The Hungry

4.0

 シェークスピア劇を翻案したヒンディー語映画はいくつかあり、特にヴィシャール・バールドワージ監督のシェークスピア三部作――「Maqbool」(2004年)、「Omkara」(2006年)、「Haider」(2014年)――が有名である。順に「マクベス」、「オセロ」、「ハムレット」が原作となっている。

 2017年9月7日にトロント国際映画祭でプレミア上映され、インドでは同年12月15日に公開された「The Hungry」は、ウィリアム・シェークスピアの「タイタス・アンドロニカス」を基にして作られたヒングリッシュ映画である。監督はボルニラー・チャタルジー。長編映画の監督はまだ2作目の若手女性監督である。キャストは、ナスィールッディーン・シャー、ティスカ・チョープラー、ニーラジ・カビー、アントニオ・アキール、サヤーニー・グプター、アルジュン・グプター、スーラジ・シャルマー、ジャヤント・クリパーラーニーなど。ヒンディー語映画界を代表する演技派俳優が何人かキャスティングされており、期待できる作品であることが分かる。

 農業セクター大手のチャンドラ・スーリヤ・エンタープライズ社は、ジョーシー家とアフージャー家が共同で経営していた。ニューイヤーの日、チャンドラ・プラカーシュ・ジョーシーの孫アンクル(スーラジ・シャルマー)が自殺する。同時にタターガト・アフージャー(ナスィールッディーン・シャー)の汚職が暴露され、タターガトは服役することになった。

 2年後、タターガトは釈放された。チャンドラ・スーリヤ・エンタープライズ社の共同経営者、故チャンドラ・プラカーシュ・ジョーシーの娘でアンクルの母であるトゥルスィー(ティスカ・チョープラー)は未亡人で、チャンドラ・スーリヤ・エンタープライズを経営する両家の統合を強化するために、タターガトの息子サニー(アルジュン・グプター)と結婚することになった。だが、トゥルスィーは、アンクルは自殺ではなくタターガトに殺されたと信じており、会社の幹部アルン・クマール(ニーラジ・カビー)と共謀して、アフージャー家に復讐しようと画策していた。

 一連の結婚式の儀式が始まった。式には、トゥルシーの息子でアンクルの弟チラーグ(アントニオ・アキール)もやって来る。チラーグは、アンクルの死後、米国に渡っていた。また、かつてアンクルの恋人だった、タターガト・アフージャーの娘ラヴリーン(サヤーニー・グプター)は、ベントレーという新しい恋人を連れてきていた。トゥルスィーは、この場でサニーを薬品で殺そうとするが、その前にチラーグが誤ってラヴリーンに重傷を負わせてしまう。トゥルスィーは自殺に見せ掛けてラヴリーンを殺し、チラーグを逃がす。また、ベントレーはサニーを殺すはずだった薬品を摂取して死んでしまう。

 タターガトはラヴリーンの死に心を痛めるが、その死にチラーグが関わっていることを察知する。また、チラーグの逃亡にアルンが協力していることも分かる。一方、空港に向かっていたチラーグは、異変を察知して引き返す。

 今度はタターガトの復讐が始まる。まずはアルンとチラーグを殺し、サニーとトゥルスィーの結婚式が終わった後、二人にチラーグの人肉を調理した料理を食べさせる。タターガトはサニーを殺すが、トゥルスィーは拳銃を隠し持っており、タターガトを撃ち殺す。

 「タイタス・アンドロニカス」を原作としていながらも、現代のインドに舞台を置き換え、細かい部分に手を加えて、2時間の映画にまとめられていた。原作は、シェークスピア劇の中でもっとも残酷な物語とされているだけあり、グロテスクなシーンがいくつかある。それでも、霧深い北インド郊外のファームハウスを舞台に、復讐が復讐を呼ぶ重厚な人間ドラマが、演技派俳優たちの名演によって巧みに紡ぎ出されており、思わず見入ってしまう作品に仕上がっていた。

