Toba Tek Singh

3.0

 2018年8月24日公開の「Toba Tek Singh」は、英領インドに生まれ、印パ分離独立後にパーキスターンに移住したウルドゥー語作家サアーダト・ハサン・マントーの同名短編小説を映画化した作品である。マントーは印パ分離独立反対派として知られる作家であり、「Toba Tek Singh」はアンチ・パーティションの代表作である。これより前には、マントーの短編小説4作を映画化した「Mantostaan」(2017年)という映画もあった。

 「Toba Tek Singh」の監督は、ヒンディー語映画界を代表する名監督であるケータン・メヘター。主演はパンカジ・カプール。他に、ヴィナイ・パータク、チラーグ・ヴォーラーなどが出演している。1時間強の短い映画である。

 印パ分離独立前夜の1947年、ラホール。サアーダト・ハサン(ヴィナイ・パータク)は精神病患者が収容させる施設の所長に就任する。その施設に収容されていた患者の一人がビーシャン・スィン(パンカジ・カプール)であった。ビーシャンは昼も夜も眠らずに立ち続け、「木人」と呼ばれていた。

 8月14日と15日にパーキスターンとインドが順に建国された。施設が立地するラホールはパーキスターンに組み込まれた。しばらくはそのままの状態が維持されたが、1950年に印パ両国の間で精神病患者の交換も行われることになった。そしてヒンドゥー教徒とスィク教徒の患者はインドへ送られることになった。

 ビーシャンは、生まれ故郷のトーバー・テーク・スィンがどちらの領地になったのか気が気ではなかった。サアーダトはビーシャンを何とか説得して国境まで連れてくるが、インド側の役人が、トーバー・テーク・スィンはパーキスターン領になったと言ったため、逃げ出す。そして印パ国境上で倒れ込み、絶命する。

 作者自身であるサアーダトの視点から、精神病患者収容施設に収容されている一人の老人、ビーシャン・スィンの最期が描かれている。ビーシャンは、10年以上に渡って施設に収容されており、時々意味不明のことをつぶやくが、無害な患者であった。昼も夜も眠らずに立ち続けていたために「木人」と言われていた。また、トーバー・テーク・スィンという村の出身だったため、「トーバー・テーク・スィン」というあだ名も付けられていた。ビーシャンは、インドでもパーキスターンでもない、国境線上で絶命する。

 ビーシャンは正にインドそのものの象徴だといえる。ヒンドゥー教徒とイスラーム教徒の間で対立が深まり、同じインド人同士団結しなければならないのに我を忘れてお互いを糾弾し合った。ビーシャンの精神状態は正にこの混迷を極める英領時代末期の状態を示している。そして、インドでもパーキスターンでもない国境上で絶命するところは、インド亜大陸にインドもパーキスターンもなく、ひとつの国であることを強力に主張している。

 「私は誰なのか、知らない」という有名なブッレー・シャーの歌詞がこの「Toba Tek Singh」の数奇な物語に重ねられる他、同じマントーの傑作に数えられる「Khol Do(開け)」のエピソードも織り込まれていた。

 また、ラホールの精神病収容施設が、男性用、女性用、そしてヨーロッパ人用と3つに分かれている様子も興味深かった。

 「Toba Tek Singh」は、原作のかなり忠実な映画化であるが、何と言ってもパンカジ・カプールの演技に注目が集まる。頭がおかしくなったスィク教徒の老人を迫真の演技で表現した。マントー自身を演じたヴィナイ・パータクの演技も良かった。

 「Toba Tek Singh」は、ケータン・メヘター監督が著名なウルドゥー語作家サアーダト・ハサン・マントーの有名な短編小説「Toba Tek Singh」を映画化した作品である。ラーハト・カーズミー監督の「Mantostaan」やナンディター・ダース監督の「Manto」(2018年)と併せて鑑賞するといいだろう。