Raid

4.0
Raid
「Raid」

 インドでは人口の1%しか納税をしていない。一般の日本人がこれを聞くと何を言っているのか分からないだろうが、これは事実である。もっと正確に言うならば、所得税の納税者は人口の1%程である。日本の消費税にあたる間接税については、買い物などをする限り払うことになる。だが、所得税については、貧困層の保護のために所得額に応じて免税が認められているので、所得がある人でも必ずしも納税する必要はない。さらに、本来ならば高額納税者となるべき富裕層が脱税をしているため、結果的に所得税を納めているのは、給与から自動的に源泉徴収され、給与の高い、高位の公務員やサラリーマンに限られて来るのである。逆に、インド社会ではタックスペイヤー(納税者)は一段上の存在として扱われる。

 2018年3月16日公開の「Raid」は、1980年代を時代背景とし、所得税局のオフィサーを主人公にした、実話に基づく物語である。監督は「Aamir」(2008年)や「No One Killed Jessica」(2011年)のラージクマール・グプター。主演はダンディーな演技に定評のあるアジャイ・デーヴガン。他に、イリアナ・デクルーズ、サウラブ・シュクラー、アミト・スィヤール、スラグナー・パーニグラーヒーなどが出演している。

 1981年。ウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウーの所得税局に実直な税務官僚アマイ・パトナーイク(アジャイ・デーヴガン)が赴任して来た。アマイは謎の情報提供者から、地元の州議会議員ラーメーシュワル・スィン(サウラブ・シュクラー)が巨額の所得隠しをしているとの情報を受け、家宅捜索を行う。

 当初は何も見つからなかったが、再び情報提供者から情報が得られ、壁の内部などに現金、金塊、宝飾品などを隠していることが分かる。ラーメーシュワルは政治力を使って家宅捜索を辞めさせようとするが、うまく行かなかった。彼はデリーまで趣き、首相に掛け合うが、それでもアマイを止めることはできなかった。

 アマイの妻マーリニー(イリアナ・デクルーズ)が暴徒に襲われ怪我をするなど、アマイへの個人攻撃も増すが、アマイは怯まなかった。4日間の家宅捜索が終わり、発見された証拠を持ち出そうとすると、今度はラーメーシュワルの支持者たちが邸宅を取り囲み、突入して来た。アマイは所得税局の局員たちを逃がし、自らは証拠物品がしまわれた小部屋に閉じこもる。警察による救出が間に合い、アマイは大きな不正を暴くことに成功した。

 実話に基づく物語とのことだが、この「Raid」がベースとしているのは、1981年7月16日にウッタル・プラデーシュ州カーンプルでアーローク・クマール・バタビヤールが国民会議派政治家サルダール・インダル・スィンに対して行った急襲のようである。細部はかなり変更されているため、この映画を観ることでこの事件の概要を知ることはできない。例えば、映画では家宅捜索は4日間に渡って行われたが、カーンプルでの家宅捜索は18時間続いたとされる。だが、当時首相だったインディラー・ガーンディーを思わせる人物が登場するなど、際どいところまで踏み込んだ描写もあった。

 アジャイ・デーヴガンが演じたアマイは、「Singham」(2011年)などで彼が演じて来た実直な公務員のイメージを踏襲するものであった。彼は公僕として、賄賂と受け止められ得るものは一切受け取ろうとしなかった。インドでは多少の賄賂は潤滑油として往来するものだとの考え方が主流であるが、ごく稀に彼のような真面目一徹の人間も存在する。

 アマイの固い信念が地元有力者の家宅捜索を成功に導いたのは、このような英雄譚に付きものである。映画の最終的なメッセージも、名もなき官僚や公務員の貢献を讃えるものだった。だが、その一方で、インドにおいて所得税の納税額が低いままなのは、所得税局の汚職が関係しているとの指摘もされていたように思う。アミト・スィヤール演じる所得税局員ラッランは、家宅捜索の情報を予め対象者に流すことで不正に報酬を得ていた。彼のような内通者がいるために、所得税局は成果を上げられていない可能性がある。ただ、映画の中ではラッランも改心したようである。

 アマイにラーメーシュワル・スィンの未申告資産の情報をたれ込んだのは誰かということは、結末の直前までミステリーとなっている。この部分はどうも実話通りのようで、サルダール・インダル・スィンへの急襲においても、情報提供者からの情報が大いに役立ったようだ。

 インド映画において、内通者はしばしばヴィビーシャンにたとえられる。ヴィビーシャンとは、叙事詩「ラーマーヤナ」の登場人物で、羅刹王ラーヴァンの弟である。ヴィビーシャンは兄の悪行に嫌気が指し、ラーム王子側に寝返った。ラーム王子がラーヴァンの住むランカー島を攻撃する際、ヴィビーシャンからの情報が値千金のものとなった。言い換えれば、ヴィビーシャンの裏切りがなければラーム王子はラーヴァンに勝てなかったとされる。「Raid」においてラーメーシュワル・スィンの隠し資産の情報を提供した者もヴィビーシャンと呼ばれていた。

 主にひとつの事件のみに焦点を当てた映画で、多少のアップダウンはあるものの、基本的に一本線の映画だった。アマイとラーメーシュワルが対峙する複数のシーンには緊迫感があるが、大部分のシーンにはあまり溜めがなく、トントン拍子に進む。もう少しツイストを入れても良かったかもしれない。たとえば、イリアナ・デクルーズ演じる妻マーリニーにもう少し重要な役割を担わせると面白かったのではなかろうか。たとえば、彼女がラーメーシュワル・スィンと通じていた、などとしてみると物語が途端にきな臭くなる。イリアナはほとんど活用されておらず、彼女にとっては消化不良の出演作となったに違いない。

 一方、悪役ラーメーシュワル・スィンを演じたサウラブ・シュクラーは、憎々しい悪役振りであった。現在のヒンディー語映画界になくてはならない曲者俳優の一人である。

 「Raid」は、1980年代のインドを時代背景にし、ウッタル・プラデーシュ州の有力政治家の家に隠し資産の捜索に入る税務官僚を主人公にしたドラマ映画である。派手なアップダウンのない映画だが、しっかり作られており、アジャイの実直な演技やサウラブ・シュクラーの悪役振りなどが見所だ。