップ企業が立ち上げられているという。

 2019年10月18日からNetflixで配信開始されたヒンディー語映画「Upstarts」は、スタートアップ企業を立ち上げた3人の若者たちの物語だ。監督はウダイ・スィン・パーワル。インド工科大学(IIT)カーンプル校出身で、マイクロソフトなどで働いた後、映画業界に入った。過去に「Yeh Saali Zindagi」(2011年)や「Airlift」(2016年)などに関わったことがあるようだ。今回のNetflix映画が彼の監督デビュー作となる。

 キャストはほぼ無名の俳優たちばかりである。プリヤーンシュ・パイニューリー、チャンドラチュール・ラーイ、シャダーブ・カマール、ラージーヴ・スィッダールタ、シータル・タークルなどが出演している。

 舞台はバンガロール。カピル(プリヤーンシュ・パイニューリー)、ヤシュ(チャンドラチュール・ラーイ)、ヴィナイ(シャダーブ・カマール)はITエンジニアの仲良し3人組で、スタートアップ企業を立ち上げようと苦戦していた。彼らは、薬を届けるアプリ「Carry Karo」を作り、投資家を募ったが、なかなか投資は得られなかった。

 カピルは起業を諦める寸前だったが、偶然、ビーリー(巻き煙草)会社の社長の息子ヴィール(ラージーヴ・スィッダールタ)と出会い、彼からの投資を勝ち取る。「Carry Karo」は一気にユーザーを増やす。カピルはCEO、ヤシュはCTO、ヴィナイはCOOに就任した。

 だが、カピルはヴィールの言うことばかりを聞き、ヤシュやヴィナイとは距離を置くようになった。やがて、ヤシュとヴィナイは会社を去って行ってしまう。

 1年後、カピルは成功したスタートアップ企業のCEOとしてセレブになっていた。だが、次々に投資を誘致して事業をどこまでも拡大させようとするヴィールとの確執が深まっていた。ITバブルの崩壊により、Carry Karo社の業績にも暗雲が立ちこめるようになった。ヴィールは何とかして国際的な投資会社ソフトセントからの投資を勝ち取ろうとする。また、「Carry Karo」アプリを模倣したアプリが登場し、その対応に追われる。

 カピルはヴィールを外そうと画策するが、逆にカピルがCEOを解任させられそうになる。自分の立ち上げた会社から追い出されそうになったカピルは、ヤシュとヴィナイと共に飲み明かす。また、ヤシュはCarry Karo社を辞職した後、複数の会社を転々としてくすぶっていた。自殺を考えるが、彼らの友人ジャヤー(シータル・タークル)の立ち上げた自殺相談アプリに助けられる。それを見たカピルは潔くCarry Karo社のCEOを辞任し、同社のNGO部門をもらい受ける。

 カピルは原点に立ち返り、村々に医療と薬品を届ける仕事をし、1,000ヵ所の拠点を設けるに至った。

 スタートアップ企業の活性化に沸くバンガロールの雰囲気がよく伝わってくる映画である。3人の若者が起業し、対立を乗り越えながら、友情を再確認していく様子は、「3 Idiots」(2009年/邦題:きっと、うまくいく)や「Kai Po Che」(2013年)などを思わせた。「バディ映画」とか「ブロマンス映画」と呼ばれるジャンルに含めることができるだろう。何より良かったのが、3人の会話である。3人とも工科大学卒のエリート層であり、喧嘩をしてもギリギリのところで最後の一線は越えない。その極端な展開に至らない人間模様は、ドラマチックというよりもリアルであり、男同士の友情を現実的に捉えることに成功している。

 彼らが対立する原因もとてもリアルであり、実際の経験などをもとにして脚本が書かれたのではないかと予想してしまうほどである。仲良し3人組で立ち上げたスタートアップ企業だったが、当初は楽しみながらビジネスができればというカジュアルなものだった。だが、そういう生半可な気持ちではなかなか投資家も付かない。事業は頓挫しかける。そんな中、カピルはヴィールという投資家を見つけ出し、一気に成功の波に乗る。ところが、カピルは資金集めを最優先するあまり、赤字の情報など、不利な情報は隠し、投資家に対して虚偽の報告を行うなど、倫理的に許されない行為もするようになる。かつて仲間たちと決めた会社のロゴも、いつの間にか勝手に変更してしまう。ヤシュとヴィナイはカピルとの距離を感じるようになり、やがて辞職してしまう。

