Rajma Chawal

4.0

 インドの首都デリーは、オールドデリーとニューデリーに分かれる。オールドデリーは、ムガル朝第5代皇帝シャージャハーンが建造した城塞都市であり、ニューデリーは、英領時代にインド帝国の首都として建造された新市街と、独立後に拡張した市街地のことを指す。オールドデリーの魅力を凝縮した映画としては、自身もオールドデリーの出身であるラーケーシュ・オームプラカーシュ・メヘラー監督の「Delhi-6」(2009年)が有名だ。映画の中でオールドデリーは人情あふれる下町として描出されることが多い。

 2018年11月30日からNetflixで配信開始された「Rajma Chawal」も、「Delhi-6」に勝るとも劣らない、オールドデリーへの愛情たっぷりのヒンディー語映画である。題名にもなっているラージマー・チャーワルとは、赤インゲン豆のカレーをご飯にかけた、インドを代表する家庭料理である。その庶民性がオールドデリーの人情と重ね合わせられていたが、映画の題名になるほど中心的なアイテムではなかった。

 監督は「Shabd」(2005年)などのリーナー・ヤーダヴ。主演のアニルッド・タンワルは、「Dangal」(2016年)などで助監督を務めて来ているが、俳優としての映画出演は初となる。ヒロインはアマーイラー・ダストゥール。他に、リシ・カプール、ニルマル・リシ、アパールシャクティ・クラーナー、シーバー・チャッダー、ブリジェーンドラ・カーラー、アーディル・フサインなどが出演している。音楽監督はヒテーシュ・ソーニクである。

 ニューデリーで育ったカビール・マートゥル(アニルッド・タンワル)は、父親ラージ(リシ・カプール)が家を売って実家のあるオールドデリーに引っ越すことに伴って、いやいやながらチャーンドニー・チョークに住むことになった。カビールは、愛する母親の死の原因は金をケチった父親にあると考えており、父親に反抗的な態度を取っていた。また、カビールは友人たちとバンドを組んでいたが、つい最近解散してしまっていた。

 ラージは、全く口を利こうとしない息子と会話をするため、チャーンドニー・チョークに住む友人たちの勧めに従って、ターラー(アマーイラー・ダストゥール)という女性になりすましてSNS上でカビールに友達申請を行う。カビールは承諾し、ターラーに悩みを打ち明けるようになる。ターラーを通してラージはうまく家族の話題などを持ち出し、息子の気持ちを父親に向けることに成功し始める。また、カビールはチャーンドニー・チョークで新たにバンド仲間を作り、バンド活動を再開する。

 ところが、ターラーとして使った写真の女性はデリーに住んでいた。名前はセヘル(アマーイラー・ダストゥール)と言った。カビールのバンド、ダルバーリーズのデビュー公演にセヘルは恋人バルジート(アパールシャクティ・クラーナー)と来ており、カビールは彼女を見つけてしまう。カビールは既にターラーに恋しており、彼女を追い掛ける。ラージのしたことがばれそうになる。

 そこでラージはセヘルを見つけ出し、事情を説明して、ターラーになりすまして欲しいと頼む。最初は断ったセヘルであったが、金が入り用だったため、多額の報酬を条件にラージの申し出を受け容れる。こうしてセヘルはターラーとしてカビールと会うようになる。やがてセヘルもカビールに恋するようになる。

 セヘルはラージに、演技のつもりが本当にカビールに恋してしまったと打ち明ける。だが、チャラチャラした外見のセヘルをラージは息子の妻になる得る女性とは全く考えておらず、早くカビールと別れるように厳命する。セヘルはカビールに一方的に別れを切り出す。カビールは荒れるが、父親とセヘルの間の密約を知ってしまい、自殺しようとする。だが、ラージは彼を探し出し、今までのことを説明して謝罪する。カビールは涙ながらに父親に抱きつく。そして、父親に応援され、セヘルを追い掛ける。