 シェークスピア劇原作の映画はどうしても人間関係が複雑になる。その中で、前提として存在するのが、チャンドラ・スーリヤ・エンタープライズ社の経営体制だ。ジョーシー家とアフージャー家の共同経営だったのだが、ジョーシー家が51%のシェアを保持しており、立場上はジョーシー家の方が上になる。ただ、アフージャー家の当主タターガトよりも、ジョーシー家の当主チャンドラ・プラカーシュが先に死んだことで、力関係が不均衡となる。ジョーシー家の実権は一人娘で未亡人のトゥルスィーに移り、その長男アンクルが家督を継ぐのが待たれていた。一方、タターガトは、会社の支配権を完全に手中に収めようとしていたのである。

 そして、全ての人間ドラマの起点となっているのは、アンクルの死である。アンクルの死の原因は、表向きは自殺とされていたが、既に映画の冒頭で、他殺であることが提示される。ただ、誰が何の理由でアンクルを殺したのかは終盤まで明かされない。それでも、トゥルスィーは、会社の幹部であるアルンからタターガトによって殺されたと聞いて真相を知っていたし、アンクルの弟チラーグは、遺書の文面に「Daddy」という、普段使わなかった言葉を見て、他殺だと直感していた。トゥルスィーは、タターガトが服役を終えて釈放された後に、アルンと共謀してアフージャー家に復讐を開始する。彼女はチラーグにこのことを話していなかったが、チラーグはチラーグで独立して鬱憤を溜めており、アフージャーの娘ラヴリーンに重傷を負わせてしまう。トゥルスィーはチラーグを守るため、ラヴリーンを自殺に見せ掛けて殺す。トゥルスィーは、本当はサニーを殺すはずだったが、息子との意思疎通のミスにより、先に死んだのはラヴリーンになってしまった。

 だが、ラヴリーンは死ぬ前にダイイングメッセージを残していた。それは灯。それは「チラーグ」を意味した。それに気付いたタターガトは、今度はチラーグに対して復讐を始める。その過程の中で、忠実な部下のはずだったアルンや、もうすぐ嫁となるトゥルスィーもこの謀略に関与していることが分かる。タターガトはチラーグとアルンを殺し、トゥルスィーにチラーグの肉を食べさせる。

 基本的にはジョーシー家とアフージャー家の抗争となるが、その中で立ち回ったアルンのキャラにも注目したい。タターガトから命令されたとはいえ、実際にアンクルを殺したのはアルンだった。だが、おそらくアルンはそのことをトゥルスィーに伝えていなかった。密かにトゥルスィーと恋仲にあったアルンは、彼女のアフージャー家への復讐を手助けしながら、自分の野望の実現も画策する。アルンもアルンで、会社の実権を握ろうとしていたのである。おそらく、アフージャー家を失墜させ、トゥルスィーとサニーの結婚を阻止し、自分がトゥルスィーと結婚して、会社の実質的な支配者にのし上がろうとしていたのであろう。

 中世の戯曲を現代に置き換えたために、違和感が残る部分もあった。例えば、これだけ多くの人が死ぬにもかかわらず、警察の影が全く見えない。警察の捜査が入ると話が家族の外まで広がってしまってさらに複雑になり、原作からも離れてしまうため、敢えて排除したのだろう。ラヴリーンのキャラは、原作では舌と両手を切り落とされたラヴィニアが基になっているが、「The Hungry」を観る限りでは、なぜ彼女が血まみれの獣のような姿になってファームハウスの外を彷徨っていたのか、よく分からなかった。

 「The Hungry」は、シェークスピア劇「タイタス・アンドロニカス」を原作とし、現代インドの裕福な家族の中の人間模様を重厚に描いたドラマ映画である。原作が秀逸なのも一因であろうが、ボルニラー・チャタルジー監督の見事なハンドリングのおかげもあって、思わず見入ってしまう傑作となっている。また楽しみな監督が登場したものである。