アヌラーグ・カシヤプ監督が登場するまで、ヒンディー語映画界の風雲児と言えばラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督であった。「インドのクエンティン・タランティーノ」と呼ばれていた彼が矢継ぎ早に送り出す作品の数々からは、ヒンディー語映画の地平を果敢に広げようとする努力と興奮が感じられたものだった。だが、あまりに個性が強すぎたため、ヒットとフロップの差が激しすぎ、観客から飽きられたところもあった。最近の彼は主にテルグ語映画で活躍しているようで、ヒンディー語映画界では寡作になってしまった。
ラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督の代表作はいろいろあるが、シリーズ化されているものと言えば、「Sarkar」シリーズが真っ先に浮かぶだろう。簡潔に言えば「インド版ゴッドファーザー」であり、ヒンディー語映画界のゴッドファーザー的存在であるアミターブ・バッチャンが一貫して主演を務めて来た。第1作「Sarkar」(2005年)では、「サルカール」と呼ばれるアンダーワールドのドンが、民衆からの支持を背景に、マハーラーシュトラ州の政治を裏から操る様子と、その次男シャンカルの台頭が描かれた。第2作「Sarkar Raj」(2008年)では、実権を握ったシャンカルの活躍と死、そしてサルカールの復権が描かれた。2017年5月12日公開の「Sarkar 3」は第3作であり、引き続きラーム・ゴーパール・ヴァルマーが監督、アミターブ・バッチャンが主演を務めている。
第1作、第2作でシャンカルを演じたアミターブ・バッチャンは、前作で殺されているために登場がなかった。彼の肖像画が飾られていただけだった。他に、ジャッキー・シュロフ、スプリヤー・パータク、アミト・サード、ヤミー・ガウタム、マノージ・バージペーイー、ローニト・ロイ、パラーグ・ティヤーギー、バジラングバリ・スィンなどが出演している。
ムンバイーのスラム街ダーラーヴィーの再開発計画が進行していた。サルカール(アミターブ・バッチャン)はその計画に反対だった。計画を推進する実業家デーヴェーン・ガーンディー(バジラングバリ・スィン)は、サルカールから協力を断られると、一転してサルカール排除に動き出す。ガーンディーは、反サルカールの政治家ゴーヴィンド・デーシュパーンデー(マノージ・バージペーイー)と手を組む。 シャンカルの死後、サルカールはゴークル(ローニト・ロイ)とラマン(パラーグ・ティヤーギー)という2人の部下に信頼を置いていた。そこへ、サルカールの長男ヴィシュヌの息子シヴァージー(アミト・サード)がやって来る。シヴァージーはサルカールの下で働き出すが、ゴークルとは反りが合わなかった。 ガーンディーはシヴァージーとそのガールフレンド、アヌ(ヤミー・ガウタム)と通じており、サルカールを内部から崩壊させようとしていた。ガネーシュ生誕祭にサルカール暗殺未遂事件が起き、シヴァージーはゴークルの仕業だとサルカールに密告する。だが、逆にゴークルは、シヴァージーがガーンディーと密通していると伝える。サルカールはゴークルを信じ、シヴァージーを追放する。 シヴァージーは表立ってサルカールに反旗を翻す。抗争の中でゴークルが暗殺される。また、ドバイからガーンディーらを操っていたマイケル(ジャッキー・シュロフ)がムンバイーにやって来て、直接作戦を指揮するようになる。 だが、全てはサルカールの策略だった。実はサルカールはシヴァージーをわざと追放しており、アヌとも話をしていた。アヌは、サルカールを父親の敵だと考えていたが、実際に殺したのはガーンディーだった。アヌはガーンディーを殺す。また、ゴークルを殺したのはサルカール自身だった。ラマンもガーンディーと内通していることが分かったため、殺す。そして、サルカールの家まで乗り込んで来たマイケルも、シヴァージーによって殺される。
前作「Sarkar Raj」の最後では、次男シャンカルに家督を譲っていたサルカールが彼の死をきっかけに復権すると同時に、アイシュワリヤー・ラーイ演じるアニターが台頭して行くことが示唆されていた。だが、今回、アイシュワリヤー・ラーイの出演もアニターの存在や言及もなく、サルカールが引き続き、絶対的なリーダーとなって、全てを取り仕切っていた。忠実な2人の部下、ゴークルとラマンについては、前作まで登場はなかったはずである。そして、第1作で死んだ長男ヴィシュヌの息子シヴァージーが今回は重要な役回りを演じる。次男シャンカルの妻アヴァンティカーは妊娠していたが、出産する前に殺されたため、シヴァージーがサルカールの唯一の直系子孫となる。スプリヤー・パータクがサルカールの妻プシュパーを演じているが、アミターブ・バッチャン以外では彼女が3作続けて出演している俳優となる。
「Sarkar 3」は政治劇でもあったが、メインとなっていたのは、サルカールの後継者争いであり、広い意味での家族内でのポリティクスである。何十年もサルカールに仕えて来たゴークルと、血縁ながらポッと出の孫シヴァージー。この2人が、老齢となったサルカールの後継者候補同士として、火花を散らす。それに外部から干渉して来たのが、実業家ガーンディー、政治家デーシュパーンデー、労働組合長ゴーラク、サルカールに殺された実業家シュリーラームの娘アヌであり、彼らをドバイから操っていたのがマイケルだった。そして、サルカールの孫シヴァージーの動向がサスペンスを生んでいた。
ラーム・ゴーパール・ヴァルマーは、自身の強固な作風を確立している監督の一人である。カメラワークや音楽の使い方に特徴がある。「Sarkar 3」でも、凝りに凝ったアングルからの撮影や、スローモーションとヘビーなBGMの組み合わせによる緊張感の創出など、ヴァルマー監督のスタンプが至る所に散りばめられていた。だが、そういうテクニックに頼りすぎという弱点も健在である。まるでカメラと音楽が演技をしているようであり、俳優の演技を副次的なものとしている印象を受けた。
とは言え、アミターブ・バッチャンをはじめとして、俳優たちの演技は素晴らしかった。中堅の俳優として成長中のアミト・サードから最高の演技を引き出していたし、早々と退場してしまうものの、マノージ・バージペーイーの憎々しい演技も良かった。ヤミー・ガウタムの出番は少なかったが、十分観客にインパクトを与えられていた。ローニト・ロイやジャッキー・シュロフも良かった。
「Sarkar 3」は、「インド版ゴッドファーザー」として、2005年から続く「Sarkar」シリーズの第3作。スラムの開発計画を巡る政治劇であると同時に、サルカールの後継者候補を巡る家庭内ドラマでもある。最近はヒンディー語映画界から離れ気味のラーム・ゴーパール・ヴァルマー監督だが、この映画でしっかりと存在感を示したと言える。