 スタートアップ企業の経営状態も赤裸々に描写されていた。「Carry Karo」アプリによる事業は赤字だったのだが、新規投資を集めることで資金調達をし、赤字の補填を行っていた。事業がうまく行っているときは何とかしのいでいけるが、一度その資金繰りのサイクルが崩れると、すぐに行き詰まってしまうビジネスモデルだった。そして、米国の利上げなど、外的要因でもすぐにその馬脚が露呈する脆弱な財務状況だった。

 人物設定は、プログラマーのヤシュがもっともよく描かれていた。彼が起業するとき、父親は応援してくれていた。だが、その父親はパーキンソン病を発症しており、彼は自分もパーキンソン病になるのではないかとの恐怖に苛まれるようになる。Carry Karo社を辞職した後、彼はなかなか定職に就けない。CTOの地位にこだわったこともその原因だった。彼がやっとプライドを捨てて、どんな地位でもいいから就職しようとした際、彼は業界のトレンドが変わったことに愕然とする。彼がプログラマーとして身に付けていたスキルは既に「基本」になってしまっており、現在では新しいスキルが要求されていたのである。時代の流れに付いていくためには、新卒の新人たちと研修を受ける必要があった。彼のブランクは1~2年ほどだと思うのだが、IT業界の変化は激しく、それだけの期間でも勉強を怠ったエンジニアは時代遅れになってしまう。それを実感したヤシュは自殺すら考えるようになるのだった。ヤシュがここまで深掘りされたキャラだったのに対し、カピルとヴィナイについては、あまり内面が描かれていなかった。

 ヒロイン扱いとなるジャヤーも興味深い存在だった。彼女も起業家であり、投資してくれる投資家を探していた。だが、女性であるために大きなハンデを背負っていた。投資家からは、将来的な結婚や育児のことを聞かれ、なかなか投資をしてもらえなかったのである。しかも、彼女は自殺を考える人を救うアプリの開発に集中していた。投資家から、もっと広い視野でアプリを開発するように助言されても、彼女は信念を曲げなかった。彼女のエピソードはサイドストーリーではあったが、インドにおいて女性起業家がどのような困難に直面しているのか、垣間見ることができる。このテーマで別の映画が撮れるのではないかと感じる。

 ちなみに、Carry Karo社に60億ルピーの投資を検討する企業として「ソフトセント」という架空の海外企業名が挙がっていたが、これはおそらく日本のソフトバンクと中国のテンセントを掛け合わせた名前だろう。CEOは中国人女性であった。

 舞台はカルナータカ州の州都バンガロール(ベンガルール)である。カルナータカ州の地元言語はカンナダ語だが、主人公たちはヒンディー語話者であった。「インドのシリコンバレー」と称されるIT都市バンガロールはコスモポリタン都市でもあり、起業を志すヒンディー語話者も多く住んでいるため、この設定は自然である。彼らがアプリの売り込みをしに農村に行くシーンがあるが、そこでは通訳を使って村人たちと会話をしていた。スタートアップ企業のスタートアップ時にはこんな泥臭いことをするのかと、驚きと新鮮な気持ちで観てしまった。

 「Upstarts」は、「インドのシリコンバレー」と呼ばれるバンガロールを舞台に、3人の若者たちが、時に対立をしながら、起業をする夢を追い掛ける友情映画である。新人監督による、無名俳優たちの映画だが、インドのスタートアップ企業の現実が、おそらく実際の体験談を踏まえて物語に織り込まれており、リアルさを感じた。3人の若者の間での会話や人間関係もこれ以上ないほどリアルで、引き込まれるものがある映画である。Netflix映画ではあるが、あなどれない秀作だ。