 オールドデリーの入り組んだ路地の先にある古い家に住んでいた人が、より広い家やモダンなライフスタイルに憧れてニューデリーの住宅街に引っ越すという展開は、現実世界でもよくあるし、映画にも取り沙汰される。例えば「Hindi Medium」(2017年)はその典型例だった。だが、この「Rajma Chawal」は正反対で、ニューデリーに住んでいた人がオールドデリーの実家に戻って来るところから物語が始まる。

 特別な理由がない限り、現実世界ではあまりそういう例はないのではないかと思われる。「Rajma Chawal」のマートゥル家は、金銭的な理由でニューデリーの家を売却し、オールドデリーの中心街であるチャーンドニー・チョークの実家に引っ越すことになっていた。また、ラージは妻を亡くし、孤独を感じるようになったため、人情あふれるチャーンドニー・チョークが恋しくなったのもその理由であった。

 ただ、ラージの息子カビールは、幼少時にオールドデリーに住んでいたことはあったものの、ニューデリーでの生活にすっかり馴染んでおり、オールドデリーに再び暮らすことを受け容れていなかった。カビールは、叔父叔母の家で出されたラージマー・チャーワルをスプーンで食べようとし、驚かれる。オールドデリーの人々はラージマー・チャーワルを手で食べるのが普通だからだ。同じデリーっ子ではあるが、ニューデリーの住民とオールドデリーの住民のギャップがラージマー・チャーワルによって強調される。

 ラージマー・チャーワル以外にも、「Rajma Chawal」にはオールドデリー特有のグルメが多数登場し、「食の首都」の異名を持つデリーの実力が誇示される。とは言っても、この映画は食が中心の映画ではなかった。むしろ、音楽の方が目立つ映画だった。

 カビールはバンドマンであり、音楽に才能を発揮していた。一般的にインドでは音楽は真っ当な進路と考えられていないのだが、ラージは理解のある父親で、息子の夢を応援していた。カビールはチャーンドニー・チョークで新たなバンドを結成し、YouTubeなどで話題となって、一気にスターとなる。また、セヘルとの恋愛の展開にも歌詞や音楽が効果的に使われ、物語を盛り上げていた。

 2時間ほどの上映時間の中に、食と音楽という要素が組み込まれながらも、中心的な話題は父子の関係であった。しかも、父親が反抗的な息子と何とかコミュニケーションを取ろうとして四苦八苦するという、かつて家父長制が色濃かったインド映画ではあまり見られなかった展開を見る。食卓では基本的に無言で、何か口を開けば喧嘩になるため、ラージはSNSを通して息子と会話をしようとする。しかも、友達申請が拒否されたことで、次なる手段として、ターラーという女性に扮して友達申請を送るというサイバー犯罪に手を出すのである。涙ぐましい努力だ。

 インド映画では、嘘を付いて目的を達成しようとする物語がとても多い。だが、その嘘が最後までばれずに済むことは稀で、必ず大事なところでばれてしまう。「Rajma Chawal」もそのパターンであった。しかしながら、物事は考えているほど複雑ではない、というのがこの映画に込められたメッセージであり、思い悩むよりも問題と向き合って説明することの大切さが何度か主張される。ラージも最後にはカビールに今までの誤解を全て説明する。父子の抱き合う姿にはホロリとしてしまう。

 いつの間にかカビールもラージマー・チャーワルを手で食べることを覚え、すっかりチャーンドニー・チョークの一員となって行くのである。

 「Rajma Chawal」は、題名になっているラージマー・チャーワルのみならず、音楽、恋愛、家族など、様々な要素がバランスよくパッケージされた娯楽映画だ。派手さはないが、よくできている。そして、「Delhi-6」以来、これほどオールドデリーの魅力を巧みに醸し出すことに成功したヒンディー語映画はないだろう。Netflix映画の秀作と言える。